第4話 街で遭遇

婚約が成立してから、何度か互いの家で会ったり町でデートしたりと仲を深めているイエリとローベルト。


この日も、流行りのケーキを目的に町に来ていた。



「これは、すごいわね。」


「ああ。パイを重ねて……間にクリームとフルーツを挟んでいるのか。」


「あっねえ、この間話した水の魔法式の間にいろいろ挟めるんじゃないかしら。」


「そうだ、そうだなイエリ! すごい発見だよ!」


「あとで研究室にお邪魔していい?」


「もちろん。試してみよう。」



二人は昔、よく魔法の話をしていた。イエリもローベルトも、とても魔法力が高く頭もいい。幼少期から、新しい魔法式を作れないかな、などと言っていろいろ試したりもしていた。危ないので子供のうちは禁止されてしまったが。


ジンナムとイエリが婚約してからは、イエリがせっかく貴族学園の魔法科に入ってこれからという時にローベルトが留学してしまった。やり切れない想いを抱えたままだったが、仕方がないと気持ちを切り替えた。


この婚約が成ったことで、その時に蓋をした気持ちを解放することができた。



「ローベルトは、ジンナム様の魔法力についてどう思う?」


「なんだ、気になっているのか?」


「まあ、もう関係ないけど、こんな形で婚約破棄されて少しは頭にきているのよ。」


「そうか……。」


「だから彼らが痛い目見ればいいな、と。」


「ふっ。それは面白そうだな。ジンナム殿は大した魔法力もない。シュナさんもだ。今までイエリがやっていたことは、魔法力が多くないと出来ないこと、そして非常に稀なスキル『先見《さきみ》』だ。それらが無くなった今、公爵家もジンナム殿も、下降の一途を辿るだろう。」


「ふふっ、そうよね。」


「さて、そんな公爵家がどう出るか、楽しみだな。」



二人は悪い顔で公爵家の行く末を安んじた。



美味しいケーキを食べ終わり紅茶を飲んでいた時、店の入口の辺りが騒がしくなる。

何事かと目をやると、シュナとジンナムが入店したらしい。公爵令息の来店に慌てている店員が見えた。



「さっさと案内しろ。」


「も、申し訳ございません。ただいま満席でして……。」


「満席? もしかして私を待たせる気か。」


「いえっ、あの」


「早く食べたいですわ。」


「我が家は公爵家だからな。待つなんてありえん。すぐに食べれるぞ、シュナ。」


「素晴らしいですわ。さすがジンナム様っ」


「ははは。さあ、早く案内しろ。」



こんなところで権威を振りかざしていったいどうするのか。町には町のやり方がある。待つのが嫌なら貴族デリバリー専用の店に頼むなりシェフやパティシエを呼んで家で作らせればいい。まったくマナーのなっていないジンナムだった。



「面倒なやつが来たようだな。」


「そうね。出来れば会いたくなかったわ。」


「あら? お姉様?」



しかも見つかった。

イエリがちょうど入口に向いた時、シュナがそちらを見たのだった。



「まあまあこんなところでお会いするなんて。私はジンナム様とデートしておりましたのよ? たくさんのドレスを買っていただきましたわ。」


「そう、よかったわね。」


「イエリか。こんなところで会うとはな。」


「ご無沙汰しております。」


「ねえ、お姉様……、こちらが、ひょっとして?」



何故か頬を染めてイエリに聞いてくるシュナ。シュナの示した先には、ローベルトが座っている。



「ええ。婚約者のローベルト様よ。昔あなたも会ったことあるでしょう。」


「まあまあまあ! なんてこと……! ローベルト様ですの?」


「ああ。久しぶりだね、シュナさん。」


「こんな、こんなにかっこよくなられているなんて!」



ローベルトが留学する前にも会ったことはあったが、魔法力も大したことなく勉強も出来ないシュナとローベルトは仲良くなるはずもなく、大した交流はしていなかった。

しかし今シュナの目の前に現れたのは、さらさらと美しいブロンドを軽く結って横に流し、色白のきれいな肌に切れ長の目は翡翠色に輝いているような、誰が見ても美青年だった。



「シュナ、やめなさい。ジンナム様の前よ。」


「すぐそうやって意地悪言いますよねお姉様。」


「シュナ! な、何をやっている!」


「……離れてくれないか?」


「あらぁ、私ったら……ふふっ。」



ちょっと目を離した隙にローベルトに擦り寄り胸を押し付けその大きな瞳で上目遣い。このような振る舞い、貴族の子女はしない。それを目の当たりにしたジンナムは、衝撃を受けたようだ。



「なっ、そ――」


「ごめんなさいジンナムさまぁ。昔からの知り合いですのよ? 子供の頃のクセが出ちゃいましたわ。」


「子供の頃?」


「仲良くしてなかったわよね。」



そんなことあったか? と、疑問のローベルトと呆れるイエリをよそに、今度はジンナムにしなを作ってもたれかかる。



「こんなことぉ、ジンナム様にしかしませんわぁ。」


「う、うむ。」


「私に触っていいのは、ジンナム様だけですのよ?」


「そうであろう。そのたわわな胸に挟まれるのは、婚約者である私の特権だ。」



何故あんなに急に、イエリが切り捨てられたのか。イエリの功績をすべて自分のものだと信じ込ませるほど、シュナの頭は良くない。


しかしこれで合点がいく。シュナは、まだ女を知らなかったはずのジンナムに性的な接触をしたのだろう。


事実そうだ。シュナは、ジンナムに性的な快楽を与えることで、思考を緩ませその隙間に入り込んだ。初めての行為に戸惑いつつも、きっと止められなかったのだろう。そこから落ちるのは早かった。今では、シュナの胸に抱かれて眠るところまでいっているのだった。いいように操られている。



「ジンナムさまっ、こんなところで恥ずかしいですわぁ」


「ははは。帰ってから、だな。」



そう言って二人は、ケーキを食べずに店を出ていった。



「なんだったのかしらね。」


「確かに、あれには関わりたくないな。」



まるで高位貴族とは言えない振る舞いを見て、呆れるイエリとローベルトだった。




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