第13話 戦争しようや
「皇帝隊第四隊隊長〝死神〟アイリス。その生死を問う」
X王が出したのは、皇帝隊を分割しかねないほどに大きな議題。
「ま、当然やな」
沈黙。
心の内に秘めた考えは各人各様であった。
「議題の重さを考慮すると内部抗争も考えられる。ウチの方針としては、各隊の隊長格だけが関わることになった。だから、それぞれ自分の意思をそこに示してねえ」
男は気怠そうに言った。
その言葉に数名が反応する。
「反対を押せば粛清かい。面白いね君は!」
「ふふ、粛清されない自信があれば押してもいいんですね」
「守時ぃ、辻風。茶化すのもほどほどにしとき」
「ま、あの子が殺したって確証は何もないよ」
各々涼しい表情でタッチパネルを操作する。全員が議題を察知していたからだろう。開票まではものの数分だった。
「……あらら」
赤い選択肢が示すのは『反対』。それを押したのは三人。桑水流麗奈に辻風、そして——守時冬樹だった。
瞬間。
茶が置かれたテーブルが空へと吹き飛んだ。それは天井を貫き、星となって消滅する。
「守時隊長ガッツあるねえ。私と辻風はともかく、一番簡単に裏切りそうなやつまでこっち側とは」
正面に座っていた桑水流がケラケラ笑う。仏頂面のまま、守時は淡々と言葉を返した。
「僕にもそれなりのポリシーがある。一応、あれでも友人のつもりなんだよ」
「えっ」
緊迫する状況で繰り広げられる世間話。目の前に死のリスクが迫っていようとも、顔色一つ変えない——そこに、最強戦力としての片鱗があった。
「お二人とも。この場面この瞬間においては、背中を預けても構いませんね」
守時はメガネを上げ直し、桑水流は前髪をかき上げる。その動作こそが同意であった。
「例の輩を導き出すために全員呼び寄せておいて正解だったねぇ。神帝会議で三人も犠牲者を出すことになるとは想定外だったけど」
それに対し、進行役を担った皇帝が右手を向ける。
「おや、三人も犠牲者を出すつもりはないよ。——だって、ここにいるのは一人だけじゃん」
挑発的な言動を加える桑水流に、関西弁の女が言う。
「なぁセンパイ……戦争しようや」
空気が震えるほどの殺気がぶつかり合う。
何も知らぬ群衆を背景に、Xを担う〝正義〟がぶつかり出した。
舞台はルディアに戻る。
恍惚の人斬り和倉五鈴と、雷神の迅雷——曇り空の下、二つの勢力が睨み合っていた。
「お姉さん怖いわぁ」
「いちいち遠回しにうるっさいな」
次の瞬間、和倉が見せたのは超高速の踏み込み。
真っ直ぐに振り下ろされる斬撃を目の前にしても、迅雷は眉一つ動かさない。
金属を纏った片手で刀をいなすと、迅雷はルディアの方を見た。
「君に用事があって来た。こいつ放っとくと厄介だから、いいとこだけ持ってくよ」
淡々と言葉を並び立て、迅雷は和倉の背後を取る——刹那、拳から穿たれる強烈な打撃。
吹き飛んでいく和倉をほぼゼロ距離で追尾し、迅雷は照準の先に手を置いた。
「ちょっと痺れるけど我慢しな」
公園をあまりに眩い光が包む。
ルディアの視界が捉えたのは、激しいエネルギーを持った迅雷の装甲だった。
「当たりまへん」
しかし、和倉も負けじと応戦。摩訶不思議な力で上空まで飛び上がると、ルディアに見せたのと同じ構えを取った。
「……飛翔閃か」
「言われなくてもお見通し」
雷は風よりも遥かに疾い。
和倉が刀を振るうと同時、迅雷は空を切る超飛翔を見せた。三日月型の斬撃と稲妻が衝突し、公園の空から凄まじい旋風が巻き起こる。
「気ぃ抜いたら腕が飛んでまいます」
「安心しな。電気麻酔で、何もわからないうちに殺してあげる」
会話の間にも、二人は再び宙を舞い始める。
和倉は飛翔閃を連続的に放つと、瞬く間に姿を消す。迅雷がそれを装甲で受けた瞬間——和倉が背後を取った。
「つかまえた」
ゼロ距離から繰り出される縦薙ぎの一撃——迅雷の背中は、間違いなく切り裂かれた。
しかし。
「残念。ハズレ」
破けたジャケットの隙間から見えたのは、肌色の背中ではない。銀色に輝く装甲だった。
迅雷は左手を後方に向ける。そして、ノールックで電気の球体を放った。
「ッ——⁉︎」
和倉は咄嗟に身を捻り、高電圧の直撃を回避する。行き場を失くした電球が地面に衝突すると、刹那の間に激しい電流が地面を駆け巡った。
迅雷は空中まで退避すると、横にいた人物に目をやる。
「やるじゃん。流石はAIってことだ」
「アンタ一体何者なんだ」
ルディアにとって迅雷はまだ敵。危険信号の混じった口調で言葉を飛ばす。
「何者でもないよ。だけど、少しだけアンタの味方かな」
瞬間、迅雷は勢いよく下降を開始する。
「本物の雷を見せてあげる」
空が漆黒に移りゆく。
電撃の反動で動けなくなった和倉を、巨大な雷が打ちつけた。
「ぐぅぅッ……!」
「倒れるなり抗うなり好きにしろ。それより、気付いてるでしょ? 隊長が姿を消したかと思えば戦の幹部になって、その日に皇帝隊が激動した——定国さんが死んだことだけじゃない。大量の小さな不備が見つかったんだよ」
仮面の奥から聞こえるのは妖しい息遣い。大気が激しく打ち震える時、迅雷は口を開いた。
——皇帝隊に裏切り者がいる。
ルディアは確かにその言葉を聞いた。
群衆のために正義を掲げ、敵国やAIから人々を守るための組織。その旗に叛く者がいると言うのだ。
「今までは戦が当たり前に機能して守っていた平穏。その消失によって、あまりの異常さを上層部は知った。特に、第七隊と第六隊は勘づくのが早いはず。最前線で戦う者が、異常な襲撃の頻度に気がつかないわけがない」
和倉の刀を握る力が弱くなる。
押しを確信した迅雷は、その拳に込める力を更に強くした。
「図星か。少なくとも、平穏はもうここまでだよ」
迅雷の一撃がめり込み、和倉の体が沈んでいく。地面がひび割れ、段々と膝が崩れ出す。
「——!」
刹那の出来事だった。
迅雷の体を和倉の刃が掠めていた。装甲を越えた一閃に血が滲む。
しかし、ただ斬撃を受けたわけではない。迅雷は、ダメージと引き換えに狐面を叩き割った。
「この狐面高いんどす。どないしましょ」
中から見えてきた和倉の顔は、おかしいくらいに笑っていた。
——恍惚。
狐面をつけるのは、快楽の面を誰にも見せぬため。中に灯る火を拠り所に、相手を斬ることに最大の悦びを感じるため。
「もう、止まれまへんよ」
和倉の瞳が紅玉に輝く。仮面の奥から漏れ出る殺気は、異常なほどに重かった。
「迅雷さん!」
遠くから気配を察知しルディアは叫ぶ。
先ほどとは比べ物にならないほどの速度で振り下ろされる一撃を、迅雷は皮一枚で避けてみせた。
「和倉五鈴は本来なら極刑の大犯罪者。AI戦争の際に脱獄を試みて姉さんに敗北し、そこで心を打たれて戦うようになった」
ルディアの前まで退避した迅雷は、流れるように呟いた。
和倉の顔は、まるで絵画のような狂気に笑っていた。
「今は人を斬ることより、戦うことの方が楽しい。特に、迅雷はんみたいな強い人を見たらゾクゾクするんどす」
次の瞬間、和倉は凄まじい数の飛翔閃を放った。
圧倒的な爆発力で迅雷の懐を取ったかと思うと、颯の如く強烈な斬撃を繰り出す。
「相変わらず狂ってるね。懐かしいよ」
それでも迅雷は焦らない。メガネを直しながら攻撃を避け、和倉の足元を蹴る。
「当たりまへんわ!」
和倉は空高く舞い上がった。その姿を視認するよりも早く、膨大なエネルギーを纏って和倉が落ちてくる——。
甲高い金属の音が鳴り響いた。
装甲をつける迅雷の手は震え、その刺突を受け止めようとフル稼働している。ルディアが見ても間違いなく桁違いの威力だった。
「こういう狂ったのが相手だと、皇帝隊してるって感じがする。嫌いじゃないかな」
そう言いながら、迅雷は軽く跳ぶ。あり得ない体勢で静止すると、そのまま和倉を蹴り飛ばした。
二人の距離が再び初期位置に戻る。
「俺も加勢します」
「いらない。……でも、ちょっと本気出しちゃおうかな」
迅雷は左手を掲げた。
すると、紫色のエネルギーが迅雷に集約する——。
「アンタの死神ってこんな色?」
迅雷の体から、紫紺色のオーラが溢れ出す。アメジストのように煌びやかなそれは、迅雷のショートヘアの端を同じ色に染めていた。
「さ、第二ラウンドと洒落込もう」
その攻撃は一瞬を超えた。
誰一人として追えなかった。迅雷は和倉の懐を取ると同時、強烈な蹴りを打ち込んでいた。
「お互い止まれないね」
言葉だけがスローに聞こえてくる。公園を凄まじい光が駆け巡り、地面を土煙が巻き上げる。
「楽しいわぁ!」
しかし、和倉も終わらない。凄まじい速度で移動している分、それを制御しきることは至難の業——弾道を予測し、そこに刃を振り下ろして応戦する。
「悪くないよ戦闘狂。他の誰にも真似できない荒れた動きって最高さ」
金属と金属が何度も何度もぶつかり合い、火花と甲高い音があちこちで発生する。
ルディアの知る世界を遥かに超越した戦闘だった。
「でも、そろそろ〆かな」
その言葉が聞こえる頃には、眩い光と共に放電が起こっていた。凄まじい速度で、人間の肉体がエネルギーと共に吹き飛ばされる。
「
どんな攻防が行われたのかわからない。
和倉は攻撃をもろに受け、公園の休憩処に叩きつけられる。衝撃に口から鮮血が溢れ、狐面が完全に割れた。
「うあぁっ」
ずるりと崩れ落ち、和倉は地面に跪く。
ゆっくりと歩み寄る迅雷を見上げても、和倉は笑っていた。
「ふふ……紫紺化されたら苦しいですわ」
和倉の口から二酸化炭素が漏れ出る。満身創痍にしか見えない状況だが、紅玉に染まった瞳は爛々と輝き、猟奇的な笑みは消えていない。
「ま、そこそこ楽しめたよ。見逃してやるから、さっさと帰ったら——なんて野暮か」
迅雷が言い終える前に、和倉はそこから姿を消していた。撤退の後には血痕一つ残っていない。
迅雷は装甲の電源を落とした。呆然と立ち尽くすルディアの前まで歩み寄ると、買い物の紙袋を手渡した。
「ルディアだっけ? 君に話があって来た。ついてきて」
「マスターからお使いを頼まれていまして」
会話と共に紙袋を受け取り、ルディアはそそくさと去ろうとする。それを逃さんとばかりに詰め寄ると、迅雷は真剣な目つきで言った。
「そのマスターに関わる話なんだよ」
どんよりとした雲が斜陽を遮る。
夜が訪ねてきた。
同じくらいの時刻の話。
アイリスはセントラル・アーコロジーを出、件の高速交通機関を利用して帰宅。影の街にある拠点まで戻り、缶珈琲を飲んでいた。
「この街は良い。こんな旧型の機械まであるんだからな」
空っぽのゴミ箱に缶を投げ入れ、自宅に帰ろうと歩み始めた時。アイリスは、後ろから漂う異様な気配を察知した。
「もーらい!」
次の瞬間、空を切る豪速のハルバード。付いたばかりの血が赤い影を残して飛び散った。
素早く退避して距離を取ると、アイリスは背後の存在を一瞥した。
「相変わらず暇な奴だ……なぁ亀卦川」
真っ白な髪にどす黒い瞳。アイリスと対峙するとよりその長身はより大きく見える。
「今度は別のやつの差し金で殺しに来たよん」
ふざけた口調で笑う亀卦川だったが、全くもって隙がない。アイリス以外、どんな相手でも依頼をミスしない陰の実力者——その名を体現するような姿だった。
「やれるものならな。お前も暇な奴だ」
「さっさと死んでくれりゃ俺も楽なんだけどよぉ」
まともに読めないタイミングで、亀卦川は凄まじい速度の攻撃を仕掛けてくる。
「簡単に首を出すわけにもいかなくてな」
縦に振られたハルバードをアイリスは右に回避する。真横から肌で感じるほどの風圧を受けると、綺麗な蹴りを亀卦川に入れた。
しかし、亀卦川も終わらない。無駄のないバックステップでダメージを極限まで削ぎ落とすと、懐から銃を取り出し放った。
「この国で銃を使うなんざ正気の沙汰じゃない。だからお前は悪人にモテるんだろうな」
Xの実力者は大半が強化細胞を有している。同じ強化細胞を持つ人間からの攻撃や、体の内部に直接的に衝撃を与えなければダメージが通ることは基本的にない。
よって誰もが油断する。
「そんなに褒めてくれるなんざ嬉しいねぇ」
「出会う場が違えば変わったかもな」
銃を六発撃つと、亀卦川は空になった金属の塊をアイリスに投げつける。頭部を的確に狙った一撃の回避——それと同時、亀卦川のハルバードが三日月に沿って襲い来る。
「——!」
朧雲が漂う空に、月が起床した。
その目を赤く染めて笑う。
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