第9話 明らかになる真実
スタンピードは無事に去った。
王都の西に位置するいくつかの村や町は魔物の通り道として壊れてしまったところもあったが、民が皆無事なので、復興も早いだろう。もちろん国から災害支援でお金や物資、人も派遣される。
王都はというと、少し手前の街道から、やってきた魔物たちの道を逸らそうと配置した魔道具を起動させたところ、上手いこといったようだ。
逸れずに進んでしまった魔物は西門に用意された、魔法力が込められた砲撃で一掃することが出来た。
それもこれも、イエリとローベルトのおかげだと、両伯爵家には報奨としてたくさんの金品が贈られた。
助力を請われた公爵家は、なんの貢献も出来なかったので、当然名声値は上がりも下がりもしなかった。
いや、公爵家の婚約者は砲台3つ分の魔法力しかないという話が漏れたことから少し下がったかもしれない。
騒ぎが収まった頃、公爵家のジンナムは、イエリの家にやってきた。
「急にいらして、いったい何用です?」
「これは、こんなところでお目にかかるとは。公爵令息殿。」
ベッカー伯爵家で、イエリとローベルトがジンナムを出迎えた。
急にやってきて二人がいる応接間に乗り込んできての会話なので、出迎えて、はいないのだが。
「なんだ、貴様もいたのか。」
「あらぁローベルト様っ」
「あなたも、いきなりなんなの? シュナ。」
ジンナムの後ろから、従姉妹もご登場だ。
二人は、『婚約者入れ替え大作戦』を実行しに来たのである。
「ジンナム様はお姉様にご用があるのよ? ローベルト様はこちらへいらして。」
「いや、遠慮するよ。」
あっさり断られるシュナだった。
しかしその場でジンナムに強くにらまれ、シュナは何とかローベルトを連れ出そうとする。
「お姉様といるより、私といたほうが楽しめますわよ?」
「いや、結構だ。」
「っ、ほ、ほらぁ……ね? どうぞ?」
何がどうぞなのか説明すると、お気づきと思うがお色気大作戦である。
シュナはローベルトに向かって胸を両手で持ち上げて見せたのだ。
「シュナ、あなたね……」
「やだぁお姉様、またそうやって邪魔するんだから。どうしていつもそうなの? 私がよっぽど羨ましいのかしら?」
「あなたの何も、羨ましいと思うことはないけれどまあ何でもいいわ。とにかくその醜いものをしまいなさい。」
「み、醜いですって?!」
イエリは服からはみ出すぎたシュナの胸を押し返した。
「だいたいあなた、こんなところで遊んでいる暇はないんじゃないの? 聞いたわよ、砲台3つ分の魔法力って。噂になっているわ。」
「なっ……!」
「公爵家に嫁ぐならもっと鍛錬するなりしておいたほうがいいのではなくて?」
シュナがローベルトに手を出そうとしたことで少なからず頭にきているイエリは、今一番話題にしたくないだろうことを言ってみた。ジンナムもいるのだから。
「ああ、それはいいんだイエリ。」
「は?」
「シュナはもういいんだ。」
「そうなのですか?」
魔法力なんてなくても愛してるよ、とかそういうことかな?と推測するイエリ。
「真実の愛、というやつですね。よかったです。」
「おお、おお! そうか、わかってくれるか!」
「え? あ、はい。まあ。」
平民と次期公爵の、身分を超えた真実の愛ってことなのだろうと、イエリはそう言ったのだが、その言葉に食いついてくるジンナム。
「ならばらすぐに、婚約式をしようではないか。前の時は、あまり豪華に出来なかったからな。」
「あ……え、え?」
イエリの手を取って見つめるジンナム。イエリは頭にハテナを浮かべ困惑した。
すると、それを見ていたローベルトが秒でジンナムの手を叩き落とした。
「なっ!!」
「お控えください。彼女は私の婚約者ですよ。」
「な、何を言う! 今イエリが言ったではないか! 私と真実の愛を――」
「えっ、あ、や、やだ! 違う、違います! あなたとシュナが、身分差を超えた真実の愛を見つけたんだろうと!」
「何? 違う? ……ん? 身分差とは? 伯爵令嬢なら公爵家に嫁ぐことは可能だろう。」
「知ら、ないのですか?」
「な、何がだ。」
「シュナは平民ですよ。」
「なっ――」
「はあ?!」
なんだ騙されているほうだったのか、とイエリはシュナが平民だということを暴露した。
それに食ってかかるシュナ。目がつり上がっている。
「何言ってるのよお姉様! 私は伯爵令嬢ですわよ?」
「あなたこそ何を言っているの? お父様の、亡くなった弟、叔父様の再婚相手の連れ子でしょう? なぜあなたが伯爵令嬢なのよ。」
「私のお父様は、伯爵家の次男だったわ!」
「育ての親はそうかもしれないけど、血の繋がりはないわ。叔父様が最初の奥様と別れてからきた後添えさんの、前の夫の子供よ。」
「えっ、そ、そんな……? お姉様、また私をそうやって騙そうとしているのね?!」
「騙してなんかいないわよ。お父様にも聞いてみたらいいでしょう。それに、お父様が伯爵位を継いだ時に叔父様は家を出たのよ? 伯爵家の次男に生まれたけれど、その時点で身分は平民。ご自身に叙爵されていないのだから。せめて家に残っていたら、違ったのだろうけどね。」
「そっ、そんなこと……」
シュナはイエリの言うことが信じられない様子だった。ろくに教育を受けていないことからか、その辺りも曖昧で。父親が伯爵家の人間なんだから自分は伯爵令嬢だと思っていたようだ。
「お前は……っ! どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ!! 平民だと?! イエリの妹ではなかったのか!! なんということだ! 高貴な公爵家に平民を迎え入れるところだったではないか!!」
「なっ、違います! 私は伯爵令嬢――」
「違うものか! イエリが言う通り、伯爵家の次男が家を出ているなら自分で功績を上げて叙爵されないかぎりただの平民だ!その娘なら、後妻だなんだを置いておいてもお前も平民だろう!!」
「そっ、そんな……」
ジンナムが言うことで、それがほんとうなのだと理解したシュナ。伯爵令嬢として貴族世界でキラキラと輝いていたはずの自分が、平民……。こんなに悔しいことはなかった。
「お前は……どうしてくれる。私の婚約者が平民だったなどと知れたら……。いい笑いものではないか! 今すぐ私の前から消えろ!!」
「なっ、酷いですジンナム様! 私は散々あなたにご奉仕したではないですか?!」
「奉仕? 奉仕とはあれか、胸で顔を挟んでぱふぱふするだけのあれか? 私の上にまたがって腰を振るだけのあれか? ハッ!あんなもの奉仕でもなんでもないわ!! ほかの女たちはもっとすごい技をたくさん持っていたぞ!!」
「っ……!」
少々下品だが、娼館の女たちの妙技を、腰を振りながらシュナに説明するジンナム。
体を使って上手いこと操れていたのはそれこそ始めだけだった。シュナはただたんに仕事を押し付ける婚約者でしかなかったのだった。
「とにかく、お前にはもう用はない。ああ、でも我々を騙したこと、それと我が家の評判を落とした罪は重いぞ。慰謝料を払ってもらうことになるだろうから用意しておけ。」
「い、慰謝料って?!」
シュナは思わずイエリに向いた。ベッカー家に払わせようとでもいうのだろうか。
「うちは関係ないわよ? 自業自得なのだから、自分でなんとかなさい。」
「そ、そんな……!」
シュナは顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。
イエリは、同情なんかしない。むしろざまあみろ、くらいに思っていた。
「それはそうと、本題なのだが。」
「本題?」
「貴様さっきはよくも私の手を払ったな」
「ああ、そのことですか。」
なんともなしに言うローベルトに苛立つジンナムがつっかかる。
「伯爵家如きが! 公爵家に逆らうか! さっさとイエリと婚約を解消し、あと暴力を奮ったこと謝罪しろ!」
「あなたは、自分が何をやっているかわかっているのか?」
「は、はあ?!」
「あなたのために働いていたイエリ嬢を疑い、平民のシュナさんに唆され婚約破棄。その後やっと彼女の素晴らしさに気づいたからやっぱり婚約しようなどど……しかも今はもう我が婚約者殿なのですよ? 婚約者がいる者に言い寄るなど恥も外聞もないのか?」
既婚者はもちろん、婚約者のいる者に手を出すのは貴族階級ではご法度だ。裁かれる法はあるし、逃れても貴族連中からつまはじきにされる。
例えば一緒に事業をやっていたり、仕事の取引先だったり、関連事業だったりで付き合いのある家から総スカンを食らうのだ。そうなったら家は立ち行かない。
つまり、ローベルトと婚約しているイエリに手を出すということは、伯爵家公爵家関係なく、手を出したものの家の存続が危ないのだ。
さすがに、一応とはいえひと通りの教育を受けているジンナムは、マズい、と顔色を変えた。
「そ、それでもイエリがお前より私を選ぶなら、も、問題ないだろう。」
「まあ、それはそうですが。」
ローベルトは、ちらりとイエリのほうに目をやった。
「イエリ! 私と――」
「お断りします。」
「ふっ……。」
必死の形相でイエリに向き直り、婚約を申し込もうとしたのを遮られ断られるジンナム。その速さに、思わず吹き出したローベルトだった。
「ふふ……。この話はここで終わりでいいですね?」
「よ、よくないだろう!」
「では、何があったかを書面に纏め王宮に提出させていただきますね。」
「なっ!」
「こ れ で、終 わ り で い い で す ね?」
「ぐっ……」
ローベルトに威圧され何も言えなくなってしまうジンナム。
本人の意志を無視して婚約者を奪おうとしたことが公になればお家解体の危機だ。
これ以上話はない、とローベルトは伯爵家の護衛や執事と共にジンナムを追い出すのだった。
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