第26話 一刀

 南の惨劇など露知らず、山では頂点クラスの剣士とAIが戦闘を繰り広げていた。

 状況は敢えての攻守交代、ルディアの連撃から始まった。何度も何度も鳴り響く金属音は、一撃も通せていないことを意味する。

「ここで当てる!」

 数百回目の一刀が、激しい電流を伴って穿たれた。直前、辻風は後方に飛び跳ねて斬撃を逃れた。

 比喩の類でなく、ルディアの体を超高圧の電流が流れていた。

「電光雷轟、届きませんでしたが」

「剣使いは飽きるほど見ていますから、手は読めるのですよ。数えきれないほどに学習ラーニングを繰り返したと言えばおわかりですか?」

 激しい攻めが僅かな間停止する。

 それは別に、辻風がルディアを称賛するための時間ではなかった。

「特大の飛翔閃、プレゼントです」

「——っ!」

 お返しと言わんばかりに辻風が振るった刀は強風を纏い、逃れようとするものなら吹き飛ばされてしまうほどに大規模な斬撃だった。

 咄嗟の判断、ルディアは雷霆を纏った刀を振り下ろす。雷と暴風が交差し大気が震え、辺りを激しい衝撃が駆け抜けた。

「判断は悪くありませんが、AIの割には成長が遅いようで。センスを受け入れ諦めてはどうです?」

「諦めません」

「いえ、諦めなさい」

 落ち葉や草が飛んでくるなか、辻風はルディアの位置を正確に見極めて懐を取り、今度は容赦なく肩に刃を突き刺した。

「遅い遅い遅い。本当に彼女へ追いつきたいのなら、誰よりも速く成長なさい。本気で殺しますよ」

 ルディアが反応するよりも先に刀を引き抜き、辻風は一気に袈裟斬りをした。

 肩から胸にかけて激しい鮮血が舞い上がり、ルディアは一気にバランスを崩す。

「できないのなら諦めなさい。限りある人間の命は待ってくれぬのです。その時に刃を振るえなければ、後で戦えるようになったところでその一瞬は返ってこないのです」

 地面に落ちたルディアの腹部を激しい蹴りが襲う。胃から込み上げてくるモノに吐き気を催すと同時、もう片方の肩を刃が貫いた。

 ルディアの額を汗が伝う。全身を嫌な感覚が蝕む中、辻風の方を見て言った。

「俺は強くなる。

 待井蒼介が言った一端の後悔を俺は知らない。信念だってわからない。でもその意志を受け継いで、強くなると誓った。

 それだけじゃない。

 他でもない、アイリスさんのために」

 満身創痍の状態でありながら、ルディアは剣を持って立ち上がった。ダメージ一つ受けていない辻風に対し、思考を捨て、全神経を集中させて突撃する。


(愚直。活を入れたつもりが逆効果か……いや)

 常人の基準ならばともかく、辻風からすればルディアの攻撃は見えきっていた。

 流れるように受けて終わり。

 しかし、結果はそうならなかった。

「ほら……届いた」

 ほんの僅かに見えた決意が何かを変えた。

 

 刹那の間、ルディアは異様な加速を見せたのだ。秒にも満たない時間でありながら、それは僅かに距離を縮め——ついに活路を切り拓いた。

 斬撃はメイド服を斬るまでに終わったが、通常強化細胞持ちでも辻風の間合いに入ることはかなわない。それを考慮すれば十分な成果だと言えるだろう。

「第一ステップ突破、そんなところでしょうか」

 辻風の顔には笑みが浮かんでいた。

 獣のように不敵な笑みだった。




 ——皇帝隊・第九隊本部

 南の果てに現れた殺人鬼の通報を受け、まず第六隊が対応を試みた。しかし隊長の桑水流麗奈は不在。第六隊は副隊長も存在しないため、代理の役も兼ねる第九隊へと連絡が届いたのだった。

「あぁもうめんどい、俺が出る!」

「韮沢三席。お言葉ですが、港に出ている殺人鬼は過去に上が隠蔽した者と同一です。犠牲者が増えるだけかと」

 コンピュータの前に座る男女のテンション格差は激しく、突如として現れたイレギュラーの中でも一定の調和を保っていた。

「畜生、隊長はスイーツバイキングの日だったな。黒瀬四席、他の隊に回せ」

「嫌です」

「えっなんで?」

 仕事も基本なく、高給だけが与えられる皇帝隊。いきなり起こった物騒な事件に、堕落組織ではたらい回しが起こっていた。

 涼しい顔でコンピュータを叩く黒瀬は、何かに気づいたように手を止めた。

「何という幸運っ……付近を副隊長が買い出しに向かっている最中でした!」

「今すぐ繋げぃ馬鹿者! どの辺りにいらっしゃるんだ⁉︎」

「町三つ分離れたところにおられます。彼女の足なら十五分程度で到着かと」

「でかした!」

 黒瀬は凄まじい速度でキーボードを叩き、最新鋭の通信機器を展開した。

 

「もしもし、榎本えのもと副隊長でお間違いありませんか」

「おー、急に電話掛けてきて。何かあったんか?」

 間延びした声が辺りに響くと、隊舎からはざわめきが消え去った。

 画面には桃髪で頬に創傷を持つ女が映っていた。

「サウスエンドに殺人鬼が出現。被害は既に絶望的な状況です。対象の制圧・捕縛要請が出ております」

「了解。ジブンらは適当に休んどき」

 淡白な答えとともに通信機器は切られた。

 隊舎全体を安堵の空気が包んだ後、若年の隊員が韮沢へと声をかけた。

「韮沢三席。自分はまだ隊に入ったばかりでして、副隊長をよく知らないのですが……」

「あぁ、榎本えのもと副隊長な。一見すりゃただの女性だが無茶苦茶に強い。AI戦争中に挙げた武功は数知れず、だが何よりも人命救助を優先した。怒らせると怖えが、本当に優しい人だよ」

 尊敬の念を顔に抱きながら韮沢は言った。

「韮沢三席には高嶺の花ですよ」

 キーボードを叩く黒瀬が無表情で会話に入ってくる。何か言いたげな韮沢に対し、胸ポケットからウエハースを取り出し口に突っ込んで黙らせた。

「むぐっ……お前も大概だぞ、黒瀬四席」

「ウエハース一枚で我慢してください。榎本副隊長には隊長がいるんですから」

 仲睦まじい二人に割って入って、若年の隊員が疑問を口にした。

「あぁ、隊長について? そりゃな——」



 そして、舞台はサウスエンドへと戻っていく。

「斬ってってキル。人類滅亡と謳われた割に、まだまだ人が多いのね」

 たった一時間で、辺りからは生物反応が殆ど失くなっていた。五鈴の刀は更に血を吸い、もはや銀の原型を留めていなかった。

 殺人衝動を満たしたとしても、五鈴は仏頂面のまま。本人とその補助を担う二つの人格は、協力と相反を同時に行い完結させる。

 補助人格が斬った後で恍惚を浮かべるからこそ、五鈴は仏頂面を保つのだ。


 五鈴は黙って辺りを見回す。残存する獲物を発見、排除するために。

 細胞転換によって赤く染まった瞳には狂気が宿り、もし見ようものなら全身が硬直してしまうであろう恐怖を孕んでいた。

 

 ある時、五鈴は笑った。

「あっ」

 ゴミ箱が倒れる音が響く。子供が恐怖に震え、倒してしまった音だった。

 静寂の中にあるそれを、和倉五鈴は見逃さない。

「よく頑張りましたね坊や。もう終わりますよ」

「ひいっ」

 子供の喉に刀が突きつけられる。滲んだ赤は本人の血か他人の血か、吸い過ぎたせいでわからない。

「お願いします。たすけてください」

「逃げるような悪い子は助けられません」

 子供は怯えながら後ずさる。五鈴は涼しい顔のまま目を離さず、刀を子供の足へと突きつけた。

「どんなに上手に隠れても」

「ひっ」

 左足首の赤が増える。子供の呼吸が荒くなり、その度に金属が沈み込んでいく。



 逃避手段を断とうと、五鈴は刀を横薙いだ。

 しかし。

「——かわいいあんよは、切らせませんよ」

 振り翳されたはずの手は、本人ごと真横へ飛んでいく。土埃を受け後退り、その姿を視認した五鈴はケタケタと笑った。

「はじめまして、かしら。兼ねてより噂はお聞きしておりました」

「言うほど強くありませんよ、私。だらだら戦うのが趣味なので」

 気怠そうな雰囲気で佇むだけだが、そこには欠片も隙がない。五鈴は一切目を逸らさずに、自身を蹴り飛ばした者を見つめていた。

「お茶でもいかがです? ねぇ、守時ラーヴァ」

「結構です。薔薇の浮いた紅茶でないと、ただのラーヴァになれませんもの」

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