第3話 婚約者が決まった

父の計らいで久しぶりにローベルトと再会したイエリはある日、ローベルトの屋敷を訪れていた。


エントランスで出迎えられ、応接間へ案内されるとイエリは、目の前の男を改めてよく見てみた。


腰まで伸ばされた、手入れの行き届いた見事なブロンド。目つきは鋭いが切れ長でとても凛々しい顔立ちをしている。

数年会わなかった間に、見事な美青年に成長していたローベルト。イエリは、凝視しつつもその姿に頬を染めずにはいられなかった。



「話しにくいかもしれないが、聞いていいか?」


「え? ええ、何でも聞いてください。」


「その……婚約が無くなったまでは、私にとっては朗報だったからいいんだ。しかし、何故シュナさんが新たな婚約者なんだ?」



ローベルトは控えめにそう尋ねた。まるで意味がわからないからだ。


それはそうだ。シュナがイエリを「お姉様」と呼び、ベッカー伯爵を「お父様」と呼ぶことで勘違いしている人もいるが、シュナは伯爵家の娘ではない。身分としては何も持たない平民だ。


幼なじみでもあるローベルトは、シュナの事情を知っている。



イエリがやっていたことをシュナは自分の手柄にして吹聴し、イエリは妹の二番煎じだなんだということを、公爵家が信じたと。

ジンナムがシュナをイエリの妹だと思っている可能性があり婚約が結ばれたかもしれない。しかし、確認していないので、知っていて身分を超える愛に目覚めたということもありえるということ。


イエリが経緯を話すと、ローベルトは呆れたように呟いた。



「それはひどいな。」


「もうあの家とは関わりたくないのです。」


「そうだな。」


「しかし、シュナさんは君の魔法力の10分の1もなかっただろう? 公爵家は大丈夫なのか。」


「そうですね。公爵家で使用する魔道具に魔力を込めるのも、最近は私がひとりでやっていましたし……。先見の力も、ジンナム様の手柄になるよう使っていました。」


「そんなにも役に立っていたのに……ジンナム殿は馬鹿だな。」


「そう、ですね。」


「もちろん、魔力だけじゃない。こんなにも聡明で、可憐な君を手放すなんて……。」


「ローベルト様……。」


「昔のように呼んでほしい、イエリ。」


「……ええ。仰せのままに、ローベルト」



公爵家のために、ジンナムのためにイエリがやってきたことは、かなりの功績になった。しかしそれが当然だと、感謝もしないジンナムたち。婚約してから数年一緒にいたイエリより、シュナを信じて切り捨てた。



もう、彼らには幻滅した。




「私はずっと、君が好きだった。」


「えっ?」


「ジンナム殿との婚約は、仕方なかったことだとはいえ……あの時は君に会うのがつらかったから、だから隣国へ行ったんだ。」


「そうだったのね。」


「婚約破棄と聞いて、慌てて戻ったよ。すぐに会いに行きたかったけど、怖かった。」


「怖い?」


「ああ。君は私のことをなんとも思っていないのではないか、もしかしてもう忘れられているのではないか、と。」


「そんな、あなたを忘れるなんて。」


「だから、家を通して婚約を打診してもらったんだ。情けないだろう?」


「いいえ。私は嬉しかったわ。あなたの家から釣書が届いていると聞いて……嬉しかった。」


「イエリ……。」



その後、二人は正式に婚約を結んだ。




ローベルトのアショフ伯爵家の人たちは、イエリとの婚約を歓迎してくれた。もともと隣の領地であることから家族ぐるみで仲が良かった。この度の婚約破棄も、醜聞ではなく、イエリが解放されたのだと喜んだくらいだ。


もちろん、イエリの父も大賛成である。


あとは、家で預かっている血の繋がらない従姉妹のシュナがどう出るか。

王族を除いて最高位である公爵家に嫁入り出来ることを誇っているのだから、今さら伯爵家のローベルトに興味を持つとは思えないが、相手はあのシュナだ。思考が読めないめちゃくちゃな子。どう転ぶかわからない。

まあ、シュナが文句を言ったところで覆るものではないのだが。


面倒なことにならないといいな、と思うイエリだった。




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