第10話 居場所

10-1

「レイ早く」

出かける準備を済ませた私は玄関からレイを呼ぶ


「そんなに急ぐなら転移魔法使った方がいんじゃねぇの?」

レイは呆れながら階段を降りてきた


「やだ。レイと馬で行きたいの」

「しゃぁねぇなー」

レイの腕に自分の手を絡めると呆れながらも優しい笑みが返ってくる

最近になってようやくこうして自分から触れることに抵抗がなくなった


「今日はサラサの願いを全部叶えるって約束したからな。ほら行くぞ」

レイに促されて馬に乗ると当たり前のように体を支えてくれる

最初は恥ずかしくて仕方なかった乗り方も今は嬉しくて仕方がない


この世界に来てからちょうど1年が経ったこの日を、レイは私の誕生日だと言い張った

そのプレゼントとして望みを全部聞いてくれるらしい


馬上でレイの体に身を預けるとすぐに馬が走り出す

願ったのは町でのデートという名のお買い物だ

「買物なんていつでも出来んのに物好きだよな?」

「だってレイとの日常が一番大事だから」

そう答えた私にレイは苦笑する


町に着くといつものように色んな人と話をしながら店を見て回った

当たり前のようなその時間が私にとって何よりもかけがえのないものに感じる

一度失いかけたから余計かもしれないけど…


「フランさんこれ、正方形に切ってほしいんだけど…」

様々な紙を扱う文具店で突然の依頼をする


「正方形か?ちょっと待ってな」

フランさんは快く引き受けてくれる

突然の突拍子もないこういった依頼も大半の職人が快く引き受けてくれる


私が思い付きで前世にあったものをこの世界で作る度に、商業ギルドに登録されていると知ったのは最近だ

「今度は何が始まるんだ?」

いつも楽しそうに私の手元を覗き込むレイは出来上がったものをいつの間にか登録していた

最近ではレイに頼まれ店主が登録しに行ってくれることもあるらしい


「折り紙」

「おりがみ?」

「紙から色んな形が作れるの」

そう言ってもレイは首をかしげるばかりだ


この店では以前、本に挟むしおりを作ってもらっていたので、そこからイメージしようとしているのかもしれない

だとすれば分からなくても当然だ

ちなみにしおりは本が大好きなレイの為に作ったものだったりする


「こんな感じかい?」

フランさんが正方形に裁断した紙の束を持ってきてくれる

こんなに沢山は望んでなかったけど…と思ったけど流石に口には出せなかった


「ありがと」

私は受け取ると作業台を借りて折り紙を始める

「まずは…定番の鶴かな?」

呟きながら懐かしい紙の感触を楽しみながら鶴を折る


「「は…?」」

出来上がったものを見てレイもフランさんもキョトンとしている


その表情を見て少しいたずら心が芽生えた私はだまし船を作ることにした

「ねぇレイ、この船の帆を持って」

「ここか?」

「そうそう。じゃぁ少しの間目を閉じて?」

「ああ」

レイは素直に目を閉じる

それを確認して私は少しだけ船をいじった


「もういいよ」

目を開けたレイは手元の舟を見て驚いた顔をしていた


「え?俺手離してないよな?」

レイにそう問われたフランさんはコクコクと首を縦に振るだけだった


「これ、だまし船って言ってね、そうやってだまして遊ぶの。残念ながら初めての人にしか通用しないけど」

笑いながら言う私を見てフランさんが船を手に取りまじまじと見ていた

レイとフランさんがお互いに仕掛け合ってるのを見て思わず笑ってしまう


「1枚で作ることも出来るんだけど、こうやって何枚か作って立体にすることも出来るんだよね」

そう言いながら作り出したのは6枚使った立方体と12枚使った24面体だ

たしか12枚使ったのはくす玉って呼ぶ人もいたっけ?


「あとは~子供が喜ぶのが飛行機かなぁ」

「飛行機?」

聞きなれない言葉に2人はぽかんとする

そう言えば飛行機はこの世界にはないか…


「えっと…鳥とかトンボみたいな?こうやって折ったのを飛ばし合いするの」

「飛ばし合い」

「そう。こんな感じで…遠くまで飛んだ人の勝ち」

何とか鳥に近い形に折ったものを実際に飛ばして見せる


「折り方に決まりは無いから結構楽しめるんだよね」

「…俺も折ってみる」

フランさんが食いついた

それに触発されるようにレイもあーでもないこーでもないと言いながら折っている

そして飛ばしてみた結果…

「よっしゃ。俺の勝ち!」

喜びの声を上げたのはフランさんだった


「いやーこれ楽しいな?」

「何か悔しいな…フランもう一回だ」

レイは新たに折りはじめ、2人はしばらく飛行機の飛ばし合いを楽しんでいた


2人が楽しんでいる間に、私は他にも簡単なものをいくつか作らせてもらい勝手に満足する

「ただの紙からこんなに色んなものができるとはな…」

最後には呆れた顔でレイが言う

散々楽しんでたくせに呆れないで欲しい


「サラサちゃんこれ、前のしおりと同じ扱いでいいか?できればこの作ったのも置いといてくれ」

「そんな大したものじゃないけど…フランさんに任せるね」

そう言うとフランさんは大喜びしていた

フランさんには4つになる息子さんがいるからさっそく一緒に遊ぶのだろう

娯楽の少ないこの世界でこうやって楽しみが増えるのなら悪い気はしない

ただ、紙が手頃ではないこの世界では町の子供たちに折り紙を広げるのは難しいかもしれない

高ランク冒険者の家族や貴族から少しずつ広まることはあるかもしれないけど…


「ありがとフランさん。楽しかった!」

「ああ。また寄ってくれ」

満面の笑みで送り出された


「…本当、お前のいた世界は色んな楽しみがあったんだな」

しみじみというレイに思わず笑う


「でも魔法や剣はなかったよ?私に取ったら魔法の方がすごいもの」

それは偽りない気持ちだった

物語の中のものでしかなかった魔法を自ら操るのだから当然だ

こうなったらいいのにと想像していた事を今の私はたいてい形にすることができる

もっともそれはチートスキルのおかげだけど


「次は商会ね」

「はいはい」

答えながらレイは私の肩を抱き寄せる

いつの間にかそれが当たり前になったなーとしみじみ思った


「レイは向かいのカフェで待ってて?」

商会の前までくると私はレイにそうお願いした


「何で?」

「何でも。ダメ?」

まっすぐ目を見て尋ねるとレイは折れる

「わかったよ」

頭をなでてからレイは向かいのカフェに入っていった


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