第8話 慌てる従姉妹は砲台3つ

シュナは慌てていた。王都の警備を強化するために、もう既にイエリが行動しているのを掴んだのだ。

その話は昨夜、イエリが父であるベッカー伯爵に、王都だけではなく西側に位置する町や村を回るという話をしていたのを盗み聞きして知ったことだった。


イエリはローベルトと共に、今朝西に向かった。


そもそもの町の装備では、王都とは比べ物にならないのでスタンピードを止めることは不可能なのだ。

仕方なく、魔物が通ると予測できる地域の人々には避難してもらうよう呼び掛けることにした。



そしてイエリがいない間に、シュナはジンナムの家に行ってスタンピードが起きる可能性があると話し出しす。



「なんだ、出来るではないか! ようやく私の出番か。さっそく、なんとかしてこい。」



あまりにもシュナが何も出来ないからと疑っていたジンナムだったが、今回のスタンピードを予測したおかげか、その疑いはいずこかへ飛んでいったらしい。


今まではいつの間にか行動して結果を出していたシュナ。ジンナムは、今回もシュナが勝手になんとかすると思っていた。

しかしシュナは、出番と言っておきながら丸投げするというジンナムの言葉に驚き、顔色を変えた。



「お、王都の警備は、何とか強化しておりますわ。」


「そうか。引き続き励めよ。」



まるで他人事である。


シュナは今回も、すでにイエリが動いていることから、それをそのまま手柄にしようとしていた。


しかしこの後、王宮から公爵家へ援助の依頼が届き窮地に立たされることになるシュナだった。







「魔法力を貸してほしい、ですか?」


「そうだ。警備の強化はしているが、設置する魔道武器の魔法力が足りないそうだ。我が家は魔法力でも国に貢献していただろう? ちょっと行って出してこい。」



王宮からの使いは、警備の強化を提案したイエリの魔法力を当てにしていたが、西に行ったイエリはしばらく帰らない。ならば功績がある公爵家に頼もうということで、西門から兵士がやって来た。



「一緒にいらしてください。」


「そんな……私がですの?」


「それはそうだろう。お前は私の婚約者なのだから。」


「……わ、わかりましたわ。私におまかせくださいな。」



ここは行くしかないようだったので、シュナは言う通りにした。

イエリにできる事なら自分にもできる、とまだ思っているようなところもあったので、意気揚々と出掛けて行った。



王都の西門に着くと、城壁の上に案内された。

そこには、魔導武器である砲台がずらりと並んでいた。いろいろと種類はあるが、すべて魔法力を溜めておいて撃つものだった。



「これ、全部ですの?」


「いくつかは出来ています。こちらから端までをお願いします。」



端まで、いったいいくつ並んでいるのか、10や20では足りないようだ。



「わかりましたわ。いきます!」



そう言って魔法力を魔導武器に注ぎ始めたシュナ。


3つほどフルで力を溜められたようだが、そこでもう力尽きた。その様子を見て、付き添いの兵士たちは頭を抱えた。



「なんだって3つでもうヘバるんだ?」


「公爵家の人なんだよな?」


「婚約者って聞いたぞ。」


「……も、もう無理ですわ。」



4つ目に手を掛けたところで、ついにギブアップしたシュナだった。





「なんだと? まったく役に立たないだと?」



報告を受けたジンナムが西門へやって来た。どうやらだいぶ怒っているようだ。


自信満々に出て行ったシュナだったので、いつも通り知らぬ間に準備して解決して、それが自分の功績になると思っていたジンナム。



「シュナ! いったいどういうことだ! 言われたことができないなんて、これでは私の評判まで落ちてしまうではないか!」


「そんなこと、言われたって……私は精一杯やりましたわ!」


「精一杯やって魔導武器3つだと?! そんなはずなかろう! それくらいなら私でもできるわ!」


「でしたらご自分でなさったらいいのではないですか?!」


「なんだと?! お前の仕事だろう! お前がやれ!!」



言い合っている二人と、それをどう収めたらいいのかわからない兵士たちの元に、伝令がやって来た。


ベッカー伯爵家のイエリ嬢が戻った、と。



「なに? イエリだと?」


「そうです。もともとここの警備強化はイエリ嬢が言い出したことで。お出かけになられていたようなので公爵様のところへお伺いしたのですが、イエリ嬢が戻りこちらへ向かってくださっているそうです。」


「……どういうことだ。警備強化はこのシュナが言い出したことだろう?」


「いいえ? そちらのご令嬢には初めてお会いしました。」



シュナは魔法力が尽きてぐったりしている状態だが、話を聞いてマズい、と青ざめている。

それがその通りなのだから、嘘をついたシュナの自業自得だが。



「シュナ! お前は、嘘をついていたのか?! 今回だけではない……おかしいと思ったんだ。以前とはあまりにも違う……。すべては、お前でなくイエリのやっていたことだったのか?!」



シュナは何も答えない。答えられないのだ。うつむき、悔しさに震えていた。


その様子を見たジンナムは、すべてを悟った。



「くそっ、このままだと私の功績がすべて無になってしまうではないか! どうしてくれよう!」



無能だと思ったイエリが有能で、シュナが実はうそつきの無能だということに気づき、ジンナムはシュナに詰め寄る。



「そんなの……じゃあまたお姉様と婚約すればいいじゃない。」



シュナはヤケになっているのか、もうどうでもよさそうに、そう言い放った。



「バカを言うな! イエリはーー」


「そう、そうよ。そうすればいいんだわ。」


「な、なんだ」



ジンナムがそんなこと有り得ない、と言う前に、とてもいいことを思いついたと言わんばかりにシュナが遮る。

シュナは、笑顔をジンナムに向けて、手を取った。



「そう、そうしましょう? ジンナム様は、お姉様と再度婚約を結ぶの。そうすれば、名誉回復になりますわ。ああ、ローベルト様がいるっておっしゃりたいんでしょう? 大丈夫です。私がローベルト様をお姉様から引き離しますのでそのうちにどうぞ。」


「何? ……そうか。確かにイエリと婚約してまたいろいろやらせれば、私の名誉は回復する、か。」


「そうですわ! 大丈夫です。ジンナム様とまた婚約できるなんて、きっとお姉様もとても喜びますわ!」


「そうだな。そうすることにしよう。」



シュナの嘘に翻弄されイエリと婚約破棄したのに、またシュナに惑わされてイエリと婚約しようとしているジンナム。

いったいどういう思考回路をしているのか非常に謎である。





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