第3話 ファントムシープ

 「なあ、一緒に戦争止めない?」


 「……何をバカなこと言ってやがる」


 「は、離してくれ。僕には何の関係もないだろ……」


 がらんとしたバーで3人の男たちいた。一人は黒髪の平凡な顔立ちをした青年。一人は大柄な禿頭の男性。一人は銀髪を目元まで伸ばした少年。そんな何の繋がりもなさそうな男たちが集まって机を囲んでいた。銀髪の少年はじたばたと逃げようとしているが、黒髪の青年が肩を組んで離さない。


 「だって、このままじゃ負けるだろこの国?」


 「そうだろうな。軍事力が違い過ぎる。戦いにもならん」


 「みんなそんなことわかってる。だ、だけどそれは僕たちが戦争を止める理由にはならない」


 「ああ、俺ならそんな面倒なことをしなくても、逃げる方が簡単だ。それはお前もそこのやつも一緒だろ」


 「もう、お馬鹿どもめ。罪のないこの国の人たちを守ろうという気概はないのかね」


 やれやれと青年は首を振る。その発言に二人はしらけた目を向けた。


 「何だその目は、この正義の使者に向かって」


 「正義の使者なら嘘をつかずに本当のことを言えよ」


 「正義の使者は引きこもりの学生を戦争に引っ張り出そうとしない……」


 「うぐっ」


 黒髪の青年は目を泳がし、下手な口笛を吹く。そんなものでごまかされるわけもなく、二人の視線は厳しいままだ。青年は一つため息をつくと正直に戦争を止める理由を言った。


 「戦争を止めないと……オレの注文した特注の高級枕が作ってもらえないんだよ……!」


 当然、戦争で寝具店の人もそれどころではなかった。


 「「解散」」


 「待て待て、お前たちにも利点はあるはずだ。このバーだって折角夢をかなえてオープンしたのに荒らされたくはないだろ。それにバーはお客さんがいてこそだ。お客さんを守ろうぜ」


 「む……」


 「お前だって集めたコレクションを守りたいだろ?逃げるにしたってあの量は持っていけないし。それにお前が好きな絵師さんはこの町在住だろ?お前が守らなくてどうするんだ。あの素晴らしい文化を」


 「むぅ」


 その青年の言い分に思わず考え込む2人。3人ともろくな理由じゃなかった。


 「だとしてもだ、流石の俺でもあの人数の軍隊を相手にするのはきつい」


 「ぼ、僕も、僕の魔術は攻撃向きじゃない」


 「わかってる。だから軍隊はオレが片付ける。だから二人はオレの防衛とその後の嫌がらせの手伝いをしてほしい」


 その大言壮語にも覚える発言に二人は、じっと青年を見つめる。青年は自信満々な表情を浮かべている。少し間を開けた後、二人は同意を示した。


 「わかった。お前の提案にのってやる」


 「止めらなかったら、君が責任をとってくれ」


 「ああ、わかってるわかってる。任せとけ」


 そう言って三人は立ち上がる。そしてバーの出入口へと歩き始めた。大した装備もつげずに、まるで普通に遊びにでかけるように。


 「無職と引きこもりと戦争を止めに行くなんて、オレもバカな決断したもんだ」


 「ひ、引きこもりも、アル中よりまし」


 「はいはい、言い争わないの。どっち目くそ鼻くそなんだから。社会復帰に向けて頑張ろう!」


 「うるせえニートがこっちは仕事してたんぞ」


 「うるさい穀潰し僕はちゃんと学生」


 「「だからお前が一番人間社会に組み込まれていないクソ」」


 「言い過ぎじゃなあい?」


 そんな雑音を残しながら、バーのドアはバタンと閉まった。



 ***


 「ふがぁ」


 オレは頭への衝撃で目を覚ました。いてて、なんだよこっちは気持ちよく寝ていたのというのに。ん?眩しいな。オレの部屋には朝に日光が入るような窓はないはずなんだが。あくびをしながら目を開ける。


 どアップの羊の顔があった。


 「……」


 瞬きをする。寝ぼけてるのかな。オレは目を擦ってもう一度見た。


 目の前に羊がいる。


 思い出した。オレはファントムシープの毛の中で寝てしまったんだった。邪魔だから体から振り下ろされたのだろうか。


 オレはファントムシープの顔をまじまじと見る。真っ白な毛とは対照的に顔は黒く、何だか瞳には理知的な光をたたえている。オレの気のせいかもしれないが、驚いたような表情をしているようにさえ見える。


 『貴様、何故生きている』


 そう聞こえた気がした。


 「……え?今、もしかして喋ったか?」


 『質問に答えよ』


 「うお、喋っとる」


 明らかに目の前のファントムシープが喋っていた。全体的に可愛いらしいフォルムなのに可愛くない渋めな声で話しかけてきた。なんかもやっとするな。

 

 「何で生きているなんて言われても……そんな哲学的なこと考えたことないな。しいていうなら気持ちの良い睡眠を求めて?」


 『違う。我もお前とそんな答えの出ない問答をしたいわけではない。寝続けたお前が何故そうもピンピンしているのかと聞いているのだ』


 「ほう、7日も……え?今7日って言った?」


 『7日だ。お前が無作法にも我の身体に飛び込んでから7日がたったのだ』


 「そんな眠り続けていたのか……流石のオレでもそんなに寝たことはなかったな」


 最高で丸一日だ。なおこれは眠ってから一度も目を覚まさずに眠り続けた最高記録だ。ちなみに誤解なきよう言っておくが、ごろごろし続けた時間の最高記録はもっと長い。7日なんてゆうに超える。あまりオレを舐めないでいただきたい。


 『当たり前だ。我の毛は一度触ったら最後、そのあまりの快適さに眠りに抗うことはできぬ。天にも昇るような気持ちで天に昇るだろうな』


 「お前、超危険生物じゃん」


 『失礼な。お前ではないリーヴェルトだ。リーヴェルト様とそう呼べ』


 「悪かったよリー助」


 『リー助!?なんなのだその間抜けの響きは!我の名前を勝手に変えるのではない!』


「ケラケラ(笑)」


 『ケラケラ笑うな!』


 すごく偉そうだが、見た目が羊すぎて話が入ってこないんだよなぁ。これで声が可愛いかったら偉そうな喋り方と羊の外見と相まって人気が出るだろうに。何で声が渋いんだよ。反省してほしい。


 『ええい、いいから答えるがいい。何故死んでいない。どうやって眠りに抵抗して生きながらえた』


 「いや、さっきまでちゃんと寝てたぞ」


 『ならばどうして生きている。貴様、人族だろうに。他の人族はだいたいこれくらいの時間を空ければ死ぬはずだが』


 「ああ、そりゃ簡単だオレの魔術のおかげだな」


 『魔術?』


 「ああ、オレの魔術〈完璧な睡眠フローレススランバー〉のおかげだ。この魔術は全ての生命活動を睡眠で代替することができる」


 『なんだその滅茶苦茶な魔術は!?』


 「ほら、オレ長いこと無職だったからお金がなくてさ、こんな魔術を開発するしかなかったんだ」


 『働け人族。新しい魔術を開発する方が大変だろうに』


 「まさか魔物にそんなこと言われる日がくるとは。人生は何がおこるかわからないな」


 この魔術は空腹感とか口渇感とかも消えるから、長時間ごろごろとだらけたいときに、わざわざ水や食べ物を摂取しなくて良くてすごく重宝している。


 『……まあいい、貴様が生きている理由はわかった。それで貴様はどうする』


 「どうって?」


 『当然、ここに来たのは我のこの美しい毛を狙ってのことだろう?我を捕まえるか?それとも危険生物として殺しておくか?』


 「確かにお前の体目当てできたわけだが」


 『言い方』


 「オレ個人で欲しいだけだからな。捕まえるなんてそんな面倒なことはしないな。そういう仕事をしているわけでもないしな」


 オレの仕事はハンターでも畜産の仕事でもないからな。しかしこの毛を取っても触ったら眠っちゃうんだから利用するのは大変そうだな。布にでもくるめば効果は軽減するのだろうか。


 ん?仕事?


 …………はっ!もう休日がとっくに終わっている!


 やばいな。無断欠席しすぎて、次そんなことをしたら減給どころじゃすまないと言われてんだよな。何より上司が怖いから、普通に怒られるのが嫌だ。


 いや、まてまて。落ち着けまだ7日も経ったとは決まったわけではない。この魔物が言っているだけだ。


 「な、なあ嘘なんだろ!7日も経ったなんて。実はほんの数時間なんだろ。自分の毛をすごいものだと思わせたいだけの嘘なんだろ」


 『ええい、うざったい。顔にすがりつくな。嘘ではない。たしかに体に異物が入り込んでから7回夜がきて明けた。嘘だと思おうならそこの小人さんとやらに聞いてみるとよい』


 「小人さん!」


 オレは一縷の望みをかけて、リー助に言われるがままに振り返った。純真な小人さんなら正直に話してくれるはずだ!





 家があった。


 振り返ると家があった。


 あんなにたくさん生えていた木が伐採されて、ひらかれた土地に大きなログハウスが立っていた。


 「リー助って移動したりした?」


 『いいや』


 「ミミ―!」


 「やぁ小人さんいい家だね。みんなで住むのかな」


 「ミーミーミミ―」


 『貴様に上げるそうだ』


 「なるほど」


 図々しいの体現者である流石のオレでも、恩返しが重すぎて胃もたれしそうだった。


 

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