第11話 騎士団団長
時は少し遡り、セツナが東の森で目覚めた時、つまりはセツナが仕事を無断で休み始めて7日目。
セツナの仕事場、ラベリスト王国騎士団本部、その団長室。
白髪をオールバックにした壮年の男性は、椅子に深く座り込むとため息をつく。彼こそがこの王国を守る騎士の長、ダーガス・ベルベリオンであった。
「あいつは今日も来ていないか」
セツナが来たら真っ先にこの団長室に呼ぶように部下には伝えていた。
彼は3日前に事情を聞きに行った「大瀑布」の言葉を思い出す。東の森とファントムシープ。東の森にセツナを倒せるような魔物は存在しない。そもそもセツナがどんなものであろうと負けるとは、ベルベリオンには考えられなかった。
「大瀑布」が言ったように迷っているのだろう。バカだから森を超えて反対側の国まで行った可能性すらある。彼はそう考えた。
ドンドン!
団長室の扉が乱暴に叩かれる。
「入れ」
「失礼します!セツナさんが東の門に現れました!」
若い騎士が敬礼をしながらそう報告した。
「そうか。団長室にくるように伝えろ。きちんと無断で休んだ理由を説明するようにとな。ああ、あと怒らないからと」
小言は言うが。
「それが……」
「どうした?」
「その、セツナさんなんですが、門の当番だった騎士を眠らせて逃走したみたいです……」
「あのバカ……」
あいつは逃げられはしないのに嫌なことを後回しにする癖がある。ベルベリオンは頭を抑えながらそう思った。
「では、追いかけなくていい。あいつが本気で逃げるならば、我々には捕まえることはできん。追跡している者がいるならば、通常業務に戻るように伝えろ」
「了解しました!」
元気よく返事をすると、若い騎士は慌ただしく団長室から去っていた。
明日にはビクビクと怯えながら、仕事に来るだろう。ベルベリオンはそう思い、書類仕事を始めるのであった。
***
コンコン
「入れ」
「失礼します」
お昼頃に来た騎士とはまた別の若い騎士が団長室に入ってくる。若い騎士が何だか微妙な顔をしている。どこか困ったような、同時にどこか呆れたようなそんな顔。
「どうした」
「その、団長にお客様が」
「私に?」
ここまで連れてくるということは怪しい奴ではないのだろう。しかしベルベリオンは今日誰とも会う約束はしていなかった。これでも国の重役。忙しく、会えないことも多いだろう。そんなベルベリオンに用があると騎士が連れてきた客人。それが誰か彼には予想ができなかった。
騎士に促されるように部屋に入ってきたのは、何処にでもいるような青年だった。
さらにベルベリオンの頭に疑問符が浮かぶ。
「あ、あのここの住所ってここに書いてあるのであってますかね」
そう言いながら、恐る恐ると言ったふうに青年はベルベリオンに紙を渡した。
「住所……ああ、ここで合ってるが」
ベルベリオンは困惑しながらも頷く。まだこの客人の用件がわからなかった。迷子をわざわざ団長室まで連れてくるはずもない。
「……まじか、あの人やりやがった」
青年はそう二人の騎士に聞こえないように呟いた。
青年は言いにくそうに言う。
「その、私は市井で何でも屋なんていうのを営んでまして、その本当に色々なことをやらさせてもらってます」
「はあ」
「それで、退職代行なんてものもやってまして。あの言いにくいのですが、ある人が仕事を辞めたいと言って依頼にしにきたんですよ」
「……まさか先程の紙は」
「はい、ご想像の通りです。その人が職場の住所として伝えてきたものです。いや、騎士団本部に近いなと私も思っていたんですよ?だけどまさか騎士様が退職代行なんて使うと思っていなくて引き受けてしまいました」
「私も驚いているよ。まさかそんなバカが騎士団に……バカ?」
酷いことではあるが、ここでベルベリオンの頭に一人の男の顔が浮かんだ。
「その者の名前は?」
「あ、ここにサインをもらっています」
青年はまた別の紙をベルベリオンに渡した。そこにはミミズがのたくったような汚い字でサインが書いてあった。
「セツナのサインだな」
「ま、間違いないのですか?」
待機していた騎士が問う。
「ああ、やつのサインは何十回も見てきたから間違いない」
ベルベリオンは大きくため息をつくとサインの書かれた紙をくるくると丸める。
「君、もう帰っていい。うちのものが困らせてしまってすまなかった」
「いえ、そんな。こちらも確認を怠たり申し訳ございませんでした」
ベルベリオンは騎士に指示すると青年を帰させた。
二人が帰り一人になった団長室で彼は瞑目する。
「騎士団を辞めるか」
王国を守る騎士団。普通ならば入りたい人はたくさんいれど、自分から辞めるか人はまずいない名誉ある職業である。
「不思議ではないか」
ベルベリオンはそう言った。
そもそもセツナが騎士団に入団したことの方がベルベリオンにはずっと不可思議だった。セツナは文字通り一騎当千の魔術師であり、組織に縛られるような人間ではない。かと言って名誉を重んじたり、愛国心があるタイプでもなかった。
先の戦での褒賞として騎士団に勤めることを彼が望んだと聞いたが、ベルベリオンはそれが不思議で仕方がなかった。ベルベリオンを簡単にあしらえる強さを持ちながら、ベルベリオンに謙るというか奇妙な男であった。
ベルベリオンは先程、丸めた紙に書かれていたことを思い出す。田舎で静かに余生を過ごすため退職します。そのような内容が丁寧に書かれていた。
「いいだろう、退職を認めよう」
大きな力はただあるそれだけで、周囲に影響を与える。
彼が静かに過ごすことを望んでも、それは決して叶わないだろう。その時、彼がどんな行動を見せるのかベルベリオンは楽しみでしかたがなかった。
なんせ彼はセツナのファンなのだから。
あの日、あの時、大軍の前にたった3人で降り立った彼らは見たその時から。
さて時は今に戻り、その尊敬されし偉大なる魔術師セツナはというと。
「いやいやいや!違う違うから!確かに言ったよ。くっころ女騎士が好きって。それは言ったよ。だけどそれはさ、全部妄想なわけだよ。現実にそんな女騎士はいないわけで、うちの騎士団には男性しかいなかったからそんな夢を見ちゃったわけよ。だからこの女性をここに連れてきたのはオレじゃないから!そんな目で見るなリー助!」
誘拐の容疑をかけられていた。
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