第2話 発見

 あれからどれくらい歩いただろうか。時折来る魔物の襲撃をかわしながらオレはとにかく進み続けた。獣道もなく、オレが歩んだところが道になる状態だ。さらにさっき気づいたのだが、振り向くとその道が綺麗に曲がっていることがわかる。


 なるほど迷った原因はこれか。まっすぐ歩くって意外に難しいんだな。


 こういう時に焦るのは素人だ。人生迷子で終始迷走しているオレレベルとなるとこんな状況だって焦りもしない。物理的迷子でオレを困らせることができると思ったら大間違いだ。木の根元に座ってピクニック気分でお弁当だって食べちゃう。


 今日のお弁当はこちら!じゃじゃん!サンドイッチ。朝早くから仕事に出る人たちのために出店している屋台にて購入したこの一品。何の肉か聞いたら笑って答えてもらえなかったこの一品。いただきまーす。


 うん、あれだ。えー、パンと肉の味がします。まずくはないです。どうやらオレに食レポのセンスはない。


 ガサガサガサ


 また茂みが揺れる。


 もう!今度はなに。昼食を妨げるなんてマナー違反だぞ。


 「ミーーー!」

 「ミー!」

 「ミミーーーーーー!」

 「ミーミミー!」


 続々と茂みから現れたのは妖精族の小人さんだ。ちなみに小人さんまでが正式名称。それ以外で呼んでも反応してくれない。小人でも小人様でもだめだ。幼い子供のような姿をしていて身長はだいたい成人男性の手のひらのぐらい。群れをなして行動している。


 小人さんの特徴として恩返しと怨返しがある。恩には恩を、怨みには恨みを返してくる。とても苛烈に。どっちもだいたい5倍返しぐらいで返ってくる。だから普通の人は関わらない。怨返しの5倍が怖いから。直接的な戦闘力はほとんどないが、その体の小ささと集団の力で追い詰めていく。


 有名な話がある。あるところに小人さんを騙して盗みをはたらかせようした男がいた。盗みを行う前にそれはバレてしまったのだが、ここで怨返しが起きる。その男の家は一晩でなくなったらしい。男が寝ていたベッドを残して、家ごと全てなくなってしまったらしい。


 ちなみに元来心優しい小人さんたちなので、相手を殺したり怪我させたりしたという報告はない。


 「「「「ミーー!」」」


 「おおう、何だ何だ」


 突如として集団でオレに向かってくる。サンドイッチが欲しいんか?でも残念もう食べちゃったんだよ。だから恨まないでね。


 いや、小人さんは震えて怯えている。


 遅れて気づく。


 「囲まれてるな」


 木の上に怪しく光る複数の目。


 嗤いながら現れたのはデビルリーエイプ。全身が短い体毛で覆われた小柄な体躯の魔物。自分より弱い魔物を食うためではなく虐めるために襲うと言われている。


 「小人さんたち。とりあえずオレのカバンの中に」


 オレはひざまずく肩からかけたいたバックに小人さんたちを誘導する。ミーミーいいながら入っていく小人さん。そしてデビルリーエイプを警戒しながら立ちあがる。


 「………」


 オレは再びしゃがむと肩にかけていたカバンをオレと腰かけていた木の間に置いた。


 ふう。重かったー。意外に小人さんたち重かったー。肩外れるかと思った。


 オレは立ち上がると肩を回しながらデビルリーエイムを見据える。なんだか今から拳で戦おうとしているようなムーブだが、もちろんさっき痛めた肩の調子を確かめているだけである。


 うん、正常に動くな。


 「いいか。デビルリーエイプ。残念だったな。小人さんたちはもうオレの胃袋のなかだ。だからここにいても何の意味もないぞ」


 オレは体でカバンを隠しながら手を広げてどこにもいないことをアピールする。


 ふっ、所詮はエイプどもよ。見えないということを無いと判断するだろう。くはは、これが人間様の知恵よ。


 ベチャ


 「……」


 オレは頭に手をやる。腐った果実だ。臭い。


 「キー!キッキキキー!」


 嬉しそうにハイタッチするデビルリーエイプ。


 こ ろ す 


 はっ!危ない危ない。オレも獣に身を落とすところだった。まんまるなさついだったお。


 まあ、いい。


 噂どおり、こいつらには悪意しかないことがわかって良かった。


 オレは右手に魔法陣を構築する。一番遠いエイプは、あいつか。範囲指定はあそこまでだな。


 「〈眠れる空間スリーピングルーム〉」


 ぶわっとオレの魔力が空間を走った。


 眠るデビルリーエイプたち。


 ぼとぼととまるで腐りかけの果実のように木から落ちる。安心せい峰打ちじゃ。


 オレはカバンを空けて小人さんを出してあげる。


 「終わったぞ」


 「ミ!ミー!ミミミーミ!」


 小人さんは倒れ伏すデビルリーエイプを見て安堵の表情を浮かべる。そしてオレに頭を下げたり、オレの周りをくるくる回ったりしてオレにお礼を伝えてくれる。


 悪くないな。うむ、くるしゅうないぞ。


 「ミー!ミミ!」


 オレの足を引っぱってどこかに連れて行こうとする小人さん。もしや恩返しか。金銀財宝ざくざっくか。オレは仕方がないなぁという表情を浮かべながら、小人さんに先導されるままについていく。


 いや、別にお礼はいらないんだよ。ただ小人さんがついてきて欲しそうだからついていくだけ。


 そしてたどりついたのは小川だった。


 「ここに何があるんだ?」


 「ミ?ミーミー?」


 「あ、はい、だよね。頭洗った方がいいよね。腐った果実ぶつけられたもんね。うん、ありがとう!」


 オレは早速、頭と手を洗った。綺麗な水だ。オレの汚れた心まで綺麗にしてはくれないだろうか。


 「ミー♪ミー♪」


 小人さんも楽しそうに川の水面をばしゃばしゃ叩いている。


 川にせり出すように伸びる木の枝にも小人さんが。あそこから飛び込むのかな。危ないぞー。


 いや、違う。植物のつるを結んで木の枝から垂らし始めた。そうか。ぶら下がる勢いで川に飛び込もうというんだな。


 小人さんは普段こんなことをして遊んでるいるのか。可愛いなぁ。


 「ミー♪」


 ん?どうしたの?眠っているデビルリーエイプなんて連れてきて。


 ん?どうしてデビルリーエイプをツルに結びつけるの?


 …………………………。


 「なるほどこれが怨返しか」

 

 川の水面ギリギリに逆さまにつるされたデビルリーエイプたち。今は眠っていて微動だにしないが、この状態で起きたらどうなるだろうか。おそらくパニックになって暴れ、木の枝はしなり、水に浸けられるだろう。そしてしなりでまた川から上げられ、浸けられを繰り返す。それなんて拷問?


 子供の躾には小人さんの話をすればいいと思いました。


 オレはそんな小人さんたちから目を逸らし、近くの小人さんに話しかける。


 「そういえば小人さん」


 「ミー?」


 「この辺で大きな羊の魔物を見なかった?」


 「ミー!」


 「え、見たの!?」


 「ミミー!」


 「そこに連れてもらえたりは……」


 「ミー!」


 オッケー?よし!


 小人さんは早速、連れて行ってくれるようだ。他の小人さんもツルが切れないように丹念に巻き付ける作業をやめて先導してくれる。やりきった笑顔が怖いよぉ。



 ***



 「本当にいた」


 歩くこと1時間。少しだけ開けた土地にそれは鎮座していた。


 それは純白の塊。森の中だと言うのに土の汚れなどは一切なく、白い輝きを放っている。あれがファントムシープ。


 ただこちらからは毛しか見えず、顔がどこにあるかもわからない。だから、今あの魔物がどういう状態なのかはわからない。寝ているかもしれないし、起きているかもしれない。機嫌が良いかもしれないし、悪いかもしれない。


 だがオレはその羊毛にふらふらと近づいていく。


 「小人さん、ありがとう」


 オレはそれだけ呟いた。


 得体の知れない魔物に近づくなんて、自殺行為も良いことだろう。だが男には勇気を出さなければならない日がくるのだ。オレはそれが今日だった。


 いざ。


 オレは期待に胸を膨らませてその毛に触れた。


 「ッ!」


 もはや柔らかいかどうかもわからない。その毛は何の抵抗もなくオレの手を包み込んだ。まるでそれが自然であるかのように。オレの想像を遥かに超える触りごこち。


 オレは我慢できずにその羊毛に向かって飛び込んだ。


 「……ぁ」


 微かに声が漏れる。まるで本当に浮いているかのような心持ち。身体のどこにも体重はかからず、ほのかな温かさが全身を包み込む。天国はここにあったんだ。


 そんな思考も一瞬。


 オレは眠りへとついた。争うことができない眠気におされて、深い深い眠りへと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る