ささやかな皮肉のつもりでしたの

昔のことを思い出しながら眠りについた翌日、私はハロルドのもとを訪れました。


「昨日、離婚が成立しました。契約違反の請求もしましたが、領地の話をする前にノーマン様は出ていってしまって……」


「ノーマン様?あぁ、公爵か。それなら僕が説明しておきましたよ。昨日、僕のところに来ましたので」


私が旦那様のことを名前で呼んだので、違和感があったようです。ハロルドのきょとんとした顔は少し新鮮でした。


「そうでしたの、ご対応ありがとうございます。巻き込んでしまい申し訳ありません」


「お気になさらず。そうか……離婚なさったから公爵のことをノーマン様とお呼びになるのですね。そう言えば、どうしてメアリー様は公爵のことを『旦那様』と呼んでいたのですか?お二人は夫婦だったのに」


当然の疑問でしょう、ずっと旦那様とお呼びしてきたのですから。


「大した理由ではありませんよ。結婚初日の夜に言われたのです。お前はまるで使用人のようだな、と。……それ以来、旦那様とお呼びしています。ささやかな皮肉でしたの」


皮肉の通じない旦那様には意味のない行為だったかもしれません。

なんの疑いもなく返事をしていたのですから、本当に私のことを使用人とでも思っていたのかもしれませんね。


「そんなことが……。踏み込んだ質問をしました。申し訳ありません」


慌てて頭を下げるハロルドに、申し訳なさを感じてしまいます。

いつも謝らせている気がしますわ。


「気になさらないでください。私はもう吹っ切れていますから」


笑いながら答えると、焦っていたハロルドは少しほっとしたようでした。


元々、ノーマン様は婚約の時から話すのも憂鬱な相手でした。それでも仲良くやっていこうと努力したのです。

ですが結婚初日、彼の言葉で私は心が折れてしまったのです。


ハロルドにはささやかな皮肉と説明しましたが、本当は少し違います。

夫婦としてやっていける気がしなくなり、ノーマン様のことを使えない主人だと思うことで平静を保とうとしていたのです。


今考えると幼稚な考えですが、当時は精一杯の方法だったのでしょう。私も若かったのです。

もう呼び方なんて、どうでも良いことですが。


「そんなことより、先代公爵への報告書を纏めてしまいましょう」


「そうですね。……はぁ、このまま大人しく引き下がってくれると良いのですが、公爵の気質ではそうもいかないでしょうね」


ぽつりと呟いたハロルドの言葉に、心の中で同意しました。

ノーマン様は思い込みが激しいお方ですから、もう一波乱起きるかもしれません。大人しく賠償金を払うとは思えませんもの。

その時のために、心の準備をしておかなければなりません。何を言われても、心を揺るがさないように。





予想通り、ノーマン様は三日後にブティックにやってきました。


「おいメアリー、俺のことを嵌めやがったな!領地を奪って領主気取りか?お前は公爵にでもなったつもりか?さぞ良い気分だろうな!」


口汚い言葉を吐くノーマン様は、清潔感の欠片もありませんでした。使用人がいなければ身支度一つ整えられないようですね。


「あらノーマン様、ご機嫌麗しゅう。おっしゃる通り私は最高に良い気分ですわ。領地の皆さんのためになることをしたのですから」


私がすました顔で言うと、ノーマン様の顔はゆでダコのようになってしまいました。


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