第4話


「白木屋君から何を貰ったの?」


 予鈴が鳴って周りの生徒がいなくなったからか、氷室が小声で話しかけてきた。


「え、や、なんで?」


「何だか嬉しそうな顔をしているから」


 そんな顔をしているのか?

 俺は自分の顔をペタペタと触ってみるがもちろん自分では分からない。気をつけよう。


「いや、まあ大したものじゃないよ。参考書みたいなもんさ」


 そうだよ。あんなの参考書と一緒だよ。


「加藤君はそこまで勉強熱心だったかしら」


「自分が好きな分野に対してはみんなそれなりに勉強熱心だと思うよ。それは俺だって例外じゃない」


 確かに学校での勉強は得意ではない。そういう類の勉強は嫌いだけれど、好きなものなら頑張れるのは誰もがそうだろう。


「というと?」


 エロですよ。

 男はみんなエロが大好きなんです。


 とは言えないんだよなあ。


 しかしこのタイミングでパッと何かいい言い訳が出てくることもないし。


「まあ、最近ハマってるといえば、ほら、あれだよね」


 誤魔化そう。

 なんか、ふわっとさせておこう。


「催眠術?」


「ああ、そうそう――うん?」


 しまった。相手に考えさせないようにと間髪入れずに適当に返事をしてしまった。


 俺このままだと催眠術かけるためにエロ本読む奴になる。


「やっぱり! 実はね、私も昨日帰ってから少しだけ勉強したの」


「……催眠術について?」


「ええ。中々に興味深かったわ。加藤君はあれから本は読んだ?」


「一応、それなりに」


 全部読んだとはとりあえず言わないでおこう。めちゃくちゃ催眠術かけたい奴みたいだし。


「ということは、理解も深まったということかしら?」


 若干前のめりになって、うきうきしたような顔をしながら氷室は言った。

 気さくで笑顔も浮かべるし明るいけれど、どこかクールなイメージのある氷室にしては珍しい表情だ。


「えっと、どうなんだろね。知識としては頭の中に入ったかもしれないけど」


「ということは、あとは試すだけなのね? そういうことなら、私が実験台になるわ」


 実験台という言葉を使うわりには顔は嫌そうではない。どころか、待ってましたと言わんばかりに明るい。


「……俺としては嬉しいことだけど、なんでそんなに嬉しそうなの?」


「さっきも、昨日も言ったけど興味深いからよ。確かに最初はお試しって感じだったけど、実際昨日は体が軽くなったしね」


 昨日の成功が彼女の好奇心をくすぐっているのか。

 しかし、そういうことなら俺としては大歓迎である。


 が。

 一つ問題がある。


「それはこっちとしても有り難いけど、今日は場所がないんだよな」


「場所?」


「そう。昨日は簡単なものだったし、他に人がいなかったからよかったけど。できれば人がいない、入ってくる心配もない場所が好ましいんだ」


「そういうもの?」


「じゃないと、脳も心も緊張状態に陥って、催眠にかかりにくくなる」


「……そっか」


 昨日は当番だったから図書室を使えたけど今日は違う。当番を代わってあげると提案すれば快く代わってくれそうだけど二人同時にとなると怪しまれる恐れがある。


 あらぬ噂は立ってほしくないからな。


 他にこれといった場所が思いつくわけでもない。


「分かったわ。場所は私が探しておく」


「え」


「ちょっと当てがあるのよ。もしかしたら何とかなるかもしれない」


 そう言った氷室は、やはりどこか楽しげだった。



 * * *



 そして放課後。


「ここは?」


 氷室に連れられやってきたのはどこかの空き教室だった。既に持っていたカギでドアを開けて中に入ったのだ。


「文芸部の部室よ」


「いや、何で」


「文芸部の部長さんに許可を貰ったの。今日は部活もないし、使っていいよって」


「氷室って文芸部だっけ?」


「違うわ。帰宅部よ」


 そんな不思議そうな顔されましても。その顔したいのはこっちの方だ。

 どうして文芸部でもないのに文芸部の部室を使っているんだ。


「静かなところで集中してしたいことがあるって言ったら、快く貸してくれたわよ」


「嘘はついてないけど……」


「ならいいじゃない。さ、早く始めましょ」


 ノリノリだな。

 るんるんと鼻歌混じりにイスを動かしてセットする。そして座った彼女は前に置いたイスに座れと促してくる。


「……ま、いっか」


 ともあれ、これで邪魔も入らないしな。昨日のように公開的な空間でないなら、もう少し踏み込んだこともできそうだ。


「それじゃ始めるけど、何か要望とかある?」


「要望?」


「そう。昨日で言うなら疲れを取るみたいなこと」


 訊くと、氷室はむーっと考える。


「ちょっとストレスが溜まってたりするから、その辺を解消できたらなって思うかな」


「ストレスね。了解」


 昨日と同様にトランス状態に持っていくところから始める。少し時間がかかった昨日と違い、今日はすんなりと入ってくれた。

 脳が感覚を覚えていたのかもしれない。


 これだけを見ても、彼女が催眠術にかかりやすいのは明白だ。


 今日はストレスを解消することをメインとして行う。そうなると、まずストレスの原因を探る必要があるな。


「それじゃあ今から幾つか質問をしますので、気負わず正直に答えてください」


「……はい」


 ぼーっとしながら氷室は返事をした。

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