Report06. 泣き、笑う
日比谷研究所の実験室。
羽倉は鼻歌を歌いながら、冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出し、そのうちの一つを日比谷に差し出した。
しかし日比谷は手のひらを羽倉の方に向け、それを固辞する。
「私は結構。アルコールは思考能力を低下させるのでな。飲むなら一人で飲んでくれ。」
「ったく、ノリ悪りぃな。せっかくイサミが異世界で初めて敵を倒したんだ。俺らも勝利の祝杯ぐらいあげたってバチはあたらんだろ?」
「生憎だが、そんな気分でもない。まだまだ観察したいことが山ほどある。勝利に酔いしれてる時間が惜しいのだよ。」
「へーへーそうかいそうかい。研究者ってやつは、これだから困るぜ。ところでよ…イサミが言ってたあの技名、日比谷流なんちゃら奥義?あれってお前が名付けたのか?」
「
今回見せた「瞬光」は抜刀道の達人の動きをトレースしたものだ。なかなか格好良かっただろう?」
「いや、それは確かに格好良かったけどよ…日比谷流って…何?お前、流派なんて持ってたっけ?」
「いやない。なんか格好良いから付けたのだ!」
日比谷はなぜか得意げに羽倉に言い放つ。そしてこれが日比谷のスイッチが入るきっかけとなり、自分が名付けた奥義名の由来をつらつらと語り始める。
「やはり異世界で戦っていく以上、格好いい技名というのは必須だろう?〇〇流と付けることによって、その技に
少年のようにキラキラと目を輝かせて説明する日比谷に対して、羽倉はグビグビと缶ビールを飲みながら、どうでも良さげに聞いていた。
「研究者ってやつは、これだから困るぜ……」
アルコールまじりのため息を吐き、日比谷に聞こえないぐらいのボリュームで愚痴を垂れる羽倉であった。
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異世界では、イサミが草原を抜けたソニアたちと合流を果たしていた。
イサミは先程の奇襲について、ソニアに一通りの報告を行う。
報告を受けたソニアは、静かにイサミに問いかけた。
「ことの
「あのオージェとかいう
だから俺が囮になった。犠牲を最小限に留めるにはそれが最善の策だと判断した。仮に刺し違えたとしても、あの状況では時間が稼げればこちらの勝ちだったからな。」
ソニアの問いにイサミは無表情で淡々と答えた。
「刺し違えても…じゃと?」
ソニアは肩を小さく震わせながら、イサミの前まで歩み寄る。
そして次の瞬間、
パシンッ!
ソニアの平手打ちが、イサミの右頬にクリーンヒットする。
そのソニアの緋色の目からは、涙がポロポロと零れ落ちるのであった。
「……なんで泣く…?」
イサミはその涙の意味を理解できなかった。
「泣いてなどおらん!この馬鹿者っ!刺し違えて守ってもらって、わらわが喜ぶとでも思っておるのか!?」
「喜ぶ、喜ばないの問題じゃない。ソニアを守るというミッションの為、最善の行動を取っただけだ。」
「……!もう良い!この分からず屋ーーーっ!!」
ソニアはイサミの
「一体、なんなんだ…?」
イサミはただ呆然と立ち尽くし、ソニアを見送ることしか出来なかった。
それを見兼ねたマルドゥークがイサミに話しかける。
『姫様はな、仲間が犠牲になるのを見過ごすことができない心の優しい、いや優し過ぎるお方なのだ。だからお前の先程の発言が許せなかったのだろう。
姫様がここまで逃げてくるまでに、多くの仲間たちが犠牲になった。姫様はそのことについてかなり心を痛め、自身の力不足を嘆き、後悔されている。夜半に一人ですすり泣く声も我々は何度も聞いている。』
「……そうだったのか。」
『お前が飛び出して行ってしまった時も姫様の顔はひどく青ざめ、すぐにお前を助けに向かおうとした。我々が全力で引き止めて事なきを得たが、その後もずっとお前の無事を祈っていたよ。
これ以上、誰かが自分の為に犠牲になるのが怖かったのだろう。
だからイサミよ、姫様の気持ちを汲んで側に寄り添ってやってはくれんか?我々は共に戦うことこそ出来るが、この
周りの
「…ああ、わかった。とりあえず謝りに行ってくるよ。」
イサミは短く返答し、ソニアに謝罪をする為、
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そこには木の
「ソニア。」
イサミは泣きじゃくる女の子の名前を呼ぶ。
「…なんの用じゃ?」
返答をしたソニアの声は震えていた。
「先程、俺が発言したことについて謝りたい。何も知らずに無神経なことを言って、すまなかった。」
イサミはソニアに向かって、深々と頭を下げた。
「…マルドゥークから聞いたのか?」
「ああ。」
「あやつめ…余計なことを言いおって…もう良い。頭を上げよ、イサミ。」
ソニアは揺りかごから飛び降り、イサミの前まで歩み寄る。
許しをもらったイサミは、頭を上げてソニアの腫れあがった眼をじっと見つめた。
「今まで、ずっと泣いていたのか?」
「……うるさい。」
「優しいんだな、ソニアは。」
「うるさいと言っておる。」
「俺はもう、二度と刺し違えてもなどとは言わない。一番近くでソニアを守り続けると約束する。
だから、ソニアも無理はするな。俺の前では
それを聞いたソニアはクスッと笑う。
「全く、恥ずかしいことを言いおって。」
「すまない……気の利いたことを言うのが苦手でな。」
「いや…嬉しいのじゃ。そう言ってくれた者は、今までいなかったからの。」
そう言うなり、ソニアはイサミの胸に顔を埋め、両腕を腰に回した。
「少しだけ…こうしていても良いか?」
「…ああ。」
そうしてソニアは、イサミの胸の中で泣き続けた。
いつもの毅然とした態度は崩れ、少女のように泣きじゃくった。
こういう場面に慣れていないイサミは、ぎこちないながらも、ただ優しくソニアの頭を撫で続けた。
そんな状況を見守るように、月明かりが二人を優しく包むのであった。
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それから、どれだけの時間が経っただろうか。
いつのまにかソニアは、イサミの腕の中で泣き疲れて眠ってしまっていた。
イサミはお姫様抱っこで、ソニアを揺りかごまで運んでいき、起こさないようにそっと揺りかごの上に置いた。
『姫様はお眠りになられたか。』
様子を見に来たマルドゥークがイサミに声をかける。
「ああ、今しがたな。」
マルドゥークは揺りかごの側までやって来て、慈しむようにソニアの寝顔を覗く。
『笑っておる。こんなに穏やかに眠る姫様を見るのはいつぶりだろうか。感謝するぞ、イサミよ。』
「俺は何もしていない。」
『そう思っているのはお前だけだ。お前は間違いなく、姫様の心の支えになっている。これからも姫様をずっと支え、守ってやってくれ。』
「ソニアは…お前たち
だが、俺の眼にはどうしてもお前たちがソニアに尽くしているようにしか見えない。どうして、一人の少女にそこまで尽くすことが出来るんだ?」
『決まっておる。我々は皆、姫様が大好きだからだ。他の召喚獣も総じて、姫様を大事に思っておる。』
「それが、命をかけて守る理由になるんだな?」
『そうだとも。お主には分からんか?』
「ううむ…俺にはまだよくわからない……だが、試す価値はあるな。明日ソニアが起きたらやってみよう。」
『ん?なんかようわからんが、頑張れよ。』
イサミは小さな決意を胸に秘め、揺りかごの前で朝が来るのをじっと待ち続けるのであった。
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