第2話 Demi human National Liberation Front

亜人族が被差別種族となった根本の原因の一つは、人間達の恐れだった。


「コンタクト!!」


恐怖の対象を無くす為に大昔の人間は武器を作り、戦術を研究し、数を増やした。

結果的に亜人に勝利した人類だったがそれが彼らを増長させた。

亜人族が二度と剣を持って立ち上がれぬように新たな法と軍事力の下辺境の土地へと追いやり抑圧に抑圧を重ねた。

それどころか国によっては害獣として駆除対象となったり、もっと酷ければ食用扱いになる所さえ存在した。


「包囲されてるぞ!!」


そして今……


「こんな大部隊……どうして今まで誰も気付かなかった!?」


彼ら人間達は……


「動きが速すぎる!!捉えられない!!」


「化け物かアイツら!!」


自らの業の代償を支払う事になる。



「アイツらが…デミ亜人…!!」









森の中を駆ける四人の人影。

しかし彼らの眼前にあった筈の車列は既に目視できない位置にまで遠ざかっていた。


「クソッ!あの距離で位置がバレるってどんな視力してんだ?」


先程追跡している最中にケント達は突然護衛の装甲テクニカルからの制圧射撃を受けたのだ。

機銃手から見ればそれなりに距離が離れている上に森の中に潜んでいた自分達の居場所が呆気なく見つかったのは流石のケントも驚いた。


「よく分からんが、デミ亜人ってのはあんなに五感が鋭いモンなのか」


装甲テクニカルからのDShk重機関銃やPKM軽機関銃による熱烈なおもてなし制圧射撃を食らった彼らはその場に釘付けにされ、車列を見失ってしまった。

そして今は既に銃声の止んだ本隊の方角を目指していた。


「ケント、まだ本隊とは連絡が取れねえのか?」


「ああ、ノイズ塗れで何も聞こえて来やしねえ」


「まあ本隊なら無事だろ。兎に角……」




もうすぐ本隊へと辿り着くといった頃、突然ケントがその場にしゃがみ無言で全員停止のハンドサインを出した。

森の中の先を警戒の目付きで睨み付けるケントの様子にデイヴィッド達三人も銃を構え臨戦態勢を整える。


M4A1レシーバー上部のホロサイトの手前に装着された四倍ブースターを展開し、前方を警戒するケント。

一見何の以上も無い森に見えるが、兵士としてジハーディストや海賊など様々な敵を相手に長年戦って来た彼らには常人には到底分からないを感じていたのだ。


それは気配、臭い、或いは殺意。


暫く動きを止めていると、ケントがブースター越しに前方数十m先の草木が不自然に揺れ動いたのを見た。




そして、その隙間から僅かに覗かせたこちらに向けられた銃口とその射手の眼光も。




「…コンタクト!」


その声を皮切りに双方から一斉に銃声が鳴り始めた。

一番最初にこちらに向かって撃ってきた敵をジョージが狙撃し、彼の援護射撃を受けつつ前に突出していたケントとデイヴィッドも牽制射撃を行いながら後退し近くの木陰に身を隠す。


目測でも敵は30人はいた。

武装は銃声からして恐らくタイプ5656式自動歩槍、AKMとPKM。

それに混じってPPSh-41の銃声も聞こえる。


「数が多い!!正面からじゃ流石に不利だ、退くぞ!!」


飛来する何百発もの銃弾が真横を通り過ぎ、時折木を掠め幹を抉る。

四人も洗練された射撃の腕で一人ずつ確実に排除するがどんなに撃ち殺してもその後ろから更に多くの敵が現れては撃ってきた。


しかも亜人本来の能力なのか銃撃戦に関しては素人にも関わらず、射撃の精度だけはその手の競技選手並みに高く100m近く離れている上に草木で視界も悪い中、敵の兵士一人一人が銃弾の散布界を正確にこちらの方へと合わせてきている。


これは米軍やNATO軍も手を焼く訳だ、とケントはそう思いながら後退する。


「がッ!?」


「ジョージ!」


木陰から狙撃していたジョージが右胸に銃弾を受け倒れた。

傍にいたデールがすぐに彼を介抱し、後方の安全な場所まで引き摺ろうと野戦服の襟を掴む。


「アーマーを貫通してやがる…!」


ジョージが付けていたプレートキャリアの中のセラミックプレートには一発の穴が開いており、裏側の胸どころか背中すら貫いていた。

7.62x51mmNATO弾すら防ぐこのプレートを貫けるのはかなりの大口径なライフル弾しかない。


「このプレートは3だぞクソッ!!」


右の肺に被弾したジョージは気胸を起こし、言葉を発する事も出来ず掠れた息を漏らす事しか出来なかった。

銃弾の飛び交う中デールは後方へと彼を引き摺って行く。


しかし、そのデールさえも狙撃され倒れた。


「デール!!」


デールはジョージと違って眉間を正確に貫かれていた。

撃ち込まれた銃弾の運動エネルギーによって後頭部から脳髄を撒き散らしたデールの顔は僅かに歪んでいた。

即死だった。


そしてその場に倒れていたジョージもついでと言わんばかりに左胸に一発撃ち込まれ息絶えた。


「ジョージとデールがやられた!!」


残された二人はセミオートで出て来る敵を次々と射殺しながら後方へと下がる。

だが亜人兵の動きは中々に早く、普通の移動速度では撤退しても追撃されれば間違いなくすぐに追いつかれるだろう。



「俺が援護する!!先に行け!!」


「お前は!?」


「二人で逃げたってデミ相手じゃ逃げ切れる訳がねぇ!! 死ぬ奴は一人で十分だ!!」


デイヴィッドがMk48軽機関銃を構え、ケントに逃げるよう促す。

けたたましい銃声を電子式防音イヤーマフ越しに感じながらケントは背を向けて走り出す。




森の中を必死の形相で走るケントの脳内に流れるのはただ後悔の念ばかり。

亜人の力を侮った事、現状の把握が遅れた事。


恐らく本隊は既に壊滅していたのだ。

銃声が止んだのはDNLFを撃退したんじゃない、本隊の生存者がいなくなった合図。


駆ける内にこのSDAに来た事、そしてこのGSSという職場を選んだ事まで後悔しだした。

だが、親の愛に恵まれず、スラム街で麻薬を売って生計を立てたりギャングの真似事をして暴力しか学んで来なかった彼に最早選択肢など無かった。




「はぁ……はぁ……うわっ!?」


木の根っこに躓いて転び我に返ると既に銃声は止んでいた。

視界に広がるのは静かな森だけ。

先程の銃撃戦とは真逆の静かなそよ風が木々の間を縫ってケントの頬を撫でた。


乱れた息を整えながら再び歩き出そうとした時だった。


それは音も、気配すらも出さずにそこにいた。


木陰に潜んでいたは振り返るケントにPPSh-41短機関銃の銃口を向けながら近付いてくる。

まるで最初からそこにいたかのように佇む彼女の姿にケントはM4A1を構える事も出来ずに呆気に取られていた。


木陰から出てゆっくりと歩み寄る彼女の姿が日光によって露になる。

深緑の野戦服とチェストリグを身に纏い首元にはどこかの部族の工芸品のような鮮やかな装飾品が巻き付けられている。


絹の如き純白の髪が風に吹きつけられ静かに揺れる。

額に巻かれた青色の帯で押し上げられ左右に分けられた前髪の間から二つの目がケントの姿を捉える。

瞳は緑色でとしての冷酷さ、そして、としての勇ましさを兼ね備えた。

そんな目つきをしていた。


ケントはその芸術品の如き美しさのそれに見とれていると額のそれに気付き、ようやく彼女の正体を知る。





「………鬼…族…」


額から天を指して伸びる二本の角。

その姿はまさしく亜人族の一種、鬼族の物だった。


「我々…貴様らが亜人解放戦線と呼ぶ者…。抵抗、無意味」


彼女は銃口でケントの持つM4A1を指し捨てるように促す。

周りに他の敵兵の気配も感じ取った彼はそれに従いM4A1を遠くの地面に放り投げた。

武装解除をした事を確認した彼女は彼を後ろ手に結束バンドで拘束し襟を掴んで無理矢理立たせた。


「歩け、殺しはしない」


たどたどしい英語でそう言いながらそう促す彼女に従い敵兵に囲まれながら本来彼らが目指していた本隊の方へと向かった。


現場の様子は、やはり予想通りだった。


「世界の様々な紛争を生き抜いてきたGSSの兵士二個小隊が…全滅…」


本隊がいた場所は先程まで激戦区だったのが分かるぐらい多くの傷跡が残されていた。

地面の至る所に弾痕や手榴弾、或いは対戦車ロケットなどによるクレーターが乱立し木々は薙ぎ倒され道路を塞いでおり傍らにはGSSの兵士だった死体の山。


通り過ぎる時、死体の山の中に見覚えのある死体が埋まっていた。

嘗ての同僚だった兵士達の死体だった。


「デール、ジョージ…………………デイヴィッド」


虚ろな目で横たえる彼らにケントが出来ることは何も無い。

クリスチャンなら十字架を切ってやる事ぐらいは出来たかもしれないが生憎神や救世主なんて物に縋れるような人生は送っていなかった。


そこでは様々な種族の亜人兵が道路上の障害物の撤去や倒したGSS兵士の死体の片付け、負傷兵の治療などに補給も行っているようだ。

過激派テロリストというより最早普通の軍隊といっても差し支えない組織力の高さが窺えた。


「馬鹿だなウチの世界の連中は……DNLFを侮り過ぎだ…」


「違う」


先程まで無言だったのに突然英語で否定の言葉を放った彼女を見る。


「それは貴様らが勝手に付けた名。本当の名は…」


人は、奪う者と奪われる者に分かたれた。


奪う者は奪う為に。


奪われる者は奪われない為に武器を持ち、戦う術を学んだ。


その者達をSDA、いや、このツェルド果て無き大地の言葉でこう呼ぶ。








「クェスムルス・サダー・ロスツ……外界の言葉でだ。よく覚えておけ」


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