7-2
「サラサ、ちゃんと説明してくれ」
「え…?」
望まれた言葉に嫌な予感がした
「俺はやばい状態だったはずだ。お前のヒールで治るような傷じゃなかっただろ?それにどうやってここに?」
「…っ……」
当然の問いかけに自分の顔が引きつるのが分かる
何かを言わなければ…
そう思っても何を言えばいいのかわからない
簡単に説明できることではない
本当の事を話すには転生してきたことも話す必要がある
自分でも信じられないような話をどう説明すればいいのか、それ以上に説明して信じてもらえなかったときのことを思うと怖くて仕方なかった
「サラサ?」
レイが心配そうに覗き込んできた
その目は戸惑いが浮かんでいる
レイにとってはすぐに答えが返ってきて当然の問いだったはずだった
既に起きた事実を知りたいだけなのだから
「あの後一体何があった?」
再び尋ねられ思わず目を逸らした
「それ…は…」
「それは?」
問いかけてもまともに答えられない私にレイが少しいらだっているのが分かった
これ以上聞かないでとどこかで願うしかできない
胸が苦しい
少しずつ息がしづらくなってきたのが分かる
いっそ話してしまおうか?
でも話して目の前で拒絶されたら…?
そう思った瞬間背筋が凍りついたような錯覚を覚える
失ってしまうくらいなら自分で手放した方がいいのかもしれない
そう思う反面レイから離れて生きる自分が想像できないでいた
自分の中でどれだけ葛藤してもなかなか覚悟は決まらない
あぁ私は…失うことを恐れるほどレイに惹かれていたのか
気付きかけるたびに、好意のかけらを見付けるたびに、それを誤魔化すように罪悪感に結び付けて打ち消してきたのだと
そうすることでレイのそばに居ようとしていたのだと思い知る
そうしてる時点で手遅れなのだと気づきもしないまま…
自分の都合で秘密を作り、勝手に好きになって、罪悪感から伝えることができずに、それでもそばにいたくて気持ちをごまかした
レイとの距離を感じて勝手に落ち込んで…その命を危険にさらした
それが私のしてしまった全てだった
もう言い訳もできない
これ以上レイに何かを望むなど許されないだろう
それでもそばにいたいと思うなど論外だ…
私は強く目を閉じて何とか気持ちを落ち着けた
そしてゆっくり開いた目でレイを見た
「…少し時間を頂戴?」
「?」
「ちゃんと説明するから…少しだけ待って欲しい…」
それを伝えるのがやっとだった
この場で説明する覚悟はまだない
それでも説明しないという選択肢が存在しないことは理解していた
「…わかった」
ため息交じりの言葉に胸が軋む
「まだ血が足りてないからもう少し寝る。お前も部屋でちゃんと休め」
レイは温度のない声でそう言って私に背を向けた
その直前私に向けられた視線はこれまでに見た事の無い冷たさだった
今すぐその背に縋りついてしまいたかった
でもそんなことを出来るはずがない
再びこぼれそうな涙を必死でこらえてレイの部屋を出た
レイの部屋を出て扉を閉めるなり、その扉にもたれたままずり落ちるようにしゃがみ込む
早く立ち去らなければと思っているのに体が動かなかった
少しでもレイのそばにいたい
それが偽りのない自分の正直な気持ちだった
「……いつの間にこんなに好きになってたんだろぅ」
こらえきれなくなった涙が溢れてくるのを止めることさえ叶わない
気付きかけても自分で認めようとしなかった想いに押しつぶされそうだった
『気のせいじゃないよね』そう口にしてしまったあの日から何かがおかしくなっていたのだと今さらながら理解した
そう口走ってしまうほど私の心はすでにレイに向いていたのだろう
違和感を感じて胸がチクリと痛んだ時、いっそ気持ちを認めてしまおうと思ったこともある
でも、そっけない態度に気付いてから余計に認めるわけにはいかなかった
認めるか認めないか悩む時点で答えは決まっていたのだ
嘘はついていなくても話していないことが多すぎて、気持ちを告げる勇気など持てなかった
それ自体が言い訳でしかなかったのだろう
自分が傷つきたくなくて、自分を守りたくて言い訳ばかりを正当化していたのかもしれない
私は自分自身と向き合うことから逃げ続けていただけなのかもしれない
前世でもっと人と積極的に関わっていたら何かが変わっていたのだろうか?
そんな、今さら考えてもどうしようもないことまで考えてしまう
「レイ…」
少し怒りのこもった声も、温度のない声も自分が招いたものだ
今さら背を向けられたからと言って傷つく資格なんてない
そう分かっていても苦しくて、なすすべもなく項垂れた
この世界に来てレイに出会ってからの出来事が次々と思い出される
その大半が楽しい思い出で、レイが保護してくれた私をどれだけ大切にしてくれていたのかが分かる
それで満足できていればよかったのにとどこかで思う
満足していればレイをこんな目に合わせずに済んだのにと…
◇ ◇ ◇
レイは背を向けたドアの外からかすかに聞こえる泣き声に顔をしかめた
目を覚ました時に見た安堵を浮かべたクシャクシャな笑顔が何度も浮かぶ
本当に心配していたのだと疑う余地もないまっすぐな気持ちが思いのほか嬉しかったのだ
しがみ付きながら震えるその体を抱きしめながら、ただ守りたいとそう思っていた
あの日から表面上は普通を装っても、色んなところでギクシャクしていた事には気づいていた
そのたびにサラサが一瞬悲しそうな目をすることにも…
それを見たくなくて背を向けてしまう自分に気付いたのはごく最近の事だ
何度も何かを言いかけて言葉を飲み込むのをもどかしく思いながら
それでもいつかその言葉を聞かせてくれればいいとどこかで思っていた
明らかに異常なことが起こっていたにもかかわらずサラサは何も言わなかった
そのことにどこかでショックを受けている自分に戸惑ってしまった
「あんな風に突き放すつもりじゃなかったのにな…」
今すぐにその扉を開けて抱きしめたい衝動に駆られるものの体を起こすことさえ叶わない
あのままサラサに何も告げることが出来ないまま死んでいたのかもしれない
それだけ酷い出来事だったのだと改めて思うと背筋が凍りつく
「後で…」
この気持ちをちゃんと伝えよう
いつ死んでしまってもおかしくない世界にいるのだから…
そう決意しながら眠りに落ちた
◇ ◇ ◇
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