第8話 NSとしての手紙

 看護師人生の中で、数えられるほどだが手紙を頂いたことがある。

 学生の頃、学ばせていただいたある患者さんが卒業後に私に届けてくれと学校宛て

に届いた手紙。その手紙には、院内新聞のようなものが同封されていた。その患者さんが実習中の私のことを綴った記事が載ったからと手紙と一緒に送ってくれたのだった。

 また、ある時は実習生が最終日に直接くれた手紙もあった。指導者でない私に何故と思いつつこっそりと受け取った。後で読み過大評価にちょっと苦しくなった。

 三十年近くなるが、賑やかな街から現在の山間部にIターンした直後に透析の患者さんから写真と一緒に送られてきた手紙もある。

 他にも頂いたような。

 個人情報保護法が施行される以前は、結構自由だったなと思う。その頃が懐かしい気もする。更に今では、手紙そのものが減ってしまって寂しさも感じる。

 

 ある時、元の勤務先の同僚から電話が掛かってきた。

 「ごめんなさい。・・」何だか言いにくそうだった。聞くと、ある患者さんが私が辞めた後に私の住所を教えてくれと言ったので断っていたが諦めなかった。困り果てて住所を教えてしまったとのこと。

 私は、別に気には留めなかったが、ただ後で何か届いてしまうかなという予感はあった。

 それから数日後に現金書留が届いた。中には、お餞別と手紙が入っていた。流石に現金となると引いてしまう。

 どうしたものかと、迷いつつ封筒に記載してある電話番号を押した。彼女と話ができたが結局無理に送り返すことは、躊躇し有難く受け取ることにした。

 後日、保険証や透析管理手帳を入れて持ち運びするのに良いかなと、お洒落な彼女を想像しながら和柄の物入と手紙をお送りした。

 

 彼女は高齢の透析患者さんだった。脳血管障害の既往があるが麻痺は軽度で杖歩行もゆっくりだが出来たし、会話もそれほど問題がなかった。思考力も衰えを感じなかった。とてもしっかりした印象の女性。

 だからと言っては語弊があるが、透析中に要望が少し多い方だったような。小柄な方で血圧変動も激しく、透析そのものへの対応とその他の対応とで看護師の中ではまあまあ重い患者さんだった。

 しっかりとした性格は、看護師にとって少し厄介でもあった。

 例えば、透析終了頃の血圧低下の程度によっては(他の症状も鑑みて)、早めの終了を促すのだがなかなか認めてくれない。すると、逆に悪い結果となったりする。

 だから、私も時には、「う~」と、唸りたい気持ちになることがあった。

 だが、そんなある日のこと。

 当日の担当NSは、もちろんのこと他のNSも頻回に呼び止めていた。透析室は基本ワンフロア―なのでベッドサイドをいろんなNSがうろうろしている。

 私も呼び止められた。聞くと、「今日は、話しにくい」と言う。四肢の動きなどを確認するがいつもと変わらないし、本人も力の入りにくさなどは変わらないと言う。

 言葉もいつもとさほど変わらなく感じる。

 それでも、彼女はその訴えを繰り返した。私は、その日彼女の担当ではなかった為担当NSへ伝え更にリーダーへも伝えたが、周囲の意見は、「いつもと変わらない」だった。私は、「本人が訴えている以上は、対応が必要では」と食い下がりやや四面楚歌状態。

 結局、リーダーが家族へ連絡しかかりつけの総合病院へ受診され、再梗塞が判明。入院となった。

 治療後に退院し透析にやってきた彼女は、入院のために筋力は低下していたようだが、麻痺そのものは大きくは変わっていなかった。


 基本的なことだが、患者さんの訴えに真摯に向き合う大切さをその経験で身を以って学んだ気がする。

 

 彼女が空に旅立たれてからかなり経つのだけど、NSとして手紙を思い巡らすと彼女の筆圧の弱い文字を思い出す。

 高齢で脳梗塞の既往のある彼女の文字、今でも胸にこみ上げるものがある。

 「○○さん、ありがとうね。」と、心の中で呟いてみる。

 

 

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