第22話 オーバードーズ——2

 次の瞬間。

 辺りを真っ白な光が包み込み、電気の槍がジャンキー目掛けて放たれた。

「ひぎゃっ⁉︎」

 命中した輩は無様な声を上げ感電、その場で停止する。

「殲滅令は出ていないし、殺しすぎちゃ目立つ。メインまではちゃっちゃと進めるよ」

「電力は取っておいた方がいいんじゃないのか」

 口にすると、アイリスは迅雷の前に出る。同時に紫色の髪飾りを外すと、双眸を強く見開いた。

 ジャンキーたちは声を上げる間も無く、ガラスの死神に狩られて意識を失った。

「別にそうするけど、君だって同じじゃない?」

「放っておけ!」

 髪飾りを戻すと、アイリスは一気に駆け出した。それに続き迅雷も、光の如き速さで暴れ出す——。

「デたぞォ! ドクロさんが言っテたサツだァ!」

「ぶっ飛ばしてやらぁぁ!」

 朦朧とした意識で襲い来るジャンキーを、アイリスは流れるように対処していく。

 拳が来れば受け流してカウンター、刃物が来れば背後を取って柄で意識を遮断。一般に出回っている銃弾は、そもそも取るに足りない。——そんな話をすれば、最初から強化細胞持ちに人間のダメージは通用しないが。

 一方迅雷は、建物の天井を巧く利用して暴れていた。視認範囲にない上から電気を纏った蹴りで意識を奪い、またすぐ天井に戻る。獲物を狩るような単純作業だが、強化細胞と電気のエネルギーが高速実行を可能にしていた。

「おい、ボスは何階だ」

「恐らく七階。でも、リーダー格に辿り着くまでは数が多すぎるな」

「なら一旦表に出る方が楽だろう——」

 ジャンキーを一気に吹き飛ばし、アイリスは凄まじい速度で後退する。古びた看板を引っぺがすと、建物の二階に向けて勢いよく投擲した。

「ぎゃああああ!」

 サイズも相まって効果は抜群、二階は使用不可能状態へと化した。間髪容れず迅雷も戻ってくる。

「ちょっとちょっと、流石に派手すぎない?」

「階段は潰したし上出来だろう」

 二人が並び立った時間は一秒にも満たない。

 先に迅雷が動き出した。雷霆の如き速度でビルの三階まで突っ込むと、勢いのままに窓を叩き割る。

「なんじゃあ⁉︎」

「そのジャケット……思い出した! 皇帝隊サツだ、ドクロさんに報告しろ!」

「あいつって戦の幹部じゃねえのか⁉︎ なんでこんなところに!」

 突然現れた侵入者にジャンキーたちは驚きの声をあげる。なにやら叫びながら銃を乱射してきた。

 しかし、雷神はスマートに駆け出し始めた。

「私は正義のためなんて愚直な話をしに来たんじゃない。実験目的、ついでが拘束さ」

 取るに足りない鉄の雨を掻い潜り、迅雷は次々にジャンキー達を気絶させる。

 アイリスは三階へ飛び込み、荒れた内部を無視して四階へと上がっていく。

「もはや面倒だ——退いてくれ」

 髪飾りを外したまま階段を駆け巡れば、強い精神作用によって輩の群は瞬く間に意識を飛ばす。

 五階、六階も同じように処理。一分にも満たない跳躍劇でアイリスは七階へと到達した。



 七階と呼ばれるフロアは、入り口と同じ硬い鉄扉で隔離されていた。

 薄暗い階段と錆びたそれが異様な雰囲気を作り上げ、何者も寄せ付けようとしていない。

 しかし、アイリスは眉一つ動かさず鉄扉を蹴り飛ばした。少し力を込めて蹴れば、古びた金属は簡単に枠から外れる。

「おや、もう警察が来てしまったか」

 先に広がるのは真緑の空間だった。鼻をつく甘い臭いは黒い薬——囲まれるように、フードを被った男が座っていた。

「サツじゃないが仕事だ。連行させてもらう」

「そういうわけにもいかない。唯一の生命線だ」

 男は立ち上がると、漆のように黒い布帽子を脱いだ。

 濁った青色の瞳が露呈すると同時、老けた顔の男が現れた。顔には皺が刻まれているが、それらは落ち着いた言葉と並んで一つのまとまりを形成している。

「ビルの六階分もいるジャンキーは部下か?」

「逃げられると拙いからここで管理している——それが正解になる」

 古老に近しい見た目ながら、その目には衰えを感じさせない何かがあった。

 アイリスはロングコートの胸ポケットからダガーナイフを取り出す。向けた切っ先は男を捉えていた。

「そんなに出回らせて管理して、面倒な仕事だろう」

「あぁ。だが、AIに職を奪われた以上これだけが食い扶持だ」

 常に淡々と言葉を返す。男はナイフとリボルバーを取り出した。

「俺は武器商人でもある。この銃は簡単にお前を穿つと思うがいい」

「そりゃ痛い。生憎この前の創傷が残っているんだ、受けたくはないな——で、お前がドクロか」

「貴様は……皇帝隊第四隊隊長、アイリスだったか」

 次の瞬間、男は一気に加速した。

 人を超える速度でアイリスに詰め寄るが、彼女にとってそれらは全て見えている。

「強化細胞はいつ入れた?」

「つい最近の話だ。科学の力とは恐ろしいな」

 ナイフの一閃を瞬時に躱すが、その方向に鋭い銃弾が飛び込んでくる。

 皮一枚で銃撃を回避すると、アイリスはナイフでロングコートを引き裂いた。

「プレゼントだ」

「成程、機械によるナイフ投擲とは近接戦に手慣れている。近くに軍隊経験者やアサシンの類がいるな?」

 少女の肉体が抱えているとは思えぬほどの量で、ナイフの群れが男を襲う。

 男は大きく離れて攻撃を流すが、現役の相手が前ではあまりに無駄な動きすぎる。

 隙をついて詰め寄ったアイリスは男の腹にナイフを突き立てた。

「経験は認めるが肉体の限界には抗えんな。大人しく従えば、これ以上の戦闘は——ッ!」

 硝煙の臭いが立ち込めた。

 殺気を極端にゼロまで隠して、男は銃を放っていたのだ——常人を圧倒的に超える域に達していた。

 ロングコートとセーターを掠めた弾丸は、窓に括りついた鉄板を破る。

「……訂正する。お前の肉体は衰えてなんざいない」

 そんなものには目もくれず、アイリスは至近距離からナイフを投擲した。

 腹に深々と突き刺さった金属は男の体力をゼロにする。

「あんな殺気の消し方、熟練の老兵でも難しいよ」

「躱されてしまってはどうしようもない」

 ふらふらとバランスを崩し、男はその場に跪いた。

 ダガーナイフを右手に持ったまま、アイリスは男を一瞥する。

「後は然るべき機関に任せる。私に会ったのが運の尽きだったな」

「……終わりか」

 老練はどこか諦めたような顔をしていた。

 老け込んだ顔は年齢を顕著に表す。強化細胞を入れたのが遅ければ、体はある程度衰えた状態——仮に外に出れたとしても、どれだけ力を持っていても、厳しい社会の中ではただの老いぼれ。

 男の人生はここで終わったも同然であった。

「悪いな。私とて生きていくためだ」

「いや、恨むまい。世界の理が弱肉強食であることくらい昔に思い知っておる」

 心を少し罪の意識が過る。また誰かの人生を奪うことになるのか——そんな迷いが、ひとつ。

 無意識のうちにアイリスは唇を噛んでいた。

「お、やってるねぇ。いや、もう終わり?」

「……お前」

 重苦しい空気など意に介さず、やってきたのは迅雷だった。その手にはコルクで栓がされた試験管が握られており、中には怪しい液体が充ち満ちていた。

 アイリスは目を合わせない。今迅雷の顔を見れば、何を言うかわからなかった。

「さすが優秀だね。私が望む最高の状態で、

 しかし、そんな考えはすぐに取り下げることになる。アイリスは咄嗟に顔を上げたが、迅雷はもうそこにいない。

「注射じゃないだけありがたいと思ってね。さぁ、覚醒オーバードーズの時間だ」

 突然のことに硬直する男に向かって、迅雷は試験官の中身をぶち撒けた。液体は冷たいのか、男は体を震わせる。

 ——しかし、その震えは別の原因によるものだった。

「うが……ああああああああ!」

 次の瞬間。

 男は咆哮と共に爆発した。



 凄まじい衝撃に、アイリスと迅雷はビルの七階から飛び降りた。間髪容れず、歪なエネルギーの塊がビルを丸々飲み込んだ。

「おい、あの手練れに何をした!」

 着地してすぐ迅雷の首根っこを掴み怒鳴りつける。無表情の彼女は、アイリスの怒りなど気にも留めずに吐き捨てた。

「細胞の超強化薬を入れたんだ。だけど、一気に暴走しちゃったみたいだね」

 アイリスは力強く歯噛みする。迅雷から手を離すと、ビルに向けて淡い視線を向けた。

「お前はなんで、こんなことが平然とできる」

「……どっちが正解って話はしないけどさ。君だって頭は悪くない、察せるだろ? あんなことでもしないと生きていけないくらい追い込まれた老いぼれが、牢を抜け出てどんな生活を送るのか」

 そこから人の悲鳴は聞こえない。

 迅雷なりに何か狙いがあることも、アイリスはわかっていた。

「あぁ、わかるよ。だが、未来に絶望しかないから、生きる意味を探すことまで諦めるなんて」

 拳を力強く握りしめ、アイリスは呟いた。




 ——尸と同じじゃないか。

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