第8話
放課後。
氷室をうちに招き入れることになったわけだが、自分で誘っておいてなんだけど緊張している。
女子が家に来るなんてことが初めてだし、しかもそれがめちゃくちゃ美少女ときたもんだ。
一応、念の為、万が一の確率に備えて部屋の掃除をしておいてよかったと内心ほっとする。
「ここが加藤くんの家?」
「うん、そう」
我が家はマンションの五階。十階ある建物を見上げながら氷室が不思議そうに言う。
「私、マンションって初めて入るわ」
「そうなの?」
「ええ。家は一軒家だから」
「友達の家に行く機会とかなかったの?」
「うん。昔は習い事とかで忙しかったから。そういうことは経験ないの」
厳しい家庭だとは言っていたけど、それは子供の頃からなのか。
俺達は中に入りエレベーターで上に向かう。
「高校に入ってからはそういうことは落ち着いたんだけど」
「けど?」
「今度は友達という友達ができなくて」
あはは、と無理やり作ったような笑みを浮かべる氷室に俺は当たり前のような疑問を口にする。
「友達いないことなくない? いつもだれかと喋ってるじゃん」
「あれは友達とは言わないんじゃないかしら。加藤くんは教室に入ったときに挨拶を交わすだけの相手を友達だと思う?」
「んんー、それは友達というよりはクラスメイトと言うような気がする。その二つの間には明確なラインがあるんじゃないかな」
「だから、あの人達は友達ではないのよ。加藤くんの言うようにクラスメイトでしかないわ」
「……なんだか冷たい言い方だね」
氷室の取り巻きがどういう気持ちで話しているのかは分からないけど、想像するに下心はあるのだと思う。
それは性的なものというよりはお近づきになりたいみたいな。ここからあわよくば仲良くなって恋人になれれば、みたいな。
氷室みたいな綺麗な女の子を隣に連れて歩いた日には優越感がうなぎのぼりだろうし。
そう考えると僕は今優越感に浸っていいのかな。
「あの人達全員に対して優しくしていたらこっちの身が保たないわ」
「かもしれないけれど、氷室のしていることはある意味優しく接することと同意だと思うけど」
「というと?」
「興味のない、どうでもいい相手なら適当に言い訳つけて終わるだろうに、氷室は相手の抱く理想を汲み取って、しかもそれを演じているんだろ? それって優しさなんじゃないかな」
あるいは。
もしかしたらそれは残酷とも言えるのかもしれないが。
興味はないのに興味があるような素振りを見せつける。勘違いして迫ってきたときには冷たく引き離す。
男からすれば辛いことこの上ない。
だって、優しくされて、楽しそうに笑ってくれて、気のあるような仕草を見せられれば誰だって夢を見る。
「そんなんじゃないわ。ただ、今ある環境が壊れてしまうのが怖いだけよ」
淡々と言った氷室は「それより」と俺の方に目を向ける。
ちょうどそのとき、エレベーターは五階に到着した。
「私、加藤くんに言ったかしら?」
「ん?」
「その、私の考え方というか」
言いづらそうにしているが、彼女の言いたいことは何となく汲み取った。
そして同時に、自分がやらかしてしまったことを自覚した。
氷室が周りの期待に応えるよう理想を演じている、という事情は彼女が催眠状態のときに聞いたものだ。
それを俺が知っているのだから、それをおかしいと思うのは至極当然のこと。
「あ、えっと」
どうする?
誤魔化すか?
そんな気がした、とか言えば納得してもらえるだろうか?
でももししてもらえなければ?
催眠術をかける関係である上で最も大切にしなければならないのは信頼関係だ。
嘘をつけば、それは一気に崩れて失くなってしまう。
「それは」
だから、俺は全てを話すことにした。
ストレスを解消するために、そのストレスの元となる部分を聞き出したこと。
それと、これを言うかは非常に悩んだが『ストレスを発散するためにしていることを聞いた』という話をした。
具体的に何をしているかとまでは俺の口からは言わなかったけれど、
「…………」
顔を真っ赤にして、口元をあわあわと開いているその顔を見ればだいたい察する。
「とりあえず上がってよ。こんなところで話すのもなんだし」
「……うん」
やけにしおらしい。
まあ、そりゃそうなるか。
クラスメイトに自分のオナニー事情を、あろうことか自分の口から話したという事実を知らされたのだ。
平然としていられる方がおかしい。
だから、少しの間だけそっとしておくことにした。
「ここが俺の部屋だから、中で待ってて。飲み物持ってくるから」
中に入ってすぐのところにある俺の部屋に案内する。俺はリビングに向かい、お茶とたまたまあったお菓子を持って部屋に戻る。
俺の部屋は右側にベッド、左側には勉強机と本棚、それとクローゼットがある。床にカーペットを敷いてあり、座布団と小さなテーブル。
氷室は座布団に座っていた。
「ありがと」
俺がお茶をテーブルに置くと、氷室は小さな声で言う。
さて、いろいろと始める前にしなければならないことがあるな。
「えっと、それで」
どう切り出せばいいんだろう。
俺がそれを悩んでいると氷室の方が覚悟を決めたように顔を上げた。
「加藤くんは、どう思った?」
「それは、何に対して?」
俺が訊くと、氷室は頬を赤く染めて体をもじもじと動かす。それだけで何のことかは察した。
彼女も、俺と同様にその問題を解決しておこうと考えていたようだ。
「その、自慰行為のこと……」
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