第11話 患者になって(1)
五年以上前のこと。
仕事中に廊下を普通に歩いていてかくっと右膝が抜けたようになった。少し気にはなったが、自分が腰のヘルニア持ちだとは自覚していなかった。後で考えれば、確かにその少し前あたりから中腰での作業の際などに腰痛が出現していたが、持続することなくそれほど痛みが強いわけでもなく気に留めていなかった。
その日の業務中は変わりなく動けた。
だが、夜になり今までに感じなかった腰の痛みが出てきた。
「あっ、これが本当の腰痛なのかな」などと、若干の不安を覚えた。
どうしようか。
翌日は遠出する予定。とりあえず早めに就寝した。寝て起きたら痛みを忘れているかもなんて呑気に現実逃避した。
翌朝、痛くて腰が伸ばせない。足を上げて歩くことが出来ない。
「止めといたほうがいいで」
「うん、歩けんわ」と、夫の言葉通りに外出を取りやめた。
丁度、翌日も仕事は休みで連休。
その日は、日曜日で死ぬほどの痛みでもないからと受診はせずひたすらに安静保持に努めた…と、言うか動けなかった。
しかし、痛みは経時的に増すばかり。
翌日、単身赴任中だった夫は、私に声をかけ早朝に勤務地へと家を後にした。
「痛い」
クローゼットから着替えを取り出し2階の寝室から一歩一歩何とか進む。手すりを支えに階段をゆっくりと降りた。
手すりを付けていて良かった。
何とか自力で勤務先に向かい診てもらった。やはり腰椎ヘルニアだろうと痛み止めなど処方して頂いた。
だが、受診中でさえも時間と共に痛みは増すばかり。
何とか歩を進める。病院の玄関前には直ぐに信号があり職員駐車場はその信号を渡ったすぐ先にある。片側一車線の道路。普段ならあっという間に渡り終えることが出来る。
でも、痛みが強い私は青信号を一度見送り、次に青に変わって直ぐに歩き出した。それでも、なかなか渡り切れず赤になってから何とか辿り着いた。信号待ちの車さん、ごめんなさい。
帰宅後、更に痛みは増強しどのような体位をとっても辛い。痛みは、周期的に反復するものへと変化していった。
尋常じゃない。
リビングに居るのに冷蔵庫までが遠い。
でも、このままじゃあ脱水で気を失うか疼痛でショック状態になるかも。
ご近所さんに助けを求めたり救急車を呼ぶことも選択肢の一つだが、玄関にカギを掛けたことを後悔した。チェーンロックまではしていないけど。
仕方がない。何とか冷蔵庫に辿り着き飲料水を数本取り出した。塩分も必要。
梅干しを取ろうとして覚悟した。冷蔵庫の一番高い位置にある。痛みに耐えながら素早く手を伸ばし取り出した。顔を上げられず見えなくても大体の位置は分かった。
今度からは梅干しは取り出しやすい位置に保存しよう。
夕方まで待って夫に電話を掛けた。帰ってきて欲しい。
「ああ~ヘルニアやったん。良かったやん。あはは」
もう少し早く連絡すればよかった。夫は、既にビールを飲み上機嫌。痛みと共に苛立ち度最上級の私は「もういい」と電話を切った。
そのままリビングで過ごした翌日の昼、痛みと体力消耗の激しい私は意識が若干朦朧としていた。
やばい。
夏のこの時期、腐敗して発見されたくない。
夫への腹立ちは依然としてあったが、抑え込んで再度夫へ連絡した。
夜に夫が帰ってきた。
久しぶりに食事を口にした。夫が買ってきた市販のおにぎり。
翌日、整形へ入院。
MRIの結果、慌てたのはDrだった。
腰椎ヘルニアではあるものの、迅速に手術をした方が良い症例だった。
※続きは次話で書かせていただきます。
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