第4話 【3分で読める1780文字】
「……幻聴か?」
《まあ、そう思いたいんならソレでもいいぜ》
「……お前は誰だ? いま俺は撃たれて倒れてるんだぜ。悪いが世間話はあとにしてくれ」
《オイラは弾丸。ハハハハ。相棒は面白いなぁ…… 名前は?》
「……コメットだ」
《オイラの名前は『オッキョ』ってんだ。よろしくな》
「……『よろしく』ってどういうことだ?」
《これまでずっとマガジンの中に装填されたまま閉じ込められてたんだよ。まあ弾丸だから当たり前なんだけどよ…… ただ周りの奴らがこれまた無口でよぉ! 話しかけてもウンともスンとも言わないときたもんだ! だからオイラは相棒が出来て嬉しいんだよ。当分は「左肩(ココ)」に住まわせてもらうぜぇ?》
「ふざけんな……ッ! 体内に弾丸なんか残したら鉛中毒で死んじまうッ!」
《安心しろよ。そんな事にはさせねえよ。オイラはこう見えても気が利くんだぜ? ホラ、撃たれた所は痛むだろうが…… 血は出てねえだろ?》
「え……? 本当だ…… なんで……」
《傷は放っとけば塞がる。鉛を溶かしたりなんて野暮もしねぇから安心しな。踏ん張ればOKさ。人間がウンコを我慢するようなモンだ。なあ? オイラって気が利くだろう?》
「…………」
《まあ、相棒が嫌だってんならさ…… せめてあんたが御国に帰るまでは住まわせてくれよ? それくらい良いだろう? オイラは話すのが大好きなんだ。それにオイラは帝国兵に連れられて色んな戦地を渡り歩いてきた。「経験と知識」って奴さ。きっと相棒の役に立つぜ。住まわせてもらう代わりの『家賃』ってやつだ。どうだ?》
「ハハハ…… 『左肩(そこ)』はお前にとっての仮宿ってことか。なら俺をこの状況から…… ハアハア、救ってくれよ」
《じゃあ、木に登れ》
「……え?」
《死にたくないなら言う通りにした方がいいぜ》
オッキョがそう告げると同時にずっと後方で何かが水しぶきを上げて、彼は一番近くの木に急いでよじ登った。湿気と表面から分泌する粘液のせいで樹皮がヌルヌルしているため長靴で踏ん張るのは苦戦を強いられたが、老いた低い枝に右足を絡めて何とか飛び乗る。
限界まで上り詰め、あたりの枝葉を強引に寄せて身を隠し、身体をできる限り小さく丸めて、震える肩を抑えながら水面を覆っているモヤを細目で見渡した。
すると、ほとんど動きのなかった水面にかすかなウネリが生じ、幾重もの溝とともに鼓動が乱れていく。水面にかかる白いカーテンをぶっきら棒に肩で切りながら、七人の帝国兵が水の中を移動してくるのが見えた。
木の下までゆっくりと進んできた彼ら彼女らは、第二部隊の死体を見つけると距離を取りながら生死を確認するために仰向けにさせ、銃剣で足→股間→鳩尾→首の順で何度も刺突する。
帝国兵が「ざまあねぇ」と汚く笑う。
こと切れたと思われていた第二部隊隊長がその確認作業の流れで銃剣に刺され、「うぐぐぐ……」と一つ呻くと二、三発銃弾を撃ち込まれ虫けらのように絶命した。
《奴らは足元の死体にだけ目がいく。音を立てなきゃ上を見たりしないさ》
長い脚で立つシラサギやミサゴなどの水鳥が不気味にえずいて、正式名の分からないナマズ目はビタビタと汚らしく水中で踊りだし、木の根でひと休みしているカエルが水面の浮きカスを間抜けな大口でトックリと飲み込んだと思ったら、急に立ちのぼって破裂したメタンの気泡に驚いて遁走していく―― そんな馬鹿げた光景がコマ送りで再生されるほどの緊張感にコメットは晒されていた。
帝国兵が「ざまあねぇ」と汚く笑う。
熱く湿った空気のせいで服が肌に張り付き、流れる汗で首に付着した藻や浮き草が毛虫のように蠢くのが思う以上に気持ち悪く、塹壕足炎まっしぐらなほど不衛生な足の指は一本ずつミントを塗ったのかと勘違いするほど異様に爽快でスースーする。
左手の薬指をブヨに刺された。
右手の親指を藪蚊に刺された。
波打つ水、そこらで渦巻くモヤ、木の枝から垂れ下がる府抜けた苔が風に揺られ、泥まみれの岸が泥に覆われた岩に挨拶をし、濁った眼をしたニシキヘビの美しさに悲しいほど慰められた。
移り行く影と死。銃剣と弾丸。砂浜と線路。
帝国兵が「ざまあねぇ」と汚く笑う。
そして、木の上にいる彼に気づくことなく去っていった。
《ハハハハハ! 良かったな相棒。あとはその左肩が病原菌に感染しない事を祈っときな》
「……………………あぁ」
オッキョとの出会いはこういったものだった。
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