第2話 新しい相手
さて、イエリが婚約破棄されてから数日後のことだ。従姉妹のシュナは、イエリから奪った婚約者とよろしくやっているらしい。
「ほんっと、ジンナム様ってすてきっ」
「そう? よかったわね。」
「やはり男の人はああいう、自信に溢れている方がいいですわっ」
「自信に溢れるねぇ……。」
たんに高圧的なのではないかと思ったが、イエリは黙っておいた。
「シュナは上手くいっているのか?」
「ええ。もちろんですわ。でも……お姉様は新たな婚約者を探す必要があるんですよね。申し訳ないですわ」
思ってもいないことを言うシュナ。イエリの父であるベッカー伯爵は、シュナを弟の娘ということで面倒みているが、この度の婚約破棄で思うところはあるようだ。そもそも平民の娘と公爵令息が婚約など、おかしなことなのだから。
「シュナがジンナム殿と婚約とはな。彼のことは、イエリがよく支えていたと思っていたが。」
「それはすべて、私がやっていたことですのよ?」
「……そうか、まあいい。」
勉強にしたって魔法力にしたって、圧倒的にイエリのほうが上だった。それゆえ、イエリはジンナムを支えることが出来ていたのだ。父も、それは知っている。
ジンナムは、公爵家の令息であることに胡座をかいて、何ひとつ努力せず、思い通りにならないと周りに当たり散らす大変迷惑なわがまま坊やだ。
イエリが陰ながらに努力し持ち上げていたからこそ、彼は優秀な次期公爵だ、と言われていたのだ。
イエリの功績をかすめとっただけのシュナでは、ジンナムを支えられないだろう。シュナがそのことに気づいていて何か対策をとっているかと思えばそんな素振りも見せない。シュナはイエリの出来ることくらい簡単に出来ると思っているのだ。
これから二人は、ただただ滑り落ちていくことになる。
「残念だわ。」
「えっ、残念? なんですの?」
「いいえ、なんでもないのよ。」
「ジンナム様以上の人なんていないでしょうし、それは残念ですわよね! お姉様にも、どうかいい人が見つかりますようにっ」
そうやって勝ち誇ったような言い方をするシュナだったが、イエリは微塵も気にしていなかった。
「しかし、私が領地に赴いている間に婚約破棄だなんて……いったいあちらは何を考えているのやら。まあ、しかし、心配はいらないよイエリ。」
「えっ、どういうことですの?」
せっかくイエリの功績をすべて自分のそれだと公爵家の人たちに信じ込ませたのに、ひょっとしてイエリの父はイエリとジンナムの婚約を諦めていないのでは、と焦るシュナ。
「それがな、イエリの婚約が無くなったことで、いくつか申し込みが来ている。」
「え、いくつもありますの?」
「ああ、そうだな。イエリは学園での成績も良かったし、魔法力も平均の遥か上をゆくからな。引く手あまただ。」
「引く手あまたって……。も、もしかして公爵家より上の家格もありますの?」
「さすがに王族は、年齢の合うものがいないからな。侯爵、伯爵、子爵家からもきていたな。」
自分が奪ってやった公爵家よりも上だったら、と思ったシュナだったが、さすがにそうそうゴロゴロある家ではない。イエリに来た縁談は、家格で言えば公爵家より下の家ばかりであった。
「なぁんだ。それなら好きにしたらいいわ。良いお相手が見つかるとよろしいですね。」
「そうね。ありがとう。」
そういうとシュナは食事を終えたのか出ていった。食堂に残った二人は、顔を見合わせた。
「その、なんだ。シュナは、いつもああなのか?」
「そうですね。だいたいあのような感じです。」
「そうか。」
はっきり言って、ただの平民が公爵家に嫁ぐなどありえない。しかし、伯爵が家に戻ったら何でかそんなことになっていた。
イエリはそれでいいと言うし、もともと公爵家との縁談は乗り気ではなかったので婚約破棄は望むところだった。
何でか後釜に無き弟の娘が座ったが、伯爵は、それはもう自分が関与することではないと切り捨てていたのだ。それより娘に新たな縁談を、と張り切っていた。
「まあ、結婚するというならシュナは公爵家に任せるとしよう。それより、君にとっては嬉しい相手からも、釣書が届いていたよ?」
「嬉しい、相手?」
「アショフ伯爵家の、ローベルト殿だ。」
「ローベルト様、ですか?」
「ああ。随分と懐かしいな。」
「……お戻りだったのですね。」
「君の婚約破棄を聞きつけて戻ったんじゃないか?」
「そんな、まさか。」
「ふふっ。とにかく、一度会ってみなさい。」
「はい……。」
ローベルトは、イエリの生まれた伯爵領の隣の領地のアショフ伯爵家の息子だったので、昔から付き合いがある。ずっと仲良くしていたが、公爵家との婚約が決まったことで、二人で会うのも悪いから、と疎遠になっていった。
しばらくして隣国へ留学したと聞いた。そこで魔法力の高さから研究に重宝され、また自身でも多岐にわたる魔道具開発や魔法式を生み出すことに成功しているという。
帰ってきた連絡がなかったことから、まだ隣国で勤しんでいるのだろうと思っていたが、まさか帰郷の連絡ではなく釣書が届くとは。
イエリは、嬉しいような、よくわからないが胸むずむずするような感覚を味わった。
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