第5話 Lightning Hornet(1)

このツェルドの悲惨な状況を知った後、ディカス達の素性についても聞いてみた。

彼らは断る訳でも渋る訳でもなく思いの外すんなりと答えてくれた。

「DNLFは分散したと言っただろう。我々はその内の一つ、と言う武装勢力だ」


左にいたイコがワッペンを一つ取り出しケントに見せ付けた。

ワッペンに描かれていたのは昆虫標本にされているかのように描かれただった。


「我々ホーネット戦団の理念は、だ」


「元DNLFが自分の組織名に英語を使うとはな。今時ツェルドの対米感情は最悪だと思ってたんだが……」


「無論、アメリカを許そうという気持ちは無い。まあ…一種の流行のような物だ、英語を使うのは」


そう言った時のディカスの表情は何やら複雑そうに見えた。

亜人族からすれば英語は敵性語とも言える。

それを快く思わないのも無理は無いだろう。


「アンタが付けたんじゃないのか」


「ああ、この名前を付けたのは我らが……正確には我々のリーダー、だ―――」


突然部屋の扉が雑に開け放たれた。

音に気付いた三人は同時に振り向き、そしてディカスとイコの体が強張った。


その様子は例えるならば休日に遊び惚けようとしたら上官と鉢合わせた兵卒のような。

二人は先程の様子とは打って変わって表情は緊張に包まれ、額からは冷汗が垂れている。


「なんだ…?」


ディカスの陰に隠れて誰が入ってきたのか分からなかったケントは体を傾けてその姿を見ようとする。

だが、その入室した者は向こうから真っすぐこちらに向かって来た。


ケントは彼女の顔に何だか見覚えがあるように感じた。


彼女はケントの姿をまじまじと見つめるとディカスの方に振り返り彼を睨み付けた。

その目を見たイコの体が僅かに飛び上がった。


「なんだ、まだ眠っているのかと思えば既に起きているではないか。ディカスよ、何故すぐに報告しなかった?」


「はっ…彼はどうやらここ数十年の記憶が無い様でして、現状の説明を―――がッ!?」


目の前で起きた現象にケントは目を見開いた。

何が起きたのかは、簡潔に説明は出来ても原理はまるで分からない。


彼女がディカスを睨んだ途端、彼の体が浮かび上がり部屋の壁に叩き付けられたのだ。

恐らく魔術の類なのだろうと推測は出来るが実際に見たのは今日が初めてだった。


「知った事ではない。私は目が覚め次第速やかに連れて来いと命じた筈だが、余計な事をするな」


壁に強い力で叩き付けられ蹲りながら咳き込むディカスと怯えた表情で後ずさるイコを他所に彼女はケントのベッドの脇に立った。

ローブともドレスとも言えないやたらと布面積の大きい服をひらひらと揺らめかせながら二人のように睨み付ける訳でもなく冷たくも何故だか僅かに好奇の混じった視線を向けて来ていた。


「こうも人がいると話しにくい」


「も、申し訳ありません!すぐに退室―――」


ディカスに肩を貸し部屋を一目散に出ていこうとするイコを彼女は手で制した。


「よい、私が外に連れて行く。お前達は一切邪魔をするな」


「はっ!」


軍人の様な姿勢の整った敬礼をする二人。

そして気付けばケントの腕を彼女の華奢な手が掴んでいた。


「行くぞ、もう十分休んだであろう」


「あ、ああ…」


ベッドから起き上がり立ち上がろうとして足に上手く力が入らず倒れそうになる。

しかし、床に後頭部を打ち付けるかと思えばケントの体は直立に戻っていた。

それだけではなく体が先程より異常に軽く感じた。


「仕方あるまい、暫くは私がお前を支えよう。感謝する事だ」


体が軽くなり難無く歩けるようになった彼は彼女に腕を引かれながら外へと出ていった。

建物を出た所で彼女はこちらに振り返り改めて話し始めた。


「…私の名はイスルカ・レンディーグ。このホーネット戦団創設者にして総指揮官である」


イスルカの顔に見覚えがあったケントだったがここで漸く思い出した。








彼女は、元DNLF第173諸兵科連合師団の師団長にしてマリコルニ亜人蜂起に於いて米軍やNATO軍などからと呼ばれ恐れられた魔人族の指揮官だ。

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