第42話 刃は集う

 水面下で戦争の準備が進められる中、アイリスの右腕——ロベリアは、守時冬樹と共に首都セントラル・アーコロジーの地下施設に潜り込んでいた。

 知らぬうちに造られていた地下施設内部には、首都襲撃の際に暴れた生々しい形のロボットが溢れており、襲撃の首謀者である人間ではない〝何か〟の姿もあった。

 圧倒的な実力差を察した守時はロベリアを逃して〝何か〟の足止めに徹する。彼が身を挺してでも達成を求める目的は、第七隊の隊長である辻風の救出だった。

(相変わらず気持ち悪い。人間の目や臓器だけ嵌められていたり、動きがやけに人間じみていたり。不気味の谷? なんでもいいけど、生理的に無理だわ)

 薄暗く狭い廊下が長々と続く。突然真横からロボット人形が飛び出してくることも何度もあって、ロベリアはその度に薄気味悪さを覚えながら一つ残らず破壊していった。

 辻風救出という目的のためならば、ロボット人形一人一人に構う暇など当然ない。しかしロベリアが掃討に拘っていたのは、この閉所があの守時冬樹すら知り得ない未知の敵陣であるが故であった。

 そしてその時、奥の方でやけに籠った爆音が轟く。

「守時隊長。ご武運を」

 僅かばかりの焦りを抱いて、ロベリアはまた現れたロボットの首を正確に刎ねる。


 遮二無二しゃにむに奥へと進んでいくうちに、薄暗い廊下は終わりを告げようとしていた。

 鉄製の扉で遮られた先に灯りを見つけて、ロベリアは勢いよく体をぶつける。タックルでドアを吹き飛ばすと同時、隠れる様子もなくロベリアは飛び出した。

「動くな! 皇帝隊第四隊隊長代理、このロベリアが——」

 人の命さえ簡単に奪うロベリアが放つ殺気は強烈なもので、隊長格には及ばぬものの虎を狩るだけの覇気を持つ。しかし、相手がロボット人形、ましてや人の心を持たぬ者であれば、威圧は何の意味もなさない。

 かはっ、と虚をつかれたような声が響く。

 結論が先にあった。

 ロベリアの胸を、見るだけで怖気づくほどに鋭利な棘が貫いた。そして直後、禍々しい鮮血が天井を濡らす。

「貴方、いつの間にそこへ」

「俺が一人だといつ言った、獣よ。ここは敵陣だぞ」

 ロベリアの体が崩れ落ちる。

 人型の化け物は醜悪な笑みを浮かべ、ロベリアの体から棘を抜く。


 しかし瞬間、長身の体躯が背中の裂けたぬいぐるみに入れ替わった。

「「「——その言葉。そっくりそのまま、リボンでもつけて返してあげるわ」」」

 化け物の後ろに控えていたロボットを足蹴にして、無数のロベリアが現れた。

「貴方に用はないけれど」

「数え切れぬ怨嗟はある」

「死神の右腕が遊戯。ご覧に入れましょう」

 何十人にも増えたロベリアが、そこに在するたった一人の化け物を質量で押し潰した。

 

 化け物が無数のロベリアを相手に暴れる中で、本体のロベリアは扉の奥へと向かっていた。敵すらなくなった戦場を踊るように駆け巡り、古さびた金属に囲まれた道を駆け抜けていく。

 いつしか辿り着いたのは下水道で、特有の古びた臭いが暗い視界の中でそれを証明した。

 鼻先の知覚となんとなくの感覚を頼りに、水に足をつけぬようにロベリアは歩んでいく。

 街の下はどうしてここまで薄気味悪いのだろうか。スーツのクリーニングはしたくないな。

 そんな少女らしき感想を呟きながら、ロベリアは苦無を壁に叩きつける。音の響きで構造を把握しながら、隠し部屋の所在がないかを探していった。

 ロベリアが古びたドアを見つけたのは、守時と共に侵入してから既に五十分が経過した頃だった。

「辻風隊長。ロベリアですが」

 扉は少し力を込めれば簡単に開いて、錆びているのがカモフラージュということが窺える。この領域はXにかつても存在していた下水道であり、辻風がいそうだというロベリアの読みは的中することになる。

 扉を開けた先には、最低限の手入れがなされた地下室が広がっていた。その中心で刀を研ぐのは、X最強の剣士辻風——首都襲撃と共に行方不明となっていた、皇帝隊第七隊の隊長である。

「……おや、本当にロベリア副隊長ですか」

 辻風は普段と何ら変わりのない様子でロベリアを一瞥し、すぐに手入れを切り上げて片付けを始めた。

 化け物も未だ健在で、辻風が追っている負傷もそこまで大きなものではない。僅かな視覚情報から、この戦いに決着がつかなかったことを、ロベリアはすぐに察知した。

「ええ。ここに来るまでに化け物には何度か襲われましたが、あれから何が?」

 辻風は刀を鞘に納め、ところどころが裂けたメイド服を整え直してから答えた。

「知っての通り、首都の下に地下施設が出来上がっていました。逃げた彼奴と共に到着したのがここでしたから、まず間違いなくあの地は敵のもの。つまり、我々は敵の根城の上空に本拠地を……いえ、本拠地の下に根城を構えられたのですよ」

 分かりきっていたこととはいえ、ロベリアは再び戦慄した。

 敵がすぐそこにいた事実に驚愕したのではない。ただ、真下で改造が進められていたにもかかわらず、セントラル・アーコロジーを守る第一隊の隊員、及びあらゆる市民がその状況に気づけなかった。その奇妙さに驚きと恐怖を覚えたのだ。

「事実を知った私でしたが、我が妹の仇を追うのを諦めることはなく。何度も追っては攻撃の届かない下水道の方まで退がり、攻撃を繰り返した。手応えは確実で、何度も命を奪ったと確信さえした。しかし、奴は生きている。何か不思議なメカニズムがこの領域に働いていると言っても過言ではないでしょう。……その人物を暴けなかった時点で、我々は一度敗北している」

 ロベリアの頬を冷たい汗が伝う。辻風にここまで言わせる相手、一体どのように対処すればいい?

 斬っても無限に蘇り、なおかつ数は一より多く上限未知。相当に恐ろしい癌を国が放置していた。これ以上のことはないくらいに最悪の状態だった。

「では、一体どうすれば」

「色々と考えはありますが、敵陣のすぐ近くで話すのは危険です。ここを出てから話すとしましょう」

「ええ。守時隊長も来ていますが、一体どのように?」

「普段なら放っておくところですが、今は彼一人の存在で戦況が大きく変わる状況。私が先導しますから、彼の救出と脱出を目的に行動しましょう」

 途端に猛虎の表情になって、辻風は鞘に手を添える。

 あまりの気迫に気圧されたロベリアが何とか頷いたところで、辻風は真新しい裏側のドアを蹴り飛ばした。ガラガラと鈍い音を立てて倒れたドアを踏み潰し、目覚めた風神は言った。

「どうか私の横に立たぬよう気をつけて。たとえ理性で抑えようとも、あの獣を前にしては体の制御が効きませんから」

 必死になって救ったはずの味方に、ロベリアはもはや恐怖さえ覚えていた。

 この殺気を直に受けて耐えられる者がこの世に存在するのか? その背中に守られて進むはずのロベリアが、まるで相対する時のような震えを感じるほどであった。彼女は結局、我武者羅に頷くのが精一杯だった。


 下水道を僅か三十秒で駆け抜けた後、すっかり静かになった廊下へと二人は到着した。

 壊れたロボットの山の中、化け物はその到来を待つように佇んでいた。猛虎が一歩前に出ると、それは邪気に満ちた顔で笑む。

「また来たか、哀れな獣。お前はもうここから出られない。諦め」

 しゅ、と。

 刃が緑に輝いてようやく、ロベリアは辻風の動きを察知できた。

 ただ一度の動作にて、化け物の体は引きちぎれていた。

「構う暇はありません。再生される前に行きますよ、ロベリア」

 あの時、アイリスやルディアが全力を賭しても傷一つ付けられなかった強靭な装甲。それを一振りで切り裂いた辻風がどれほど強き存在なのか、これ以上の言葉をあげて語る必要などないだろう。


 ロベリアが大方荒らしてきたおかげか、辻風の刀の錆になるものは僅か数体で済んだ。

 時々襲い来る化け物を切り伏せて、武士と忍者は下水道の出口まで迫っていた。二人はほぼ同時に光の先を察し、ロベリアは声を上げた。

 奥から漂う生臭い血の臭い。それが守時冬樹のものであると察するのに時間はいらなかった。

 そして次に、辻風が再び刀を抜いた。

「ロベリア副隊長、失礼。私、先に出ちゃいますね」

 風が吹いた。涼しい顔で守時を苦しめていた化け物を、虎の牙が打ち砕いた。

 ここまで何度も攻防が繰り広げられている中で、ロベリアは辻風の動きを一度も追うことができなかった。

「……君たち、遅すぎるんじゃないか」

「助けに来ただけありがたいと思いなさい。帰りますよ、ロベリア。こんなところにいては汚れます」

 あからさまに冷たい態度で、辻風は守時を担ぎ上げる。

 気味の悪さと恐怖は多少覚えたものの、ロベリアの心には今後への期待が溢れていた。守時冬樹の大怪我という予期せぬ被害はあった。しかし、皇帝隊最強格である辻風の復帰と敵施設の情報収集を成功させることができたのだ——親アイリス派が得られたものは間違いなく大きいものであった。

 地下施設を出た時、三人を出迎えたのは紅い夕焼け。

 首都の存亡をかけた戦いまで残り一年。

 Xが激しい戦いに巻き込まれていくことなど、この国にいる者の多くは知らぬことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る