第5話 弾丸の休息

5-1

ミュラーリアに来て3か月が経った


いつものようにコーヒーを飲みながら本を読んでいるとエントランスが騒がしくなった

「レイ?」

一人ではない物音に少し警戒しながらエントランスに向かう


「ただいま。こいつら今日からしばらく家にいるから」

そう言ってレイに続いて入ってきたのは弾丸のメンバーだ

そういえば年に1回、1か月の休養期間をここで過ごすと言っていた事を思い出す


「しばらく迷惑かけるけどよろしくねサラサちゃん。」

ナターシャさんが言う


「いえいえ。ゆっくりしていってください…って言っても私も居候みたいなものですけど」

笑いながらそう言ってみんなを出迎える

何度か依頼の後に寄った彼らと一緒にお酒を飲んだことはあるが泊まるのは今回が初めてだ

飲むお酒は特に決まっていないらしく誰かが買ってきていたが、つまみになるものは大抵トータさんが選んできていた

まぁ7割近くトータさんが食べてたから当然と言えば当然なのかも知れないけど


「サラサ、こいつらすぐに酒飲み始めるから何かつまめるもん頼めるか?」

「わかった。食べる量は…?」

「野郎は俺と同じくらいか。ナターシャはその半分」

「そんな説明で分かんのか?」

トータさんが訪ねる


「…みんな大食いだってことはわかった」

私は苦笑しながら答えるとキッチンに向かう

レイ以外に食事を出すのは初めての事なので少し緊張してしまう


言葉通りすぐにお酒を飲み始めたのを見て、とりあえずストック品から出すことにした

その前に時間のかかるものの下準備を済ませる


「レイ」

「ん?」

呼ぶとすぐにキッチンまで来てくれる


「出さない方がいいものとかある?」

レイの前では問題なくても他人がいるために少し心配になる


「あーあいつらなら大丈夫だ。好き嫌いも特にないしな」

「わかった」

「これ持ってっていいのか?」

テーブルに出していたストック品を見てレイが訪ねる

しぐれ煮とポテトサラダ、きんぴらごぼうである


「お皿に移すからちょっと待って」

「そのままでもいいけど?」

「それは私がイヤ」

即答するとレイが笑い出す


「相変わらず変なとここだわんのな」

「いいでしょー?」

言い返しながら平皿にレタスを惹いてポテトサラダを盛ると周りに串切りのトマトを飾る


「はい、サラダ。取り皿とカトラリーも持ってって」

マグカップにナイフやフォークを人数分指すと小さめの平皿と一緒に渡す


「サンキュ。おい、とりあえずサラダ」

「サラダ?俺肉がいい」

アランさんが言う


「いいからだまされたと思って食ってみろ」

レイは笑いながら言う


「サラダってこれが?」

そう尋ねたのはナターシャさんだ


「ポテトサラダだ。ジャガイモに色々混ざってる」

レイはそう言いながらレタスに包んで口に運ぶ

4人も見様見真似で食べてみる


「お、うまい」

「こんなサラダ初めて食った」

カルムさんとトータさんがさっそく次に手を伸ばしている


「お待たせしましたー」

私は別のお皿に盛ったストック品をテーブルに運ぶ


「これは?」

「こっちがきんぴらごぼう。ニンジンとゴボウを炒めたもの。で、アーマーバッファローのしぐれ煮。タマネギとショウガが入ってます」

簡単に説明している間にもレイが食べ始めていた


「レイ…」

「?」

「お客さんを前に真っ先に食べるのはどうかと思うんだけど…」

そう言った途端弾丸の4人が爆笑した


「レイが俺らに気を使ったら槍降ってくんな」

「むしろ寒気するからやめて欲しいわ」

そう言ったのはトータさんとナターシャさんだ


「うっせ。文句あんなら食うな」

「それは勘弁。初めて見るもんばっかだし」

カルムさんはそう言いながら負けじと食べる

どうやら弾丸の4人にも気に入ってもらえたようだ


「それよりサラサ」

「ん?」

「この異様に食欲そそる匂いは何だ?」

「それは…できてからのお楽しみ」

私はにっこり微笑んで見せるとキッチンに戻った


レイ並みの食欲ってことは相当な量が必要になる

カレーを煮込みながら肉を焼くことにした

インベントリから鶏肉とにんにくの芽を取り出した

醤油と酒でもんでからレンジのような魔道具で調理する

その間に卵を取り出しだし巻き卵を作った


「ごめんレイ、これ持って行って」

皿に盛ったタイミングでカレーがグツグツ言い出したのでレイを呼ぶ


「これは?」

「だし巻き卵。卵料理」

「へー。うまそ」

レイはそれだけ言ってだし巻きを持って戻っていった

カレーの火加減を調整していると鶏肉が出来上がったため皿に盛る


「鶏肉でーす。お好みに合わせてこの唐辛子かけてくださいね」

「お、肉」

アランさんが真っ先に食いついた


「アランさん本当にお肉好きなんだね?」

「好きってか基本肉じゃね?まぁトータには負けるけどな」

その言葉にトータさんを見るとアランさんが話している間に取り皿に確保していた

それも軽く小山ができるほど…


「それにしても野菜がおいしいと思ったの初めてなんだけど」

そう言ったナターシャさんが食べているのはきんぴらごぼうだ


「てかレイ」

「?」

「お前毎日こんな飯食ってるってことか?」

「そだな。おかげで野菜が食えるようになった」

レイの言葉に思わず笑ってしまう


「何笑ってんだよ?」

「最初野菜が少ないの指摘したらすごい嫌そうな顔してたの思い出しちゃって」

「…余計なこと言わずにお前も飲め」

少し不貞腐れたレイはグラスに注いだエールを差し出した


「ふふ…ありがと」

私は素直に受け取ってそのまま口に運ぶ


「おいし」

「だろ?」

レイは得意げに言うと自分もエールを煽った


「あ、そろそろできそう。レイ運ぶの手伝って」

「ん?ああ」

ご飯が炊けたアラームが聞こえたのでレイをキッチンに促す


「で、これは?さっきからしてる匂いはこれだよな?」

「そ。カレーライスだよ」

私は答えながら深めのお皿にご飯とルーを盛る


「すごい色だな?」

その素直な感想に苦笑する

匂いに引き付けられるものの確かに見た目は美しいとは言えない代物だ

それがたとえ前世で、大人も子供も引き付けてやまないものだったとしても気が引けるのは仕方がないだろう


「味見してみる?」

小皿によそってレイに渡す


「…これはまた…めちゃくちゃうまいな」

恐る恐る口に運んだレイはそう言いながらも『これが何で?』とでも言いたげな顔をしていた

「よかった」

2人分できるとレイが運んでいった

その間に次の2人分をよそう


「あとは運ぶね」

「わかった」

レイは次の2人分を運んでいくとみんなと話を続ける


「お待たせ―」

私の手にあった1皿はテーブルに置く前にレイに奪い取られていった


「そんな慌てなくてもなくならないのに」

呆れたように言ったものの弾丸の4人がガツガツ掻き込んでいるのをみて納得する

この3か月でレイの食いしん坊レベルは確実にアップしている

そのレイが自分の食べていないものを目の前でおいしそうに食べられて我慢できるはずはなかったのだ


「ねぇサラサちゃん、こんなところより家に来ない?」

突然ナターシャさんが言う

「え…と?」

どういう意味かいまいち理解できず首をかしげる


「だってサラサちゃんいたらおいしいご飯が毎日食べれるんでしょう?」

ナターシャさんはワクワクしている様子を隠そうともせずそう言った


「お前らにはやんねー」

すかさずレイが言う

「…私レイのモノだったっけ?」

「似たようなもんだろ?誰が保護したと思ってる」

ごもっともである


「まぁ、心配しなくてもお前の意思で出てくときはちゃんと送り出してやるけどな」

「レイ…」

大切に見守られているのだとわかる

レイはずっと私を自由にさせてくれている

おそらく今出て行くと言ったとしても、それが本気であれば送り出してくれるだろう

それでも遠くから見守ってくれるだろうこともわかる


「ありがと」

改めて言われると照れ臭くなり誤魔化すようにエールをあおる


そんな私の頭を優しくなでる手がいつもより心地いい

しばらくみんなで色んな話をしながら盛り上がっていた

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