第28話 獰猛
それからすぐ、和倉五鈴は目を覚ました。
五鈴は意識を失い、その代わりに和倉が現れる。和倉はゆっくりと起き上がった後、呼吸を整えるラーヴァの姿に気がついて、自分の腹を視認した。
「——あんた」
腹を真一文字に切り裂かれたラーヴァは大量の血を流していた。もしや内臓まで届いているのではないかと和倉は思った。
「起きられたんですね。茶色の髪もお綺麗ですよ」
和倉は血が滲んだ着物を一瞥すると、再びラーヴァの方に目をやった。ラーヴァも同様、和倉を見る。
「そらどうも。あの子、まだ出てきたらだめな状態やったさかい暴走しとってん。そやけどあんたは受け止めてくれた。お礼を言える立場ちゃうんはわかってるけど、それ承知で言わして欲しい。
本当にありがとう」
和倉は深々と頭を下げた。
和倉と五鈴は相反する守護存在。五鈴が言えぬ言葉を告げるのも和倉の役割だった。
ゆえに、これは五鈴の本心であるのだろう。
驚きを隠しきれないラーヴァが礼を受け取って言葉を返すのは少し後のことになる。
「ええ。きっとあの人もそうしたはずですから」
青々とした空の下でラーヴァは呟いた。
互いの血以外に臭うものはなく、斬り合ったにもかかわらず二人は満足そうな顔をしていた。
しかし、束の間の安堵もそこで終わりを告げる。
「殺人鬼と聞いて来てみれば、血まみれの副隊長が二人。なぁ、どういうことや? 揃いも揃って裏切ったんちゃうやろな」
ギラギラと輝く太陽を遮って、桃髪の女が現れた。
科学が物を言うこの時代において、その者は未だに
「赤いのじゃありません。ラーヴァです」
桃髪は顔色ひとつ変えずに言葉を返す。
「敢えて名乗っとこか。ウチは
首まで伸びた桃髪はグラデーションチックに染められており、その頬には深い傷がある。学生服をアレンジしたようなデザインの服は独特のお洒落さを醸し出していた。
「人を斬ったのはうちやけど、ラーヴァはんはなんも関係あらへん」
鋭い殺気を前にしても物怖じせず、和倉は鋭い視線で海月を睨みつけた。
「……ジブンが堕ちたのはわかったわ。せやけどな五鈴、裏切り者を放っておくわけにもいかへん」
鈍く光るメイスを肩に乗せ、海月も突き刺すような視線を向ける。
想定しうる最悪の状況にラーヴァは苦虫を噛み潰したような顔で右拳を握った。
(メイス榎本。多対一においても敵の前に屈することはなく、戦争時は己の食物さえ皆に分け与えたという実力者にして人格者。さて、どう対処しましょうか)
赤いスーツの下ポケットにしまった機械を取り出して、ラーヴァは十束の剣を呼び覚ます。
「はっ、やっぱやる気やん!」
そう叫ぶ海月の声は怒気と悦楽が入り混じっており、誰一人として逃さないと言わんばかりに強い闘気を帯びていた。
「えぇ、一世一代の大チャンスですからねぇ。大義があるのは果たしてどちらか、事実を知ればわかるでしょう」
「抜かせ! そんなセリフ吐いたこと、すぐに後悔させたるわ」
海月は虎のような瞳でラーヴァを睨みつけた。対するラーヴァも挑発的な台詞と共に立ち上がり、和倉へアイコンタクトと共にカメラの入った箱を投げる。
「狂った方の五鈴さんに頼みます。その箱を海の中に処分してください」
「……了解ッ」
意図を察したのか、和倉は脱兎のごとく駆けていった。
一方ラーヴァは傷口から血がどくどくと溢れ出し、足元に真っ赤な水溜まりが出来上がっていく。
「二、
それが些細なことだと言わんばかりに、十束の剣に纏わせた明るく真っ赤な炎をラーヴァは振った。
猛々しい炎はラーヴァに合わせて調和していき、完全なバランスを形成した。
「神斬りの名を騙ったこの一刀、最初からフルパワーでご覧に入れましょう……ゴホッ!」
「あぁ、かかってこいや」
開戦の合図と共にラーヴァ目掛けて鋼鉄のメイスが飛んでくる。
「——では遠慮なく」
しかし、ラーヴァが見せたのは回避でも防御でもなく、振り下ろされる速度を遥かに超えた一閃だった。
凄まじい熱量を持つ天乃尾羽張は海月の眼前を掠める。僅かに掠った創傷には火がついたが、海月は左腕で鼻を拭い消火してしまった。
「はっ、飴だか十束だか知らんけどなぁ、名前だけ変えても意味ないで」
(なんっちゅう速度や。途中でメイス止めてへんかったら目玉切られるとこやった)
完全に予想の外をついた一撃だったが、海月はメイスを止めて刃を受けた。一度の攻撃で海月はラーヴァの異常性を悟ったようだった。
「帰ってくれると嬉しいのですけどねぇ」
「義のない輩を前に引くとか、皇帝隊の風上にも置かれへん。ジブンこそ眠ってもらおか」
後方退避は不利と判断したのか、海月は再びメイスを振り下ろす。
ラーヴァは軽く退いて攻撃を紙一重で躱し、隙をついて刀を振るう。
しかし攻撃が届く前、海月の懐から火薬が弾け飛んだ。次に漂う硝煙の臭いからラーヴァは隠しの銃を見抜いたものの、避けることはかなわなかった。
受けた傷がさらに抉られる感覚に、ラーヴァの頬を冷たい汗が伝う。しかし退避の選択はそこにない。強烈な痛みを押し切って、ラーヴァは海月の懐へと飛び込んだ。
(銃弾の再装填までにはわずかに時間がかかる。その間に彼女の右腕だけでも潰す)
(まるで獣や。メイス使いなんざ世界探し回ってもほとんどおらんはずやのに、見ただけで対処法を編み出しとる。スペック高すぎや)
「でもなぁ、安易に飛び込んだのは悪手ちゃうか!」
「ッ!」
刺突に合わせ、海月の脚から膝蹴りが飛んだ。意識外からの攻撃を顎に受けたラーヴァは上方に激しく吹き飛んだ。
「もらった!」
海月は跳躍しラーヴァの右肩を目掛けメイスを振り下ろした。
空中につきこれを避ける手段はない。
また、この攻撃を受けることも攻め入ることも不可能。
傷を受けずに戦いを制する方法はないと計算した。あるのはたった一つの活路だけだった。
その口角を吊り上げて、ラーヴァは
当然海月は投擲を軽々と避けてみせる。
「焦ったな副隊長。得物を手放した時点で、あんたん負け」
違う。海月は悟った。
制御できないメイスはラーヴァの右腕と衝突した。
骨が砕け、腕が折れる激しい苦痛が少女の全身を駆け抜ける。それでもラーヴァは止まらない。
(まさか! ウチを踏み台にして)
気がついた時にはもう遅い。
ラーヴァは海月を超えその背中を踏み台とし、投げ飛ばされた天乃尾羽張を左手で獲得した。
「さすがに反動、おっきいでしょう?」
メイスを勢いよく振り下ろした後の海月は完全に停止し、空中であるが故に足は機能しない。
その頬を汗が伝う。
刀を得てすぐ、落ちるようにラーヴァは海月の背後に回る。凄まじい集中力を持って刀が振るわれた。
「ぐぁぁッ……!?」
背中を縦一文字に天乃尾羽張が切り裂いた。特大の創傷と炎症を受けた海月は呻き声を上げると共に力なく地面へと落ちていった。
それからすぐ、ラーヴァもアスファルトの上に着地する。その腹は赤黒く染まっていてスーツとの境界がわからず、何度も剣を振るった右腕は異常な方向に曲がっていた。
にもかかわらず、ラーヴァは今なお笑っていた。
背中の痛みに耐えて海月が立ち上がった時にはもう、ラーヴァは既に気絶した後だった。
腹から流れる血は止まらず、アスファルトは生命の危機を訴えるように赤色へと染まっていた。
「こらあかんわ。今のままやと死ぬ」
海月にとってラーヴァは敵だったが、殺してしまっては内部抗争が終わらなくなる。
右手に巻き付けたバンドを開くと、海月は目的の番号を浮かび上がった電子パッドに入力した。昔ながらの電話音が三コールほど鳴ったところで、男の声が辺りに響く。
「もしもし、亀卦川か! ジブンの地下貸せや、怪我人がおる」
「んだよいきなり。暗殺依頼じゃねえってなるとかなり金かかるけどいー?」
「抜かせ阿保。そんなもんいくらでも払ったるわ!」
よっしゃという間伸びした声が聞こえてきたところで、海月は勢いよく電話を切った。
真実を知らぬ海月の中にも当然迷いはあった。だが、和倉の
そして、この判断が皇帝隊の歯車を直す最大の行動となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます