雷蜂
FREEdrich
第1話 車列奇襲任務
この世界は、呪われている。
毎日のように、それが日常とでも言うかのように砲煙弾雨が降り注ぐ現状を見て呪われている以外の言葉なんて出て来る筈が無い。
西暦2015年、世界は本来繋がるべきでなかった新たなる新世界への門を開いた。
広大な大地に豊かな自然、手付かずの資源の数々、そして地球外文明。
人間と亜人族に大きく分けられそれぞれが独自の文明を築いていたその地を、国連は特別開発地域、通称「SDA」と名付け、各国はそのSDAの開拓事業へと足を踏み入れた。
しかしアメリカやロシア、ヨーロッパ諸国などの多くの国が同時に関与するSDAの開拓事業は上手く行く事も無く、次第にそこは平和で豊かな地ではなく数々の大国の代理戦争の場となった。
現地の人間達の反亜人感情を煽り、SDAでの有利な立ち位置を得ようとするアメリカとNATO、EU。
亜人を人間から解放させる事によって現地の”聖域化”を図ろうとするロシアと旧ソ連構成国に中国などの国々。
そしてそこでの利益を狙う数々の民間企業やPMC。
メディアの活動を許されないその地では民衆の誰もが知る事の無い、しかし、記憶上どんな紛争よりも凄惨な争いが繰り広げられていた。
俺がそんな彼らの枠組みから外れたのは、亜人族の独立運動で戦乱の真っ只中のマリコルニでの任務の時だった。
《マリコルニ神導国某所 統一暦1329年 2月12日》
草木の生い茂る自然豊かな田舎町。
その田舎道を二台の鉄の馬車、輸送トラックがディーゼルエンジンの排気音を鳴らしながら走り過ぎていく。
町には既に住民は退去済みで人っ子一人いなかった。
二台のトラックの荷台には完全武装した兵士が何十人と乗っていた。
しかしそこにいるのは神導国の軍隊でなければ現在進行形で亜人族の独立運動に手を焼いているアメリカやNATOの連中でもない。
そのアメリカの諜報機関、
名はグローバル・セキュリティ・サービシーズ。
GSSと呼ばれる事が殆どだ。
アメリカのサウスカロライナ州に本社を置く大手PMCでありその規模は米国内でもトップを争う程である。
湾岸戦争時代から活動を続けてきており経験も豊富でアメリカ政府からの信頼も得ている。
表向きは現在の主な業務はこの新世界、
人道支援の名目でこのSDAに来ているアメリカは下手に軍隊を動かす事が出来ずその為素性の割れにくく作戦遂行能力もあるPMC、GSSを頼った。
様々な依頼をこなしてきた彼らだったが今回の依頼ばかりは違和感を抱かざるを得なかった。
「どう考えてもおかしいだろ。これは」
「まあ、確かにただの麻薬取締にしちゃあ戦力が過剰すぎるな」
二台のトラックの内一台の荷台の中で数人の兵士が小声で話し合っていた。
最初にこの話を持ち出したのはこの中の一人の日系アメリカ人、ケント・エイヴァリーだった。
彼の話に黒人の屈強の見た目な男、デイヴィッド・アンダーソンも同意して頷く。
「それもそうだが部隊長も怪しいぜ、あんな奴社内で見た事ねえ」
話に加わったもう一人のインド系アメリカ人の男はデール・クリービー。
「多分アメリカが送ってきた奴じゃねえかな?うまく取り繕ってるつもりみてえだが立ち振る舞いは軍人のそれらしい」
そこから更に純血のアメリカ人のジョージ・バーネットも共に話の輪に入る。
四人の視線の先は先頭車両にいる本作戦で部隊長を務める兵士。
今回の任務は現在彼らがいる街道を夜間に通過する麻薬を密売目的で輸送している車列を襲撃するという物だった。
車列が運んでいる麻薬は今回の亜人の独立運動によって起きたマリコルニでの亜人蜂起事件に於いて亜人側を率いている反政府武装勢力、
それを取引先に売り付け武器弾薬を手に入れているとの事だ。
武器弾薬を提供している組織はアメリカ政府でも未だに尻尾を掴むどころか足跡一つ見つけられていない状況らしい。
だがケント達が話していた通り麻薬の取り締まりにしてはPMCの戦闘員二個小隊などオーバーパワーにも程がある。
相手は兵力は豊富とはいえ装備は冷戦、或いは大戦時代レベルの骨董品だ。
こっちは全員が最新鋭の装備を身に着けた優秀な社員だ。
中には湾岸戦争時代からのベテランもいる。
デイヴィットがそれに当てはまる。
それに現在米軍やNATO軍と交戦している中麻薬の輸送車列の護衛にそこまでの戦力を割く事は出来ない筈だ。
何か裏がある、と思いながらも彼らは指定された待ち伏せ地点に到着した。
《パンサー01、状況報告》
「車列の姿はまだ見えない。本当にここを通るのか?」
待ち伏せ地点より少し北に数キロ離れた地点でケント達は道路を監視していた。
しかし部隊が配置についてから一時間以上経過しても車列が現れる気配は無い。
あの素性の知れない部隊長曰く麻薬を積んだ車列は間違いなくこの時間帯にここを通るそうだがそれも怪しくなってきた。
不安を抱きながらケントは自身の小銃、フルカスタムのM4A1を傍らの木に立て掛けもう一度周辺の地図を地面に広げた。
「んー、ここよりもうちょい離れた位置に西の方に抜ける道があんだよなあ」
現在地から少し離れた位置の分かれ道を指差しながら唸る。
予定時刻を過ぎてからここまで待っても出てこない以上、西に車列は抜けてった可能性が高まってきた。
「待ち伏せがバレた?だがドローンの事前偵察でも斥候はいなかった……」
疑問に思いつつもケントは無線機で本隊に指示を仰ぐことにした。
だが、正しい周波数に合わせても一向に無線が繋がる事は無くただ無機質なノイズが流れるだけだった。
「こちらパンサー01、応答せよこちらパンサー01!……繋がらねえな」
「ぶっ壊れたんじゃねえか?」
「デール、こいつはお前に壊されたから一週間前に買い替えた奴だぞ」
「故障じゃねえみたいだぞ、俺のも繋がらん」
無線機の故障ではないとなると彼らの経験則に基づけば可能性は三つに絞れた。
一つ目は本隊の部隊長の無線機がオンボロだったか。
二つ目はこの世界の気候による自然の電波障害か。
そして最後の三つ目は……。
「電波妨害の可能性も考えられる。ワンチャン先手を打たれたかもしれん」
「先手を打たれたって……相手はつい最近銃の扱いを知ったような
M110のスコープを覗いて道を監視していたジョージがこちらに振り向く。
ジョージの言う通り彼らDNLFを構成している亜人達はつい近年までは飛び道具は弓やボウガン程度しか知らなかった。
そのお陰で最初は米軍やその他の国々も暴動レベルの対処で済んでいたのだが何者かが彼らに銃火器やその他の兵器を供与しだしてから状況は一気に悪化した。
ニュースでは報道されていないが既に米陸軍と米海兵隊がかなりの損害を被っているらしい。
上層部は戦死した兵士の遺族達への言い訳にさぞかし苦労する事だろう。
「そうやって大国が侮ってかかった結果負けて大恥かいた戦争があってな…ベトナム戦争って言うんだが――」
「車列!見えたぞ!!」
突然声を上げたデイヴィッドに部隊の全員が振り向き道路の方を見る。
そこには確かに三台の自動車が走っていた。
「大型トラック一台に護衛のテクニカル二台…間違いない」
装甲化されたテクニカルに前後を挟まれる形で走る大型トラック。
積み荷は恐らく大量の麻薬だろう。
とは言っても無線が無力化されている現状この事を現在地点から本隊に伝える手段は無い。
ケント達は急いで本体の方を目指して走り出した。
幸いこの一帯は険しい悪路が多く車列のスピードも遅い為追い越される前に本隊に追い付く事は出来そうに見えた。
しかし、彼らと目標の車列が向かっている先で更なる異変が起こる。
「12時方向より銃声!本隊が交戦してやがる!」
「二個小隊もいれば大丈夫だろうが奇襲作戦自体が破綻している時点で結構ヤバいぞ」
銃声はこの先の森の中から連続的に聴こえて来る。
M4A1の5.56x45mm NATO弾だけでなく7.62x39mm弾などの銃声も混じっている辺り交戦しているのはDNLFで間違いなさそうだ。
「電子戦手段を持っていて精鋭揃いのPMC部隊相手に逆待ち伏せかよ……ますます敵の事が分からなくなってきたぞ……」
ケント達は銃声鳴り響く森の中へと駆け込んでいった。
この時点で彼らはまだ内心で侮っていた。
亜人族の恐ろしさを。
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