第3話 最期の晩餐

 食事介助をしているとその患者さんにとってはこの食事が最後かも、最期の晩餐になるのかもしれないと頭に浮かぶことがある。

 それは、その人の死を予想してしまうことで、自身の傲慢さのような罪悪感を感じ胸がチクリと疼く。

 でも、本人が望むのであれば、食事をすることが難しい状態でも可能な限り応えたいと思う。勿論それが原因で直接的な死を迎えるのは恐ろしいし看護師としては避けなければならない。

 

 かなり前の終末期の患者さんとの心に残っているやり取りがある。

 ある夜勤明けの朝のこと、ある患者さんに躊躇いながら配膳をした。その人はかなり状態が悪化していてもう何日も前から殆ど食べることが出来なくなっていた。私達看護師はもう食事を止めてくれたらいいのにと詰所で愚痴を溢していた。医師が絶食の指示を出さなければ勝手に中止にはできない。実際には配膳しても結局ほぼそのままで下げることになる。

 だから、その日の朝も一応配膳し声を掛けた。

「朝ご飯ですけどどうしましょうか。食べてみますか」

いつもなら眼もあまり開けずに少し顔を横に振って意思表示をする。

 でも、その日は違った。眼をしっかりと開けて頷いた。私は少しびっくりして再度訊ねた。再び彼女は大きく頷いた。

 誤嚥の可能性と、そうでなくても負荷がかかって更なる急な状態悪化を引き起こさないかと内心びくつきながらギャッジアップして体位調整をした。

 声を掛けながらスプーンで少量を口に入れてみる。注意深く観察していたがむせることなく飲み込むことができた。その後も呼吸状態などの変化はない。

 そうして同じことを繰り返していると不意に静寂を破るように声が響いた。

 「何してるの。食べてるの。無理でしょう、食べれないでしょう」と、出勤してきた上司が大きな声で言った。

 「ええ、私も難しいかと思ったのですがご本人の意思があって。少量ずつなら案外スムーズに飲み込めてるんです」

 「そんなの無理に決まってるわ」と、だけ言い放つと患者さんを観ることなく部屋のドア付近で踵を返した。その後ろ姿に溜息が出た。

 そのあと迷ったが直ぐに食事を止めてしまうのは本人様に悪いと思い一口か二口ほどだけ介助して止めた。

 永眠されたのは、それから1週間程経ったころだった。あの時が彼女の最期の食事だった。しばらくの間逡巡した。私の判断は正しかったのか間違いだったのか、何故あの時彼女は食べようとしたのかと。

 

 「あなたのことは絶対に忘れないわ。本当にありがとう」と、彼女の体調がまだましだったころに手を握りながら言われたことがあった。たいしたことをしたわけではではなかったのだけど、たぶんその時の彼女にとって私がしたことは必要なことだったのだと思う。

 もしかしたら、そのことを彼女は覚えていて食事をしてくれたのかもしれない。

  

 あれからも同じような判断に悩むときがある。

 自分だったらどのように望むのだろうか。

 答えにたどり着くことは難しい。


 

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