8-2
「…やっと見つけた…」
懐かしい声に振り向くとレイが馬から飛び降りたところだった
とうとう幻覚まで見えるようになったのか…
そう思った瞬間あまりの滑稽さに笑うしかなかった
「サラサ」
幻聴まで聞こえるなんて…
自分の望んだ幻を目の前にしてなすすべもない
でも、そこにいるレイは少しやつれたように見えた
「まさか…ほん…も…の?」
近づいてくるレイに声が震える
「…愛してる」
ささやかれた言葉に硬直する
これは自分の妄想がつくり出した夢だろうか?
「サラサが何者でも関係ない。俺にはサラサが必要なんだ」
「…!」
そっと私の頬に手を触れながら発せられたのは、ずっと望みながら諦めていた言葉だった
頬に触れるぬくもりは幻なんかじゃないというように少し震えていた
「戻ってこい」
レイの声はかすれていた
「…いい…の…?」
私は頷いたレイの胸に顔を埋めて泣きだした
ずっと望んでいた温もりがそこにあった
「会いたかった…」
「ああ」
「レイと…一緒にいたい…!」
しがみ付く私をレイはしっかりと抱きしめてくれる
しばらく泣き続けて初めて落ち着きを取り戻した
「落ち着いたか?」
少し体を離したレイがまっすぐ私を見ていた
そっと頬に触れる手がいつになく優しい
「サラサ…」
甘い響にまた涙が溢れそうになる
レイの手が頬から顎に滑るように移りそのまま口づけられた
優しい触れるようなそれは少しずつ深くなる
「……んっ…」
必死で応えながら縋るようにしがみ付く
恥ずかしさで真っ赤になった私の額に軽く口づけを落としたレイに抱き上げられた
「帰ろう」
そのまま馬に乗せられ気づいたらレイの家だった
懐かしい家を前にしてまた涙が溢れ出した
そんな私を見て苦笑したレイは再び抱き上げて中に入るとレイの部屋にあるベッドにおろした
「レイ…?」
「もう離さない」
そう言って再び落とされた口づけにこれから起こるだろう全てを受け入れる覚悟を決めた
『チチチ…』
『ピ…ピーーーーッ』
鳥のさえずりが少しずつ騒がしくなってくるのを感じながら意識が浮上する
瞼を擦りながら開いた目の前にレイの顔があった
「…っ!」
大きな声を出しそうになって思わず自分の両手で口をふさいだ
体中が少し重い
そういえば外が明るくなるまで何度も抱かれたののだと思い出す
どうしていいかわからなくなった私は布団に潜り込む
「…くっ…」
「!」
零された笑い声に反射的に布団をどけてレイを睨んだ
恥ずかしさと悔しさが入り混じっていた
「可愛すぎ」
レイは笑いながらそう言うと私を抱き寄せた
優しいぬくもりに悔しさは簡単になくなってしまった
何となくずるいと思う
「無理させたな…」
心配そうな声に首を横に振る
確かにこの体で初めての事だけに体は少し辛い
でもレイに求められたことが、レイを感じられたことが嬉しかった
「…飯食ってから少し話をしよう」
少しの沈黙の後レイがそう言った途端息が詰まる
それでも手紙に書いたことだと察し無言のまま頷いて返した
身体を起こし床に散らばっていた服を身に着けるその行為がこれ以上なく恥ずかしい
それをじっと見られているのが分かっているだけに余計だ
「そんな見ないで?」
「却下」
即答された
これ以上言っても無駄だと察してさっさと済ませてしまう
「ご飯…作るね」
ごまかすようにそう言って逃げるようにキッチンに向かう
丁度出来上がった頃にレイが降りてきた
「うまそ」
テーブルに並ぶ料理を見て満足そうに言うなり食べ始めた
「…同じ料理なのにな」
「?」
呟くような声にレイを見る
「サラサが置いてった料理を一人で食べてもここまでうまいと思えなかった」
「レイ…」
少し寂しそうな表情に胸を鷲づかみされたような感じがした
「飯の味を感じない、本読んでも集中できない、家にいても町に行ってもお前がいないことを実感して…カルム達にもさんざん心配かけた」
「…」
「手あたり次第毎日サラサを探した。お前に惹かれてることを認めたくなくて距離置こうとしたのは自分なのに…初めて後悔した」
「う…そ…」
声が震える
「…安心しきったお前の顔見て抱きしめたくなる気持ちを押さえるために背を向けて…あの日はお前を泣かせたことが情けなくてまっすぐ目を見れなかった」
レイは私が手紙で綴ったことに対して少しずつ説明しているかのようだった
「誤解されたまま失うのかと思うと怖くて仕方なかった」
笑っているはずなのにその目は寂しそうだった
「…ありがとぅ…見つけてくれて…」
「ああ」
優しい笑顔と共に頭を撫でられる
心地よい空気に包まれて食事を終えた
でもこの後の事を考えると少し気が重かった
キッチンを片付けてコーヒーを淹れるとレイと並んでソファに座る
でも何をどう話せばいいのかわからず黙り込む
「…大まかなことは手紙で理解した」
長い沈黙の後に話を切り出したのはレイだった
「転生とか加護とか…信じがたい話だけどサラサがそんなウソをつくメリットはないし、料理の事があるから妙に納得は出来た」
「どういうこと?」
「お前の作る料理はこれまで食べたことないものばかりだった。そう思ったのは俺だけじゃないってお前も知ってるだろ?」
レイが言っているのは弾丸のメンバーの事だとすぐにわかる
「俺にもお前に話してないことがある」
普段より少し低い声でそう言ったレイはまっすぐ私を見ていた
「俺は…この国の第3皇子だった」
「…過去形?」
「10年前暗殺されたんだ。実際もう死んだことになってる」
「!」
「この心臓は一回止まった。昨日お前が気にしてたこの傷痕は短刀を突き立てたまま抉られたときのものだ」
そう言いながら自分の心臓付近に触れる
「心臓の止まった俺は試練の森の入り口に捨てられた。下手な処理をするより獣に食わせた方が証拠隠滅として楽だったんだろう。ただ、死体を捨てるために森の中まで入る度胸はなかったようだ」
試練の森は獰猛な魔物しかいない森で入り口付近でも安全とは言えない
おそらく魔物に食われてしまえば残骸があっても誰か判別するのは難しいだろう
「でも奇跡的に心臓がまた動き出して、カルムと親父さんが偶然見つけてくれたんだ。運が良かったとしか言いようがない」
「そんなことって…」
レイの言葉通りなら一度仮死状態になっていたということだ
かなりの出血があったことも容易に想像できる
もしカルムさん達に見つけてもらえなかったらと考えるだけで背筋が寒くなった
***
《ミュラーリア王家》
現在、フランシス・ミュラーリア・キングストンが納め善良な国家を維持している
しかし王妃ジェーン、王太子である第1皇子のアレハンドルはかなりの浪費家で一部の貴族が甘い汁を吸っているため、戦闘狂の第2皇子ミカリスを王太子にと望む貴族と2つの派閥が主力となっている
第3皇子レイノスハーンは貴族間の陰謀により10歳で殺害され、第3皇子を支持していた3つめの派閥が第2王妃を推し迎えられた。
第2王妃との間に男児が生れれば第4皇子に、女児であれば最強の軍事力を持つカノンに迎えられることがすでに決まっている
***
王家を調べてみると確かに殺害されたと記されていた
「死んだはずの第3皇子が生きていることはカルムとカルムの親父さんしか知らない」
「ナターシャさんは…?」
「あいつも知らない。ただ…史実でも死んだことになってるのに、忘れたころにまだ生きてるかもしれないと城から追手が出回ることがある」
「追手…」
心臓が脈打つ
「何が起こるかわからないから大切なものも大切な人も手に入れるのが怖かった。お前と同じように自分の気持ちを認めるわけにはいかないと思ってた」
隠蔽されていた理由がこんなとんでもないことだとは思いもしなかった
せいぜい何らかの理由で廃嫡されたのだろうとしか思えなかったのに…
「…レイが第3皇子だってことは知ってたよ?」
私は少し悩んでからレイにそう告げた
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