第13話 気絶する女騎士

 ドンドコドンドコドンドコ。


 太鼓の音が夜の森に響き渡る。小人さんたちが何処かから持ってきた太鼓に乗ると、二人で交互に跳ねる事でこの音を奏でていた。


 その音に合わせながらオレと小人さんやクロは大きく燃え上がるたき火の周りを回る。木で組んだ櫓が思いの外よく燃えて立派な火を作り上げていた。


 「ウホッウホッ!」


 「ミー!ミー!」


 理性など今は無粋。獣の鳴き声を出しながら、先ほど作ったお祭り用の木の仮面を被って踊り狂う。


 『おい、貴様』


 「ウッホ!」


 『そうか。遂に畜生に落ちたか。哀れだな』


 「ウホー!」


 『どうでもいいが、先ほどそこの女が起きたぞ。貴様らの姿を見て、また直ぐに倒れたが』


 「また?気絶が好きだなレライアさん。騎士としてわきが甘いと言わざるを得ない」


 うちの騎士団なんて訓練中に寝たり気絶したらすぐに起こされて休むこともままならない。なにせオレの〈覚醒アラート〉があるから、絶対に起こすことができる。騎士達は何とか休もうと意識を落とそうとする。その結果、魔術への抵抗力も上がるから一石二鳥の素晴らしい訓練なのだ。やはり怠惰な気持ちは人を成長させる。皆も怠惰になろう。なお、オレの魔術にあらがえた騎士はまだいないけどね。鼻高々。


 『貴様らがそんな蛮族の宴みたいな事をしているからだろう』


 「やだなーレライアさん歓迎の宴に決まってるじゃないですかー」


 まあ、いつまでも宴の主人公が不在も味気ないということで、ほい。


 「〈覚醒アラート〉」


 「はっ!」


 レライアさんはすぐに目を覚まして体を起こす。


 「私は何を……。神獣様に出会ってからの記憶が曖昧だ……恐ろしい悪夢を見たような気もする……」


 「どうも、おはようございます」


 「キャーーーーーー!ごめんなさい!食べないで!」


 「えっ?人族って美味しいの?」


 『貴様は本当に畜生だな』


 冗談。冗談。


 オレは仮面を外すと優しい口調で話しかける。これでも女性に優しい紳士で通ってるからな。女性を落ち着かせて自分の家に連れ込むことなんて、簡単簡単。それどんな紳士?


 「落ち着いてくださいレライアさん。オレは無害な人物ですから」


 「……っだが!七狂の一人なのだろう?」


 「いや、違うと思います。自分からそう名乗ったこともないですし、人から言われたこともありません。人違いじゃないですか?世界には顔が似た人が3人居るって言いますし、きっと名前が同じ人なんて腐るほどいますよ」


 『現に貴様はこうして森の奥で腐っているしな』


 「そうそう存分に寝かせたから、きっと良いコクが出てるぞって、誰が発酵食品だ」


 『ふっ』


 「嘲笑!」


 言っとくけども、オレが腐っているならリー助も腐ってるからな。いつもそこに根を生やしたように動かない生物の癖に。クロとか小人さん達を見習って働いたらどうだ。


 「そ、そうか。いやきっと人違いなのだろうな。七狂がこんなに言葉や冗談が通じるはずないからな」


 七強やばい人たちじゃん。それが魔術師の最高峰って魔術師界隈終わってんな。一魔術師としてそんな奴らに頂点を取られている事に胸が痛むぜ。だれか


 これからは七強じゃなくて七狂って呼ぼう。そっちの方が合ってる気がしてきた。


 「すまなかった。早とちりして」


 「いえいえ、良くありますよね早とちり」


 オレも騎士団の廊下にカツラが落ちていたから、早とちりして急いで騎士団長室に飛び込んだことあるもの。てっきり騎士団長の私物かと思ったんだけど、しっかり頭の上に髪が鎮座していたね。「団長!頭大丈夫ですか!」と言いながら飛び込んだせいで、減給と拳骨をもらったけど。ちなみに落ちていたのはカツラじゃなくてタンブルウィードだった。やれやれ紛らわしい。


 さて、誤解も解けたことだし、宴の続きといきますか。


 オレは木の仮面をはめた。


 「レライアさんも一緒にどうですか?」


 「すまない。寡聞にして知らないのだが、その儀式は小人さんもしくはあなたの国に伝わるものなのか」


 「え?これ?いや、ただデカいたき火にテンションが上がっているだけだけど?」


 「…………そうか。元気が良いのだな」


 『遠慮せずとも、阿呆みたいとそう言っていいのだぞ』


 「うわぁ、リー助。斜に構えているのがカッコいいと思ってるタイプだ」


 『貴様はバカなことをするのがカッコいいと思っているタイプだな。程度が知れる』


 「わかってるわかってる本当は入りたいんだろう?自分に正直になろうぜ」


 『……とっと行け』

 

 オレはチラチラリー助の方を見ながら、櫓の方へと向かう。良いの?本当に良いの?「入れて」を言うなら今が最後のチャンスだぞ。



 ***



 「あの、彼がすごい振り返ってきますが、何か反応しなくても良いのでしょうか?」


 『良い。調子に乗るから放っておけ』

 

 私はおそるおそる神獣様に尋ねると神獣様はため息をつきながらそう答えた。


 神獣様が目の前にいる。祖母に聞いたあの姿にそっくりである。祖母の言う通りの何と神々しい姿か。深い叡智を秘めた瞳、雲海と見まがう毛並み。おそらく世間でファントムシープと言われている魔物はこの神獣様のことだろう。今度魔物扱いを撤回してもらうことにしよう。


 「神獣様はセツナ殿に随分と気を許しているですね」


 セツナ殿。七狂の一人堕眠のセツナと同名の人物でこんな森深くに住む変わり者の青年である。森深くに住んでいたおかげ七狂と同じ名前でも何のトラブルにあわなかったのであろう。


 一緒に暮らしているからか彼は神獣様にとても気安く接するし、無礼ともとれる言動をとる。


 『別に許した覚えはない。あやつが勝手にああいう態度をとるのだ』


 「…………なるほど」


 それを許しているとは言わないのだろうか。


 不思議に思ったのが顔に出ていたのか神獣様は顔をじっと見つめてくる。そして嫌そうな顔で口を開く。


 『あいつがここに来たのはつい最近のことだ』


 「はぁ」


 突然何の話だろうか。


 『奴が突然我の体に触れた時、寒気がした』


 「突然触られたら、それはびっくりしますよね」


 『…………はぁ、相性もあるが、我ではあいつには敵わん』


 「…………は?」


 『気を許しているのではない。あやつの勝手を止める術を我は持たないだけだ』


 「…………………………は?」


 私は神獣様が何を言っているのか理解できなかった。


 それはつまり。そういうことになるのだろうか。


 私の意識はそこで途絶えた。


 

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