第12話 狐面と補佐AI
生きる意味を探す人間アイリスと、仕事相手から送られてきた人間型のAIルディア。
仕事として反社会組織〝戦〟を壊滅させた二人のもとに、新たな争いの火種が迫ってきていた。
一行と戦の戦いから、数日が経過した頃。
アイリスとルディアの二人は、Xの首都セントラル・アーコロジーに買い物をしにやってきていた。
「マスター。なぜわざわざこの街まで?」
ルディアの呼び方はこれまで通り。
あくまでアイリスは「皇帝隊を脱退したならず者」。目立った行動は避けるべきと判断した結果だろう。
「例のロングコートは、こっちのブランド品なんだよ。ところでお前、家の本棚から何冊か持っていったな?」
「はい。言語と戦闘に関する書物を少々。……お洒落もなさるんですね」
己の頭くらいの位置に、アイリスは手刀を突き立てる。
横目でルディアを一瞥すると、そのまま続けた。
「こんな時代じゃなきゃ洒落くらいする。いつまで命が続くのか、それは誰にもわからないんだからな」
「……時にマスター、皇帝隊についてもう少し知りたいのですが」
至近距離でルディアは耳打ちする。アイリスはルディアを押し退けると同時に答えた。
「以前教えたことが基本。それと、目的は知らないが——戦の幹部だった辻風と迅雷——あの二人は皇帝隊隊長。辻風に関しては、Xの中でも飛び抜けた実力者の一人だ」
アイリスは左手の指を見せる。
皇帝隊隊長。島国Xの武力を象徴する存在であり、その実力は抜きん出ている。
「神や皇帝の名を冠するだけのことはあると思っていい。そして、誰も必要以上に信用するな」
辻風や迅雷が何かを狙っているように。
言葉の裏を推測で読み取ったルディアは、アイリスにわかるように頷いた。
「おや、お久しぶりです」
アイリスの眼前に女が現れた。ルディアよりもやや低い背丈に、特徴的な前髪とポニーテール。その顔を見て、アイリスは肩をすくめる。
「ロベリア。勧誘なら他を当たってくれ」
少し前に、アイリスの自宅を突き止めて襲撃をかけた人物である。
ロベリアは小さな包みを押し付ける。急接近と同時、アイリスの耳元で囁いた。
「ご所望のものはこちらに。扱いには十分にお気をつけて」
流れるように離れると、ロベリアはルディアを一瞥する。
青い瞳同士が交差したかと思うと、社交的な笑みと共にロベリアはルディアの手を握った。
「アナタがルディアね。噂に聞いていた通り」
「はい。戦闘型としては未熟ですが、マスターの護衛を務めています」
「本当にロボットみたい。よろしくね」
二人が握手を交わした直後だった。ロベリアの新型端末が、電子新聞をキャッチする。
群衆がざわめき出す中、十五秒ほど遅れてアイリスの旧型端末は情報を捕まえた。
「……は?」
『〝戦〟壊滅——迫り来るY国の脅威』
『皇帝隊指定要注意人物:死神アイリス 見かけた方は第六隊まで連絡を』
『神帝会議決定。波乱の予感か』
四面に渡る新聞は、どれも戦とアイリスに関する報道で埋め尽くされていた。
写真はかつて撮られた古いものだが、本人を特定するのに十分な情報である。
「よりにもよって、今この状況で第六隊とはな」
アイリスは辟易とした表情を見せる。
「学校あるし、会議は代理出席してもらおうかしら。それでは隊長、また何かあればご連絡ください」
教科書サイズの鞄を持って、ロベリアは二人の前を去っていった。
棒立ちするアイリスに、ルディアは声をかける。
「マスター、神帝会議とは一体」
「緊急時に皇帝隊の各隊長が集まる場だ。隊長が出られない場合は副隊長、それも出られない場合は代理人が出る仕組みになっている」
「つまり、ロベリアさんは皇帝隊副隊長と?」
アイリスは軽く頷いた。
「ところで、服の件だが」
旧型端末のメモに、アイリスは文字を書き込む。画面を押しつけるように見せると言った。
「覚えろ。この通りに買ってこい」
「了解」
瞬間、ルディアの目に数式が宿り始めた。文字列が瞳に反射し、その体へとデータが投入されていく。
数秒後、ルディアの意識が返還される。
「記憶完了。終わり次第拠点に戻ります」
「あぁ。ついでに二着くらい好きな服を買っておけ」
そう言うと、二人は逆方向に歩き始めた。
人混みの中。
茶色のフードと黒い長身が、次第に紛れ溶けてなくなった。
一方、ルディア。
アイリスのロングコートを買いに服屋を訪れていたところだった。
「ギフト用の包装はいかがなさいますか?」
ルディアは思案する。渡すのであれば包みたいところだが、ギフト料金はアイリスのもの。
十数秒フリーズした後、ルディアはラッピングでなく紙袋を選択した。
(一人前になったその時に、自分の手で渡す)
そう心の中で呟き店を出る。
やつれた顔の人々が熱くメトロポリスの東。群衆の一つに紛れたルディアは、別の服屋へと向かっていった。
「……あいつが例の男やな。もしもし和倉、代わりに頼むわ」
この時すれ違った人物を知るのは、もう少し先の話。
(困った。
僅かな間に服屋の前まで辿り着くと、すぐに周辺の洒落を確認する。特集のチラシやマネキンのモデルを認識——
少々ごたついた人の波を超え、ルディアは目ぼしい服を取ってみる。マネキン通りのコーデを真似てみたり、少し組み合わせを調整してみたり——人間らしき振る舞いをしてみても、感覚的思考にAIが結論を出すのは困難なようだった。
「あまり時間をかけるわけには……」
マスターに叱られない程度の服装を選ぶことに難渋していると、ルディアのすぐ横に女性が現れた。
「そんコートをデニム合わせるなら、色は黒い方が引き締まってかっこいいと思うてよ」
聞き慣れない言葉で、その女性はルディアの持つコートを入れ替える。
戸惑うルディアの顔を見ると、女性は距離を取って笑んだ。
「っと……ごめんなさい。昔話してた言葉がなかなか抜けなくて」
女性の言葉は、数刻前にルディアが学習した書物に記載されていたものと同じだった。
(昔はXで使われていた言葉だったか)
適する言葉を取り繕う女性の姿は、ルディアの学習領域を一つ拡げていく。
「話しやすい言葉で構いませんよ。店員の方ですか?」
「買い物客どす。お兄はん、身長たこおして素敵なものどすから……つい声をかけてしまいました」
ルディアは改めて女性を見た。
カジュアルな格好でありながら、小さな仕草の一つ一つに『艶かしさ』というデータを感じる。背丈はアイリスと大して変わらず、茶色のロングヘアが靡いていた。
「どうも」
「よろしければ、お洋服選び手伝いまひょか?」
状況が状況、帰るのが遅くなれば
それから、三十分ほどかけて服を選んだ後。
二人は少し離れた公園にやってきていた。
「……あの、ありがとうございます。洋服に関する知識は持ち合わせておらず、悪戦苦闘していたところだったので」
「いえいえ。今年の冬はそないなに寒くないので、快適どすね」
寒雲の隙間から照ってくる太陽の光。ほとんどの植物が眠る中、暗い色をした土が輝いている。
購入した服が入った袋を肩から下げ、ルディアは空を見上げていた。
「名前を教えてもらえませんか? いずれお返しをしたいので」
「お気になさらず。うちは和倉五鈴どす、どうぞよろしう」
五鈴と名乗ったその人物は、ベンチからゆっくりと立ち上がる。
そして、いきなりルディアまで急接近し始めた。
「っ、五鈴さん?」
「ほんまに素敵なお顔やわぁ。血は何色をしとるのかしら」
何かやばい——そう察知し、ルディアは瞬時にベンチを打ち砕く。目にも止まらぬ速さで離れるも、体を太刀が切り裂いていた。
「アンタ何者……がっ⁉︎」
たとえ体が反応できずとも、AIは一度受けた攻撃を完全認識する。よって、定国の斬撃を大量に受けたルディアが避けられないはずはない。だが、ルディアの体は斜めに赤く染まっていた。
「自己紹介、足りなかったかしら。皇帝隊第七隊副隊長、恍惚の和倉と申します」
カジュアルな格好の女性は、そこから既に消え去っていた。
全身を和服に包み、狐の面を被った者がいる。購入品の紙袋を遠くまで放り投げると、ルディアは力強く拳を穿った。しかし、それが命中することはない。
「どこを斬っていらっしゃるんどす?」
和倉の体は蜃気楼となって消え去り、絶妙にズレた位置から本体が現れる。
ほぼ同時に高速の突き——左肩を襲った一撃を、ルディアは即座にバックステップで回避した。
(目の前にいるのに、まるで戦っている気がしない)
「惚けとると首が飛びますよ」
思考の間に和倉は距離を詰めてくる。
速度は定国に劣るはずなのに、掴みどころのない感覚にダメージを受け続けてしまう。連撃の合間に来る蹴りを受け止め、ルディアは土をかき分け踏みとどまった。
「チッ!」
両の拳をテンポよく放つも、やはり和倉には当たらない。体が霧散し、攻撃が通らなかった。
「御免なさいねぇ。おぶを出す暇もおまへんわ」
ルディアを襲う止まらない連撃。学習による見様見真似を駆使し回避を試みるも、芯を外すので手一杯だった。
しかし、あれだけ大口を叩いた以上止まることは許されない。
(これまで戦ってきた相手より、奴の体は細い。身軽さが通用しない上空なら分がある)
思考と共にルディアは跳躍した。強化細胞の体が唸り、青い空へと向かっていく。
雲の下まで辿り着くと、ワンテンポ遅れて和倉が襲い掛かってくる。
ルディアは目の前の和倉を蹴り上げるが当たらない——そのまま後ろに一回転、新たに現れた和倉本体を右手で殴りつけた。
「へぇ、やるやないの」
空中で軌道が調整できない中、和倉は間一髪拳を受け止めた。
「まだだ」
その刹那、ルディアは和倉の頭目掛けて蹴りを入れる。遥か上空から、和倉は地面へと急降下していった。
「ふむ」
瞬く間に大地と衝突し、和倉は土煙を上げて後退した。回復を許さず、ルディアは強烈な一撃を放つ。
「喰らえ」
地面を抉る蹴りを、和倉は紙一重で回避する。体を唸らせ転がりながら、刀を勢いよく構えた。
「飛翔閃」
緑色の飛ぶ斬撃が、鳥の鳴き声のような音を立ててルディアに突っ込んでくる。
相当な速度を目にした瞬間、ルディアが取ったのは——学習した知識の総動員だった。
「電光雷轟」
体を高圧電流が纏い、斬撃を遥かに超える速度でルディアは突っ込んでいく。
ルディアが懐を取り、一撃を放って勝負がつくかに見えた。
「ざあんねん」
その言葉と共に、盤面がひっくり返る。
一体何が起こったのかはわからない。
狐面の奥が妖しく光ったかと思うと、ルディアは胸から血を噴き出していた。
「止めや」
声を上げる間も無く、和倉の刀が奥へと突き刺さっていく。
背中が赤く滲み出すと、ルディアの体は徐々に崩れ始めた。強烈な一撃に決着がつきかけたその時。
「構えがまるでなってない。
遠くから声が聞こえてきた。
しかし、ルディアの視界には和倉以外映っていない。困惑に応えたのは、耳をつん裂く爆音だった。
「電光雷轟。狙った箇所に全神経を注ぎ、体が吹っ飛ぶくらいの勢いで叩きつける。いつ盗んだんだか知らないけど、あげるよ」
そこに現れたのは〝戦〟の幹部——迅雷だった。
四肢を纏う装甲は、メカニックな雰囲気を醸し出す。眼鏡の位置を直すと、ニヒルな笑みを浮かべた。
「あらぁ、怖いのが来ちゃったわ。皇帝隊第八隊隊長〝雷神〟の迅雷はん……!」
「演技はいいよ。その様子じゃ、気がついたんでしょ?」
意味深中な発言を受け、和倉の付ける面が少しズレた。
冷たい空気が迸る。
刹那、和倉は一気に攻撃を仕掛けた。
「はて。邪魔せいでもらえます?」
雷神と妖狐。
二つの勢力が、昼間の公園で衝突した。
同じ時刻。
ある場所に、皇帝隊の名を画す十人の〝神と皇帝〟——その八人と、二本の右腕が集まっていた。
「ほな、神帝会議始めよか。王、今日の議題はなんや?」
「知らない間に随分と偉くなったんだねぇ、榎本チャン。今日の進行役はオジサンだよ」
あるのは豪華な十の椅子。話し始めたのは関西弁の女だった。
それを制する気怠げな男。
「まぁまぁ、そう言わないの。モテないよ?」
続きざまに桑水流の声。
辺りの空気は険悪だった。そんな声をかき消して、機械を通じた音声が聞こえてくる。
「今回の議題は、言うまでもない」
X王の言葉だった。
顔は遮られており、その顔を知る者はほんの一握り。
白いカーテンベールの向こうで口が動いた。
「皇帝隊第四隊隊長〝死神〟アイリス——その生死を問う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます