30-3

レイの誕生日当日、メリッサさんは朝から家に来てくれていた

これまでは2人でムードを重視したお祝いをしてきただけに私自身もワクワクしていたりする


「じゃぁ私は向こうの準備をするわね」

ナターシャさんはリビングの方に行ってしまった

皆がテーブルを囲みやすいようにレイアウトを変えたりする予定だ

マリクとリアムもその後を追う


「私たちは料理を始めましょう」

メリッサさんはそう言いながら袖をまくっている


「箸休めという名の一品料理を色々作らないと」

「大食いが4人いるからね。一体1人で何人前食べるのやら…」

「確かに。そういえば私がこの世界に来て一番最初に驚いたのは料理だったかも」

魔法も確かに驚いたけどそれはゼノビアが先に説明してくれていた


「そうよね。私も初めてサラサちゃんの料理目にした時は驚いたもの」

アランさんと共に来たメリッサさんを思い出す


「しかもあの時にギルドで騒がれてた色んなものを創り出す人物がサラサちゃんだって知ったのよね」

「…そんなこともあったね」

今でこそ職人さんたちの間では勝手知ったるになっているものの、当時はギルドマスターも私の名前は表に出していなかったらしいと後から聞いた


「私はレイが固まり肉を大量に食べてるのに驚いたけどね」

「でしょうね。今ならその気持ちが分かる気がするわ」

メリッサさんが苦笑する


「以前はあれが当たり前で何の疑問もなかったけど…今からあの頃の食事に戻せと言われたら無理ね」

「やっぱり?」

「うん。絶対無理。そりゃスタンピードなんかで町が大変なことになった場合なら仕方ないけどね。普通の日々の中で戻すのは有り得ないわ」

メリッサさんはそう言いながら手元の食材を切っていく


「何より野菜を食べるようになったことが大きな違いよね」

「みんな食べ方も知らなかったもんね」

「そうよ。こんなおいしいものをどうして今まで食べてこなかったんだろうって思ったもの。サンドイッチをきっかけにしてみんな少しずつ野菜の良さを分かり始めたみたいだしね」

冒険者ギルドの側のパン屋の事を言っているのだろう


「そういえば今の一番人気がミックスサンドなんだっけ?」

レタスとトマト、厚めの味付き肉を挟んだサンドイッチだ

肉の種類を変えて何種類か用意している為冒険者に人気だとか


「そうなのよ。肉汁がしみ込んだレタスが最高だって噂が広がってレタスが飛ぶように売れたらしいわ。適当にちぎって普段の肉を盛る皿に敷くだけでいいから手軽でいいってね」

おそらくそのレタスの量も相当なのだろうと想像して苦笑する


「レタスが切れたから代わりにキャベツを使ったら、それもまた美味しくて…なんて噂が出れば次はキャベツが飛ぶように入れるしね。そうなったら色々試したくなるものなのよねぇ」

「葉物野菜はかなり購入されてるもんね」

「ゆでたり炒めたりした方が美味しいものもいっぱいあるんだけどね。職場の子には教えてるからそっちも少しずつ広がってはいるみたい」

「私たちが色んな種類の野菜や以前より鮮度のいい野菜を食べれるようになったのはそのおかげってことね」

「それはあるかもしれないね」

メリッサさんは頷く


以前は野菜などほとんど売れなかったため日持ちのするものが主だったのだ

日持ちの悪い葉物野菜は特に仕入れる数も種類も少なくギリギリまで店頭に並ぶため鮮度も落ちる

店主も数種類が売り切れるかダメになってからしか次を仕入れに行かないので選択肢自体も少なかったのだ


普段の買い物はレイに任せているので店頭がどうなっているかはたまにしか見ない

それでもたまに見ると、少しずつ色鮮やかになっているのは感じることが出来る


「そういえば普段の買い出し、レイさんがしてるんでしょう?どうやって頼んでるの?」

「どういうこと?」

「名前も知らないし見たこともない野菜をどうやって頼んでるんだろうって。それに欲しいものが常に置いてるわけでもないし」

「そういう意味ね。とりあえずレイが見たことのない野菜を見かけた時は全部買ってもらってるのよね」

「え?」

驚いた目を向けられた


「基本的に野菜は何でも食べるから問題ないのよね。初めて見たのは数が少ないのや状態が悪くなってきてるのは買い占めてもらってるの。そしたらまた新しいのが入ってくることもあるでしょう?」

「そっか…2人ともインベントリがあるから…」

「そういうこと。あとは私の在庫が減ってきたらこれ買ってきてってレイに現物渡しとけば、次に見かけた時に補充してくれる感じかなぁ?」


リビングで会話を聞いていたナターシャさんもメリッサさんも諦めたように笑っている

それを見てどう考えても普通の買い物の仕方ではないと今さらながら気付いた


「せっかくだから野菜をふんだんに使っちゃおう」

私は開き直ってそう言ってみた


「何を作るつもり?」

「ん~ベジ春巻きでしょ、南蛮漬けとかもいいかな…後はお漬物とか?」

「…ナターシャさん!知らない名前ばっかりですけど?!」

「メリッサ諦めなさい。それがサラサちゃんよ」

「え~」

何だろうこの扱い


「サラサちゃん、とにかく楽しみにしてるわね」

「了解…」

何となく納得できないものがあるけど今はそれどころじゃない

弾丸は早ければ昼過ぎには戻ってくるのだから


「さぁ、私もこっちを手伝うわ」

「僕も」

「僕もー」

「そうねぇ…マリクとリアムはシアを見ててくれると助かるんだけど…」

「分かった」

「シアと遊んでる!」

2人は顔を見合わせて頷くとシアの元に走って行った


「本当に頼もしいお兄ちゃんよね」

「そうね」

メリッサさんの言葉にナターシャさんが頷いている

リアムがベランダから落ちた1件以来、マリクは急にしっかりしたお兄ちゃんになった

2人にしっかり気を使い遠目に見ても危なげなど一切ない

だからといって丸投げするつもりは一切ないのだけれど


時々子供たちの様子を伺いながら3人で料理を作っていく

ナターシャさんはもう手慣れてしまった揚げ物、唐揚げや天ぷらを何種類か大量に作り、メリッサさんはべジ春巻きを作っている

私はナターシャさんについでに揚げてもらった野菜を南蛮漬けの調味液に漬けたり、漬物の準備を進め、同時にサラダやスイーツの準備も進めていた


「サラサちゃんできたわ!」

メリッサさんは飾り切りしたキュウリを見せてくれる

サラダに添えるために作っていたところ食いついてきて教えてくれと頼まれたものだ


「本当だ。メリッサさん意外と器用…」

正直な感想だ


「意外と、は余計じゃないかしら?」

「そうかなぁ…どう思う?ナターシャさん」

「サラサちゃんと比べたらみんなが不器用よ」

「確かに」

当然という様に返された言葉にメリッサさん自身が納得してしまった


「それにしても本当にすごいわね。未だに見たことが無い料理が出て来るなんて…」

「ナターシャさんは一緒に住んでるから余計よね?」

「そうなのよ。普段は子供達の希望を聞くから以前作ったものが多いんだけど、こういう特別な時は大抵知らないものが出て来るわね。特にスイーツなんかは見事の一言」

ナターシャさんの目の前には野菜をふんだんに使った料理と共に2種類のフルーツタルトが置いてある


「これも初めて見るわよね?」

「うん。フルーツタルトって言うんだけどね。生地の上にクリームやフルーツを盛りつけたお菓子なの。こっちはパイ生地で、こっちはビスケット生地」

盛り付けは一緒で生地だけ変えたのだと説明する


実はこのタルトのレシピは昨日発見したものだ

タルトなんていいけどレシピがないし…なんて、何気なく考えていた時に響いた電子音

確認するとレシピが表示されていた

どうやら世界辞書の機能のひとつらしい

まさか…と思い他の料理も思い浮かべると表示された

そしてついでにと試してみたのはセーターの編み方

見事に表示されていた

色々試した結果、脳内Web検索の状態だと結論付けた

これまではどうしようかなーとしか考えてなかったから機能が働かなかったようだ

何にしても儲けものだとほくそ笑んだのは言うまでもない

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