第4話 心に残る虹

 長い人生の間に幾度かは虹を見た。

 見つけたときは嬉しいがすぐに消えてしまうからか、虹そのものに気持ちが集中してしまうからなのか、存外記憶に残っていないような気がする。

 私の記憶にある虹は、二つだけ。


 一つは、子供のころの暑い夏の日にホースから水を散らし作る小さな虹。儚いその虹はカルキ臭がした気がする。


 もう一つは空に架かる大小の二つの虹。

 今よりもう少し体力があったころ、まあまあ病床数の多い病棟で勤務していた。

 その病院は夜間の救急搬送も基本受け入れていたため、夜勤帯での入院受け入れも度々あった。

 だから、当然日勤も忙しいが夜勤になると更に大変だった。特に患者さんの夕食から数時間の業務は盛沢山で、その時間の業務の進み具合が後々に響いてくる。

 その日も夜勤入りで障害物競走のスタートを切ったように忙しなくしていた。今、振り返ると大いに反省すべきなのだけれど必死だった。

 「お変わりないですか」「お食事食べれましたか」などと、ほぼ一方的に言葉をかけながら点滴などを確認しつつ病室のカーテンを閉めていく。

 入院患者さんの食事時間は早い。

 6階の窓の外はまだ明るいが、時間を無駄にはできないと病室を移動しながら同じことを繰り返していく。何室目だったか、カーテンを閉めようとして大きな虹が目に映った。

 「あれ、虹が出てますよ」と、声を出すと患者さんが反応した。大慌てで自力で座位になれない患者さんのベッドをギャッジアップしていく。もちろん、閉めかけたカーテンを全開にして。消えないでと念じながら順に病室を移っていく。途中、病室にいた医師が「虹ですか」と言いつつ窓の外を覗き「大きいですね。あっ、あっちの方にもう一つ小さいのがありますよ」と、言った。

 歩行可能な患者さんは窓に張り付きうんうんと頷きながら見ている。ベッドの上の患者さんも首を伸ばし目を遣っていた。


 それまでは無機質に感じていた病室が、その場に居た人たちが一つに繋がったような何だか穏やかな空間に変わった気がした。

 まるで虹色に包まれたかのように。

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