第4話Awakening of Hornet
頭の中を痛みが支配する。
そしてその痛みの元を思い起こそうとしてあの光景が浮かぶ。
あの時俺は間抜けにも嵌められた。
9mm弾を撃ち込まれた頭の中が疼く。
どうやら目を覚まそうとしているらしい。
「見ろ、目を覚ましたぞ」
激痛と視界の違和感を感じながら目を少しずつ開く。
「頭に拳銃弾を撃ち込まれて生きているとはな…」
「運の良い奴だ、
自分は今ベッドか何かに寝かされておりそして左右にまだ視界がハッキリとしない為よく見えないが二人の男女がいる。
左右からケントを挟んだ形で何か話し合っているようだ。
「このようなかたわ、さっさと捨ててしまった方がいい。身に付けていた装備からしても厄介な臭いしかしない」
左の女がケントを指差しながら右の男に話しかける。
穏やかな会話の内容には聞こえなかった。
「だが
その言葉と共に、意識が完全に覚醒するのを感じた。
重い瞼を開き周囲を見渡す。
右には初老の男。
左には若い女がいた。
体を起こそうとすると、全身に激痛が走りすぐベッドに身を預けた。
ついでに視界の違和感の正体にも気付いた。
「働き蜂よ、まだ起きるには早い。何しろ頭を撃ち抜かれた状態で森の中に打ち捨てられていたからな」
初老の、白髪を後ろに束ねた男が部屋の脇に置かれていた椅子を取り出しベッドの隣に座った。
よく見ると初老の男が身に付けているのは野戦服だった。
ワッペンなどが身に付けられていない為所属は分からないがその風貌と貫禄は歴戦の猛者を感じさせた。
「お前を最初見つけた時は盗賊にでも襲われて殺されたのかと思った。 だが死体を漁ろうとしたら息があるのに気付いてな」
「酷く衰弱していたからここに運び込んだのだ。片目は失ったが、生きているだけ幸運だと思う事だ」
そう、あの時ケントは左目を拳銃で撃たれたのだ。
視界の違和感の正体はそれだった。
左目があった場所には包帯が巻かれている。
残された右目でケントは男を見続ける。
話を続けろという意味だとその行動を解釈した男は続けて口を開く。
「お前も聞きたい事が山程ありそうだが、先ずは自己紹介をした方がいいだろう。 私の名はディカス・ハイレイ。こっちにいる赤髪の犬獣人はイコ・ハンツヤフ」
「テメエも名乗れよ、人間。素性もだ、テメエがそこらの雑兵じゃないって事は分かってんだよ」
イコ、と呼ばれた赤髪をたなびかせた獣人の女がケントを睨みながら促す。
断る理由も無いし助けてくれた人を邪険に扱う訳にもいかないと思った彼は自分の素性を明かすことにした。
「…俺はケント・エイヴァリー。米国最大手PMC、GSSのオペレーターだ…と言っても所属していた隊は全滅した上に解雇通知の代わりに味方に銃弾を頭にぶち込まれたがな」
「GSS…随分と久しぶりに聞いた名前だな」
ディカスの発言にケントは違和感を抱く。
GSSをそもそも知らないなら彼らは現地民だし仕方のない事だと思える。
だが名前を知っているだけでなく
確かにGSSは今ある多くのPMCの中でもPMCの前身となったPFなどを除けば最古参に入る歴史ある企業だ。
だがSDAでの活動を始めたのはつい最近の事。
西暦2025年の8月、SDAで言えば統一暦1328年の12月に漸く実働部隊が現地入りしている。
現地入りからまだ半年も経っていない組織を久しぶり、と表現するには些か無理があるだろう。
そこで、ケントはある可能性が脳内に浮かび上がりまさか、と思いつつもディカスに聞いてみる事にした。
「………なあ、俺ってどれだけ眠ってたんだ?」
「すまんが偶々倒れている所を見つけただけなのでな、倒れていた期間は分からん」
「じゃあ…………今は、統一暦何年だ…?」
この次に帰ってきた答えに、ケントは瞠目した。
「今は……統一暦
「…………………嘘だろ」
彼の言う事が真実ならケントは頭を撃ち抜かれた後、
まず普通の人間であれば重傷を負った状態でそんな長い期間を生きれる訳が無いし大体1329年時点で34歳だったケントは現在54歳。
だが肉体が衰えている気配は無く、顔も左目が無くなっている事を除けばあの時と何ら変わりない。
「…………俺が撃たれたのは1329年だって言ったら、信じるか?」
そう言うとディカスは少し悩む素振りを見せると彼の発言を笑い飛ばす訳でもなく真面目な表情でこちらを見た。
「普通なら信じられんが…絶対に有り得んとも断言できん。私には少なくともその
「心当たりって何だ?教えてくれ」
既に半ば元気を取り戻したケントは上半身を起こしディカスに迫る。
「待て、お前は20年も眠っていたんだろう。なら現在のこの地、ツェルドの状況を知っておいた方がいい」
迫るケントを手で制しながらディカスは語り始める。
最初に自分の所属先の現状。
「まず、お前が所属していたGSSだが…そのPMCは14年前に潰れた。現地での民間人などに対する残虐的行為や略奪が明るみになりその後営業停止となり最終的にライバル企業だったアローヘッド・ディフェンスに買収され今では影も形も残っていない」
次に米軍やNATO軍、ロシア軍などの動き。
「アメリカやNATO、EUはツェルドの殆どの敵対勢力を制圧した。マリコルニ神導国も崩壊し皆余所者達のされるがままだ。資源の利権も全て剥奪された。ロシアは親亜人派だったが為に迂闊に手が出せず今は亀のように引っ込んでいる」
最後にDNLFについて。
「ここからが重要だ」
ディカスは息を呑み、一呼吸置くと口を開いた。
「お前が撃たれた次の年の1330年、戦況をひっくり返したある大事件が起きた」
やけに緊張の表情で語るディカスの姿にケントも釣られて息を呑んだ。
「DNLFは多国籍軍の支配地域に対して
「マジかよ…」
真偽を問うケントにディカスが静かに頷いた。
あまりにも予想外な展開にケントも驚きを隠せなかった。
「DNLFがNBC兵器…?そんなのどっから……ッ!」
そう言いかけて、彼は一つ心当たりがある事を思い出した。
あの時麻薬に偽装されて輸送されていた謎の容器だ。
「そのNBC兵器ってどんな奴だ」
「どんな奴か…弾道ミサイルに搭載する多弾頭式の弾頭だ」
「って事は…やっぱり…!」
完全に合点がいったケントはディカスにあの時の任務の話をした。
すると彼の予想通りの答えが返ってきた。
「その話が本当なら確かにNBC兵器が輸送されたルートと一致するな。それは撃たれる訳だ」
「成程なあ…」
20年という時を経て、なんて任務を受けてしまったのだと溜息を吐きながら心の中で後悔した。
「………そのNBC兵器が使用された事件の以降、ツェルドの殆どが死の大地へと変わってしまった。DNLFもバラバラに分散し各地で何とか生き延びているといった所だ」
ディカスはそのNBC兵器について教えてくれた。
その兵器の名はテュルソス。
皮肉にも魔術の栄えていたこのツェルドで最初に使われた魔術を流用した生物兵器だった。
弾頭内の12発の小型弾頭が指定された各目標に向かっていき空中で炸裂する。
しかし爆風や破砕効果で殺傷するのではなく生物兵器である為その小型弾頭の中に詰まっているのは当然生物だ。
中に入っていたのは大量の寄生虫だった。
寄生虫と言っても地球上にいるような生半可な物ではない。
魔術を利用して既存の寄生虫を改造した物なのだ。
遥か大昔にツェルドでは生物の肉体に魔術に於いて術式を発動させるのに必要なエネルギー、
それで生まれる強化された生物がツェルドでは
数百年前に禁忌となっていた為封じられていたその技術を亜人達が復活させ戦争に利用した。
結果として、多国籍軍の支配地域に放たれた寄生虫に感染した生物は種族も関係なく体内で急速に成長した寄生虫によって体が次第に変異していき、最終的には原型を留めていない理性すら失い他者を食らう事しか考えられなくなった化け物、魔物へと変わり果てた。
しかしここである誤算が生じた。
本来ならばこの寄生虫は、感染しても一週間程度で死滅するように作られていた。
だが寄生虫は何週間経っても死滅する事無く、悍ましいスピードで広まりやがてツェルドに存在していた多くの国家やコミュニティは魔物の大群の前に屈し滅んだか或いは分断された。
DNLFが散り散りになったのはそれも理由に含まれるが一番はNBC兵器使用が発端の内部抗争だった。
亜人達の中には戦士としての志を一番に考える者も多く昔から勝利の為に手段を選ばない上層部との衝突は絶えなかった。
そしてそこで動き出したのが多国籍軍。
彼らは圧倒的軍事力と技術力を以て寄生虫とそれに感染した魔物を凄まじいスピードで撃滅していった。
1340年には殆どの魔物は一掃された。
ここまでは多国籍軍様様だと思うかもしれない。
事態の深刻さに気付いたのは1345年の事。
魔物を一掃した多国籍軍は嘗ての神導国、それどころか魔物に滅ぼされた他国の領土にすら土足で踏み入り現地の土地や資源を占有し始めたのだ。
確かにその土地にはもう住む人がいない。
奪ったとしても文句を言う人はいないかもしれない。
しかし、その多国籍軍の支配地域には亜人達の旧領土も含まれていた。
それに抵抗したかった亜人達だったが現在DNLFは無くなり嘗て肩を並べて戦った戦友達は違う勢力として各地で細々と生きていた。
これが、ディカスの話した現状の全てだった。
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