Report07. 羽倉の恋愛講座

オージェの奇襲から一夜明け、東の空から太陽が昇る。

異世界に朝がやってきた。


ソニアは生ける木々リビング・ウッドの間から降り注ぐ陽の光を浴びながら、ゆっくりと目を覚ます。


寝起きということもあってしばらくまどろんでいたソニアであったが、意識がはっきりするに連れ昨日の出来事を思い出し、顔がみるみる赤く染まっていく。


「……昨日のわらわは何か変じゃったな…まさかイサミの腕の中でわんわん泣いてしまうとは…」


「お、起きたかソニア。おはよう。」


その声を聞いたイサミは、揺りかごの中のソニアに挨拶をした。


「ひゃあっ!?イ、イサミそこにおったのか!?」


不意に現れたイサミに驚いたソニアは、思わず変な声が出てしまった。


「ああ、もちろんだ。ソニアを守ると誓ったからな。」


「全くお前という奴は…何もわらわが寝ている時まで実行せんでも良いのに…まさかとは思うが、ずっと寝ずに見張っていたわけではあるまいな?」


「ん?もちろんずっと見張っていたに決まっているだろう?敵はいついかなる状況でもやってくる。常に警戒しておくに越したことはない。」


「ば…馬鹿者!!だったらお前はいつ休むのじゃ!ずっと気を張り詰めていたら、いつか倒れてしまうぞ!」


「大丈夫だ、まだバッテリー残量は……じゃなくて、ある程度寝なくても平気な体質なんだ。」


「ダメじゃ!これはわらわからの命令じゃ!すぐに休息を取れ、イサミ!」


「わかったよ。全く…俺みたいな奴にでも、本当に優しいんだなソニアは。」


そう言ったイサミは、昨日のようにソニアの頭を優しく撫でた。


「ひゃ…!ば、馬鹿!茶化すでない!良いかイサミ!休息を取らなければ、いざという時にだなー……」


「ソニア、好きだ。」


休息の大切さを説こうとしたソニアであったが、唐突なイサミの告白により、言葉を失ってしまった。


「…イ、イサミ…?今お前なんと言った…?」


「ソニアのことが、好きだと言った。」


イサミはいつもどおり表情を変えず、淡々とした口調で言い放った。

そんなイサミとは対照的に、ソニアの顔は再び真っ赤になる。


「なっ、ななななな、突然何を言い出すのじゃお前はぁーーーー!?」


「俺、なんか変なこと言ったか?」


「うう…それは…その、仲間や友達として好き…ということか?そ…それとも異性として…す、好きということかの…?」


ソニアはしどろもどろになりながら、イサミに質問する。


「む?好きというにも、色々種類があるのか。むむ…そこまでは考えていなかったな…」


「考えていなかったとは、どういう意味じゃ?」


「えーと…そうだな。俺はソニアを守りたい。その気持ちに嘘偽りはないのだが、どうも今ひとつ覚悟が足りないと感じている。

そこで、マルドゥークに聞いてみたんだ。召喚獣であるお前たちがソニアを守る理由は何なのかと。

そうしたら、ソニアが大好きだから守るのだと、そう言っていた。だから俺も、ソニアを好きになろうとしたんだ。

理由ができれば、より強固な守りを築けると思ったんだが…好きにも種類があるのは誤算だった。

というわけで、すまないソニア。どういう『好き』なのかをもう一度考えてみるから、少し待っててもらえないだろうか?」


申し訳なさそうに頭を下げるイサミに、ソニアは冷ややかな視線を送る。


「ほう…するとなにか?お前は守るための理由が欲しくて、わらわが好きだとぬかしおったわけか?」


「ああ、そういうことだ。」


プチッ


なんの迷いもなく答えたイサミを見て、ソニアの怒りが頂点に達した。


ソニアはイサミをキッと睨むと、昨日同様イサミのすねに思いっきり蹴りを入れた。


「もう知らん!!この馬鹿者ぉーーー!」


「あっ!おい!ちょっと待ってくれソニアーー!」


イサミの制止も虚しく、ソニアは走り去ってしまうのであった。


「うーん…何かまずかったのだろうか…色々修正する必要がありそうだな。」



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一方で、日比谷研究所の実験室。


イサミとソニアのやり取りを見ていた羽倉は、頭をポリポリと掻き、こりゃダメだと言わんばかりの深いため息を吐いた。


「日比谷が、まだまだイサミは成長過程だと言っていた意味がようやくわかってきたぜ…あいつ、女心ってもんをまるでわかっちゃいねえ……」


当の日比谷はモニター前のデスクに突っ伏して、ぐっすりと眠っていた。

日比谷自身もイサミと同様に、徹夜で監視を行っていたようであったが、ついに力尽きてしまったのであった。


「日比谷は…寝ているようだな。あんまり干渉するなって言われちゃいるが、流石にこれは見てらんねぇな……」


羽倉は意を決して、イサミの指示マイクがある席に着く。


「この恋愛マスター羽倉さんが、女心ってもんをイサミに教えてやらんとな。」


そう言うなり羽倉はマイクのスイッチを入れ、異世界にいるイサミに話しかける。


「あー、イサミ?俺の声が聞こえるか?」


『はい、聞こえています。その声は…羽倉殿ですか?』


「ああそうだ。突然だがイサミ、お前はどうしてさっきソニアが怒っていたのか。その理由がわかるか?」


『……いえ、恥ずかしながら全く見当もつきません。』


「なるほどな…こりゃ先が思いやられる。さっきのやり取りを見させてもらったが、単刀直入に言おう。お前が100%悪い。」


『やはりそうでしたか…原因は一体なんだったんでしょうか?』


「そうだな…突っ込み所はたくさんあるんだが……一番の致命的な問題は、ものごとの順序を完全に履き違えているという所にある。」


『順序…ですか?』


「そうだ。お前はソニアを守りたい、そこに嘘偽りはないだろう。ただその守りをより盤石なものにする為、自分がソニアを守る確固たる理由が欲しかった。違うか?」


『…仰る通りです。』


「それでソニアを好きになれば、大切に思えるようになり、絶対に守り通すという正当な理由ができる。そう考えたわけだな?」


『そこまでお見通しでしたか…流石です、羽倉殿。』


「おいおい、俺は答えあわせをする為にお前に話しかけてるんじゃねぇぞ。お前にアドバイスをする為に話してんだ。」


『アドバイス…ですか…』


「そうだ、いいかよく聞けよイサミ。

守りたいという目的の為に人を好きになるんじゃねぇ。それはただ、お前の自己満足に過ぎねぇ。

本当に大事なのは、その人のことを真に好きだと思う気持ちだ。そうすりゃ、おのずと絶対に守ってやりたいと思うもんなんだよ。」


『…先程順序を間違えていると仰ってたのは、この順序が逆だったということでしょうか?俺にはこの二つの違いというのが、正直よくわかりません。』


「大きく違うさ、天と地ほどな。いずれお前にもわかる時が来るだろう。

ところでイサミ。お前はソニアに対して、今どんな感情を持っている?

ロボットに感情どうこうって質問もナンセンスかもしれないが、分かる範囲で俺に教えちゃくれないか?」


『どんな感情…ですか。そうですね…参考になるかどうかはわかりませんが、昨日ソニアが穏やかな表情で寝ているのを見た時、とても心地よい信号を脳がキャッチしたのを覚えています。

すみません…これが感情と言えるのかどうかわかりませんが、俺から言えることはこれぐらいしかありません。』


「…いや、充分だ。それを聞いて安心したよ。最後にもう一つアドバイスだ。

恋愛において、距離感は絶対間違えるなよ。昨日初めて会ったばかりの女の子に、すぐに好きって言っちゃダメだからな。愛情ってもんは、じっくりと育んでいくもんだ。焦って自分の思いを伝えるんじゃなくて、お互いの信頼関係を築く所から始めるんだ。わかったな?」


『承知しました。ありがとうございます、羽倉殿。とても勉強になりました。』


「俺からのアドバイスは以上だ。健闘を祈ってるぜ。」


そう言い終えて、羽倉はマイクのスイッチをオフにした。


「羽倉にしては、なかなか良いことを言ったんじゃないか?」


先程まで机に突っ伏して寝ていた日比谷が、いつのまにか目を覚ましていた。


「…なんだよ日比谷。お前起きてたのか?悪りぃな、勝手にイサミに干渉しちまってよ。」


「構わない。イサミの良い成長に繋がりそうではあるからな。それに私は色恋沙汰に疎いものでな。正直、そういう面でのサポートは非常に助かる。」


「お前も早く彼女なりなんなり作れよな。お前の財力を持ってすれば、世界中の美女と付き合うのだって余裕だろ?顔も俺には劣るが、いい線いってると思うぜ?」


「結構!全く…少し褒めるとすぐに調子に乗るから始末が悪い。そういう羽倉はどうなんだ、今の彼女とは?」


「二股がバレて両方に振られちまった。」


あっけらかんと言う羽倉に対して、日比谷は思わず頭を抱えた。


「……さっきのアドバイス、イサミに忘れてもらうように指示を出すか…?」


取り消しを真剣に考えたが、イサミを混乱させたくはなかったので、結局思い留まる日比谷なのであった。

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