10-2

私はそれを確認してから商会に足を踏み入れる

会長を呼んでもらい自分の口座からお金を少し引き出した

「珍しいですね?いつもはレイさんが全てお支払いされるのに」

会長は遠慮しながらもそう尋ねてきた


「今日買うものはレイへのプレゼントに使うものなんです」

「なるほど。では私どももお手伝いさせていただきます」

会長は笑顔でそう言ってくれる

必要なものを伝えるとスタッフがすぐに取ってきてくれたおかげであっという間に買い物が完了してしまった

私はその間会長と話をしていたと言うよりは、集めてもらっているものをどう使うのかと質問攻めにあっていた


持ってきてもらったキャンドルが白い棒状の1種類しかなかった為、インテリア性のあるものを作ってみるのもいいかもしれないと呟いたとたん食いついてきたのは言うまでもなく、手軽に出来そうな花をあしらう作り方を説明しておいた

色付きのものもあったらいいなと思うけど染料が思いつかなかったため伝えていない

布を染める染料があるのだから今度話を聞きに行ってみようと決めた


「助かりました」

「こちらこそ楽しませていただきました。キャンドルはいつものようにこちらで処理しておきますね。レイ様とよいお時間をお過ごしください」

笑顔でサラッという会長とスタッフに見送られて商会を出るとカフェへ向かった


「おまたせー」

つまらなそうにコーヒーを飲んでいたレイの向かいに座って同じものを頼む


「欲しいものはあったのか?」

「あったよ」

満面の笑みで返ししばらく他愛のない話を楽しんでいた

レイは何を買ったのか聞き出そうとしていたけど適当にごまかした

こんなことは初めてだからかかなり気になってるみたいだけど…


「この後はどーするんだ?」

「ん…買物は終わったから家でレイとまったりする」

「本当、欲がないな」

「そんなことないよ?レイの時間を独り占めしてる。すごい贅沢なわがままじゃない?」

そう言って笑うとレイはため息をつく


「だから欲がないって言ってんだよ。ほら行くぞ」

レイはコーヒーを飲み終えているのを確認して立ち上がると先に精算を済ませに行ってしまう


「相変わらずなんだから…」

私はつぶやきながら後を追った


家に戻ると軽い昼食をとってからレイとまったりすごす

ソファでコーヒーを飲みながら本を読むのは至福のひと時だ


「?」

突然肩に重みを感じた

どうやらレイが眠りに落ちたらしい

私は静かに体を動かすとレイの体を自分の方に倒して頭を膝の上にのせた

幸せな重みを感じながら本の続きを読む


「…終わっちゃった」

読み終えた本を閉じテーブルに置くと身動きしたのを感じたのかレイが少し動いた


「起き…てはいないか」

良かったと思いながらレイの髪にそっと触れる

柔らかいサラサラの銀髪を梳くと指の間から静かに流れ落ちていく

その感触を堪能するのは私の楽しみの一つだ


何気ないひと時に大切な人に触れることができる

ふとした瞬間に大切な人の温もりを感じることができる

それが幸せなことだと私はこの世界に来て初めて知った

前世で結婚していても得られなかった安らぎが、確かにここにあることをかみしめながらレイの髪を梳き続ける


「ずっとこうしてそばにいてね?」

呟いたとたん手を掴まれた

「…ごめん。起こしちゃった?」

触れすぎたのだろうかと申し訳なくなる


「結構前から目は覚めてた」

「え?」

「楽しそうに髪に触れてるし、俺も気持ちいいから寝たふり」

サラッと言われて呆気にとられる


「…よく照れずに言えるよね?」

「お前のそーいう顔見るの好きだからな。それに…」

「?」

「お前がイヤって言ってもずっとそばにいるから安心しろ」

笑いながらそう言うとレイは体を起こして私を抱き寄せた

優しいぬくもりに思わず笑みがこぼれる


「サラサがこの先新しいものに興味を持って歩き始めても必ずここに帰って来い」

「レイ…?」

「ここは俺の家だけどサラサの家でもある。サラサの居場所も帰る場所もここにあるから」

「ん…」

私は喜びをかみしめながらレイの胸に顔を埋めた

前世で心の中で望み続けた、自分を当たり前のように迎えてくれる居場所を初めて手に入れたのだと思うと涙が溢れてくる

これほどまでに人の温もりを求めていたのだと驚きながらもしばらくレイの温もりに包まれていた




「そろそろご飯の準備するね」

外が暗くなってきたのに気づき体を離す


「手伝うか?」

「大丈夫。レイはゆっくりしてて。っていうかむしろ呼ぶまで来ちゃだめだよ」

茶化すように言ってキッチンに移動する

それを見てレイはそばに置いてあった本を読み始めた

その賢そうな横顔を見るのが楽しみの一つだということは内緒だ


レイは誕生日を祝ってくれるつもりだけど私はレイに感謝の気持ちを伝えたい

そのためにいつもより手の込んだ料理を作っていた

キャンドルやフラワーアレンジメントでテーブルを飾りつけ、フルコース並みの食事を一度にテーブルに並べると圧巻だった

我ながらよくできたと思う


「レイ!お待たせー」

声をかけるとレイは本を閉じてすぐにそばに来た


「…すげーな?」

テーブルを見て立ち尽くしている


「レイ」

「ん?」

「1年前私を見つけてくれてありがとう」

「サラサ…」

レイはまっすぐ私を見ていた


「前の世界では何かの記念の日にこうやってテーブル飾ったりご馳走並べたりしてたの。レイと出会えた日に感謝して何かを形にしたかった」

そう言ってほほ笑むもののすぐに涙があふれてきてしまう


「商会に一人で買いに行ったのはこれか?」

「うん。レイがお金に困ってないのはわかってるけど、これだけは自分で準備したかったの」

「…サンキュ」

目元の涙をぬぐうとそのまま口づけが落ちてくる


「せっかくのご馳走だ。冷めないうちに食べよう」

レイは照れているのを隠すかのように席に着いた


「いただきます」

2人で手を合わせてから食べ始める

レイの中でもいつの間にかその一言は習慣になっていた


普段はかなりの勢いでほおばるレイが今日はゆっくり味わうように食べている

それだけで頑張った甲斐がある気がして無性に嬉しかった

いつものように『うまい』と口には出さなかったけど、止まる事の無い手を見ていると気に入ってくれたのだとわかる

毎年何かを積み重ねていけたらいいな…

そう思いながらこの1年の事をレイと話す時間は楽しい


美味しいご飯と優しい笑顔

そして穏やかな空気に包まれながら過ごすこの時間が本当に幸せだと思った

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