7-3
暫くそこで泣き続けた私がようやく顔を上げたのは1時間ほど経ってからだった
これから自分のすべきことは一つしかない
たとえそれが自分の一番望まないことであっても…
「せめて…」
これまでの感謝を込めて何かできることはないだろうかと考えた
私はキッチンでできる限りたくさんの料理を作った
次に目を覚ましたレイが食べられそうな軽いものからレイの好物まで様々なものを無心で作る
どれだけ大量になってもインベントリがあるから問題は無いはずだ
そう思い、レイから渡されていた肉を片っ端から調理した
作りながら初めてレイが出してくれた料理を思い出す
この世界のごく普通の料理だと言われても素直に受け付けることは出来なかった
あの日から色んな料理を作ったなと思う
前世では到底手に入れることのできなかっただろう高級肉をふんだんに使って、その出来上がった大量の料理をレイはきれいに片づけていく
美味しそうに食べてくれる人がいる
ただそれだけで心が温かくなった
レイはずっと穏やかな時間と安らげる場所を与え続けてくれたのだと改めて思う
でも今の私がレイに出来るのはこうして料理を作ることくらいだ
それがひどくもどかしかった
料理を作り終えると使わせてもらっていた部屋を片付けてから手紙を書いた
そして静かにレイの家を後にした
◇ ◇ ◇
レイが再び目を覚ましたのは夕方だった
やけに静かだ
違和感を感じながら体を起こし着替えると、階下からの匂いに惹かれるようにキッチンに向かう
「サラサ?」
2階に人の気配がなかったためキッチンにいるだろうと思っていたのにその姿はない
「すごい量だな…流石に作…り…?」
テーブルいっぱいに並ぶ料理の中に手紙を見つける
『レイへ』
封筒にはそう書かれていた
「…」
レイは黙ったまま手紙を手に取りリビングのソファに身を任せた
サラサの気配のない部屋
一度では食べきれないほど大量の料理
何かを必至で隠していたサラサ
そしてこの手紙
どれだけ考えても行きつく答えは一つしかない
しばらく封筒をながめていたレイは意を決したように手紙を取り出した
***
レイへ
私のせいで危険な目に合わせてしまってごめんなさい
これから伝えることは理解しがたいことかもしれないけど、レイには自分に起こったことを知る権利があるから全て伝えます
私自身すべてを受け入れられてるわけじゃないから、できることならこの先も誰にも知られずに済むことを願ってた…
信じて欲しいなんて言えないけど、今まで伝えられなかった理由だけでも理解してもらえるとうれしい
大切なことなのに、ちゃんと向き合って説明できるほど強くなれなくて手紙になってしまってごめんなさい
私はこことは違う地球という世界で42年生きて、突然の事故で命を落とした
その後、神様の願いでこのミュラーリアに転生することになった
半年前の異常な光は私がこの世界に送られたときのモノ
神様が作ってくれた新しい体は17歳で、あの時の私の中には地球で生きてきた記憶と神様に刷り込まれたミュラーリアの一般的な情報しかなかった
だからあの日から今日まで、自分の事も、どこから来てどこへ行こうとしているのかも答えることは出来なかった
神様の加護もあって私には特殊なスキルがたくさんある
レイに話したのはほんの一部で、話していないスキルの中には特殊すぎるものも含まれてる
それこそ人前で使えば普通に生活することができなくなるだろう化け物じみたものまで…
でもそのおかげでレイを助けることができたからそれだけは救いだと思ってる
レイの流れ続ける血を止めることができたのも、レイを部屋に運べたのもその化け物じみたスキルのおかげだから…
この世界に来てレイに惹かれるのにそう時間はかからなかった
だけど、こんな普通じゃない、いきなりこの世界に来た、化け物じみた自分が受け入れられるわけない
そう分かってたから、その思いを認めるわけにはいかなかった
でもレイに距離を置かれるようになって、少し前までなら横にいてくれたはずのレイの背中しか見れなくなって、避けられてることに胸が苦しくなった
迷宮を出た時、このままレイが離れて行っちゃうのかなって思った
保護してもらってから、ずっと頼りっぱなしで迷惑ばかりかけてきたから流石に嫌気がさしちゃったのかなって、でも泣きそうな自分を認めるわけにはいかなくて何も考えられなくなった
そのせいでレイを失いそうになって、もう自分の気持ちをごまかしきれなくなった
避けられてるのに危険な目に合わせてしまって…もう合わせる顔なんてない
何も話せないくせにわかって欲しいなんて虫の良すぎる自分が情けなくて、レイを苛立たせることしかできない自分自身が一番許せない
だからもうこれ以上ここにはいられない
散々お世話になったくせに勝手ばかりしてごめんなさい
あの日、レイに保護してもらえたことに心から感謝してる
レイに出会えて、レイと過ごせて幸せだった
この世界で生きていく基盤を与えてくれて本当にありがとう
サラサ
***
最後の方は文字が震えていた
「なん…だよこれ…」
レイは手紙を握りしめたまま家を飛び出した
自分と外に出るとき以外は大半家にいたサラサがこの家を出てどこに行こうというのか
いくらお金があると言っても何の計画もなく出て行くのは無謀すぎる
町に行くとしても魔物のいるこの森を抜けるのに歩きでは3時間近くかかる
レイは馬で森の中を探し回り、夜になると町の店を片っ端からあたった
「レイ?」
食堂でカルムに声をかけられた
「カルム…」
いつもと様子が違うことに気付いたカルムはメンバーに声をかけてからレイを促し外に出る
少し離れた場所にある大木のそばで立ち止まった
「なにがあった?」
「…サラサが出て行った」
「は?」
「俺があいつを追い詰めた…俺が過去の自分を言い訳にして逃げ続けたせいで…!」
レイは崩れるように座り込みこれまでの事を簡単に話した
勿論転生云々の事は伏せて
「行先の心当たりは?」
その言葉に首を横に振る
「会話の中とか何かないのか?」
「わかんね…夕方から森ん中探して…でもどこにも…」
レイがここまで崩れた姿をカルムは初めて見た
このままではレイも潰れかねない
「とにかく…サラサも夜に動き回るようなことはしないだろう?いったん戻ってちゃんと休め。明日俺も一緒に探すから」
「休んでる余裕なんてない…」
「レイ、サラサは今の状態のお前を喜ぶ奴じゃないだろ?」
「…」
「今は戻って休むことだけ考えろ」
「…わかった」
「明日の朝そっちに行く。いいな?」
念を押すように言われて無言のままうなづく
カルムはレイが森へ去っていくのを確認してから食堂に戻った
翌日カルムと共に、それ以降もレイはサラサを探し続けたが見つけることは出来なかった
◇ ◇ ◇
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