第12話 女騎士
ヂュンヂュンヂュン
オレはログハウスから出ると、外の空気を目一杯に吸い込んで、吐く。新鮮な空気が体中を循環する。爽やかな朝日がオレに差し込む。心地よい鳥の声も……なんか鳥の声濁ってなかった?姿は見えないが一体どういう姿の鳥なんだろうか。
オレは自然の息吹を感じるために閉じていた目を開ける。
目の前の地面に女騎士が転がっていた。
「……いやいや」
そんなまさかな。こんな僻地に人がいるわけない。オレは自分に〈
もう一度下を見る。
糸でぐるぐる巻きにされ意識を失っている女騎士がいる。青く長い髪に青い目、汚れた鎧を着た美人さんだ。
『貴様……』
「いやいやいや!違う違うから!確かに言ったよ。くっころ女騎士が好きって。それは言ったよ。だけどそれはさ、全部妄想なわけだよ。現実にそんな女騎士はいないわけで、うちの騎士団には男性しかいなかったからそんな夢を見ちゃったわけよ。だからこの女性をここに連れてきたのはオレじゃないから!そんな目で見るなリー助!」
リー助がとても人間に向けて良いような目をしていない。
というかこの糸からして犯人なんてあいつしかいないじゃん。
「クロー!クロやーい!」
オレが大きな声でそう呼ぶと、家の裏からのそのそとクロが歩いてきた。まるで自分の得物かのように鍬を持ちながら。いや、別にいいんだけどさ、まだ畑を広げる気なの?
「クロ!どうしてこんなことをしたんだ!お父さん怒らないから言って見なさい!」
「…………キシャー」
「なんて?」
『父親ずらするなだと』
「そんな言い訳が通じると思っているのか!」
『貴様が余計なことをいうからだろうに』
「キシャ―」
「今度はなんて?」
『畑への侵入者と言っているな』
「だからってこんなボロボロにしなくても……」
畑への愛が強すぎるよ。髪もぐちゃぐちゃだし、体中泥だらけだ。
「キシャーーーーーーーー」
『私に驚いて自分で柵に頭をぶつけた。私は縛って置いただけ。ボロボロなのは元から、だそうだ』
「え?ドジっ子?」
やだ、属性追加なの。
「……ドジっ子ではない。夜中にあの魔物を見たら誰だって驚く」
女性の声でそう聞こえた。クロは喋れないし、リー助の声は渋いおじさんだし、当然オレの声でもない。
下に目を向けると綺麗な青い瞳と目があった。
「おはようございます?」
「おはようございます」
お、ちゃんと挨拶ができる人だ。
「私の名前はラティア・レライア。すまないが、糸を解いてはくれないか」
「はいよ」
「……軽い。本当に良いのか?私がいうのも何だが君のテリトリーに入ってきた不審者だぞ」
「いいよ〜」
オレはナイフでレライアさんの糸を切ってあげる。意外に固いなこれ。オレが縛られた時もこんなだったけ?もっと緩かったような。まさかクロの優しさ?やだ、キュンとしちゃう。
「おし、切れた」
「ありがとう」
レライアさんはふらふらと立ち上がると、リー助の前まで行って跪く。お布団大明神にお参りですか?
「その凛々しき漆黒のお顔、まるで雲海のように白い毛。貴方様が神獣様であらせられますよね?」
『……そうだが』
「おお、何と高貴なお声。お会いできたことを光栄に思います」
高貴なお声ってどんなお声なんだろう。本当に聞く人によってリー助の声って変わるんだ。あと、神獣って設定嘘じゃなかったのか。いや、まだ盛大なドッキリの可能性も捨てられないな。
「つまりはレライアさんはここにその神獣様に会いにきたのか?」
そう思えばこんな辺鄙な地に来たのも頷ける。まあ、ここに住んでいるオレが言うことでもないけども。
「いえ、偶然だ。こんな幸運があるのだな。感激だ」
「だってよ神獣様」
『貴様はバカにしているだろう』
滅相もない。リー助はそんけーしているに決まっているじゃないか。本当だよ。その毛の感触は何物にも代えがたい。
「神獣様。よろしいのですか?こんな物言いを許して」
レライアさんは剣に手をかけた。
『……良い』
「流石は神獣様。お心が広い」
どんな行動をリー助がしても、認めそうな勢いだ。いいなー。オレも美人な女騎士さんに全肯定されたい。
「それでレライアさんは、何でこんな所に?リー、神獣様に会いに来たわけではないんだろ」
レライアさんは立ち上がると、こちらを向いて答える。
「私はもともとアウルスト国で騎士団に所属してたいたのだが……恥ずかしながら、なんとか縮小とかでリストラに会ってしまってな職探しのためにリーン国に向かう所なのだ」
「へぇ、騎士団でもそんなことがあるんだなぁ」
世知辛い。
んん?
アウルスト国はオレが前まで住んでいたラベリスト王国の丁度北に位置する国だ。リーン国はだいたいラベリスト王国の西側。ここ東の森は当然東にあるわけで、リーン国に行くには随分と遠回り……というか迷ってね?
その旨をレライアさんに伝えてみた。
ガシャンと両手を両膝をつけてうなだれるレライアさん。
「なん、だと……!そんな罠が……!道理で延々と森だと思った……!」
なんだやっぱりドジっ子か。オレは地面をだんだんと叩くレライアさんを温かい目で見つめる。
「やめてくれ……そんな目で私を見るなぁ……」
オレの目は更に温かみを増した。
「ごほん。リーン国に何か仕事の伝手でもあるのか?」
「ぐすん、いや、無いが、まあ行けば何とかなると思ってな」
今、泣いてました?
何だか彼女の行き当たりばったり具合に親近感を覚えてきたよ。
「どっちかっていうとラベリスト王国の方がリーン国より大きいから、仕事見つかりそうじゃないか?」
丁度、騎士団でも急に一人辞めたから困ってると思うよ。シフトに空きができて。ははは、全く勝手なやつもいたもんだ。
「はっはっはっ、そんなバカな」
「はっはっはっ…………え?何で?」
笑われるようなことは言ってないよ。まあ、確かに大きい国の方がその分トラブルに遭遇する確率は高くなるかもしれないが、ところがどっこい。ラベリスト王国は騎士団が優秀だからか、犯罪率は低いんだなこれが。
「ラベリスト王国なんて怖くて近づけないさ」
「その心は?」
「だって七狂がいるだろう?」
「七強?」
「知らないのか?常識だぞ。どれだけ人の世に出てないのだ」
いや、つい最近まで人の世にいたんですけどね。すいません、流行りにに疎くて。だってマスターは酒の話しかしないし、同僚は仕事の話しかしないんだもん。みんなもっと趣味を見つけた方がいいと思うんだ。
「いいか。七狂というのは魔術を究め、魔術に愛され、そして魔術に狂った7人の魔術師のことだ。人格はともかく魔術師として腕は最高峰らしい。まあ私も会ったことは無いが、逸話だけでは耳に入る」
「へーそんな人達がいるのか?」
「いる」
レライアさんは声を潜め、まるで怖い話をする様に言う。
「その七狂がラベリスト王国になんと3人もいるのだ!」
「なんと!」
「ラベリスト王国、一体どんな魑魅魍魎が跋扈する国なんだろうな……」
ごくり。
うん、多分、また国を間違えている。
さっきも言ったが、ラベリスト王国は犯罪率も低い、平和な国だよ。
また間違いを指摘して、泣かれても困るので言わないけど。いや、でもあの涙目の顔を中々そそるものが……はい、最低ですね。ごめんなさい。
オレの反応に興が乗ったのか、レライアさんの口は止まらない。人が知らないことを教えてあげれるって割と快感だよな。それにハマりすぎると嫌なやつになるから気をつけようね。
まあ、興奮気味のレライアさんも可愛いからいいんだけどさ。
「以前は四狂と言っていたのだが、こっちに聞き覚えは?」
「うっすら」
「ないのだな」
何故バレたし。
「近年急に3人の異常な魔術師がラベリスト王国に現れた。彼らを加えて七狂と呼ぶようになったのだ。確か異名は『大瀑布』、『結界』、『堕眠』だったか」
「ぷぷっ、『惰眠』って」
異名が他二つに比べてあまりにもダサくはないだろうか。きっと日々惰眠を貪るオレみたいなやつなんだろうな。そんな奴が魔術師の最高峰とは世も末だな。
「まあ、そんな一生で出会うかもわからない魔術師の話はどうでもいいや」
「む……そうだな。私も剣の腕には自信はあるが、できれば出会いたくないのものだ。そう簡単に会えるとも思えないがな」
そうそう。「惰眠」さんなんて寝室に籠って出てこないんじゃないの?
「どうする森を抜けたいなら案内するけど」
小人さんが。
「そうしていただけると有難い。ええと……そういえばまだあなたの名前を伺っていなかったな」
「そうだった。セツナだ。よろしく」
オレはそう言って手を差し出した。
ズザザザザ
名前を言った瞬間、レライアさんはリー助の方にすごい勢いで後ずさりした。差し出した手が、無情にも何も掴むことなく空間をさまよう。ええ、傷つく。
「いま、今何と?」
「そうだった。セツナだ。よろしく」
オレはさっきの言葉をそのまま繰り返した。
「セツナ?」
「うい」
「『堕眠』のセツナ?」
「はい?」
何か聞き捨てならないことを言われたので、レライアさんに聞き返そうとしたその時、レライアさんはふらついた拍子にリー助の体に手をついた。
「あ」
『……』
「ぐーー」
一瞬にして眠り落ちた。
……やはりドジっ子じゃったか。
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