第3話 【3分で読める1216文字】

 湿原での夜。


 焚火がブルリと赤子のように一つ震え、コメットら第二部隊はますます炎に身を寄せた。

 傍に生えるギョリュウモドキの茂みが妙に鋭さを帯びているのは、きっと火の明かりによって草の刃が際立っているからだろう。


 しかし、明かりの届かない範囲に広がる泥炭の沼地からはコポコポ、プスプスと不気味な噴出音が聞こえてくる。



 インクを溢したような暗闇の中で風がうなり声を上げ、ベリーの茂みの中を吹くのが聴こえてくるが、枝を震わせる様子も、獲物を求めて鳴き声を漏らす鳥の身動ぎ一つも、闇の中では姿が見えない。



 微風が焚火を脅かす。パチパチと火が音を立てた。いや待て、違う……。



 気づけば第二部隊の休息していた地帯に煙が充満していた。帝国軍がわざと野に火をつけたのだ。野焼きに遭遇した場合は追いつかれる前に逃げるか、あるいはそこを通り抜けなければならない。さらに第二部隊隊長が叫んだ。





「この臭い…… 毒持ちのベリー種を一緒に焼いてやがるッ! いますぐココを離れるぞッ! 全員立て! 煙は吸うな痺れをもらうぞ!」





 彼らは脱兎のごとくその場を離れた。頻繁に霧雨が降ったせいか関節炎が再発し、骨が軋むように痛い。


 コメットは故郷に帰りたいと切に願った。

 だが、足の痛みで現実に引き戻される。




 でこぼこした地面で転倒して負傷する者。

 細流に落ちて低体温症にかかる者。

 目印になるような目標物がなく、道に迷って隊列から逸れる者。

 夜霧や野焼きの煙によってあたりにモヤがかかり、危険性が察知出来ずに猛獣の尾を踏みつけて喰らわれる者。





 次々と仲間が脱落していく中、コメットら第二部隊の進む道には水が蛇行しながら草に覆われた平原に侵入していた。いつの間にか低湿地に足を踏み入れたようだった。


 少しづつ空が白んでいくのが分かる。


 茶色を帯びた緑の波が、不気味な水面上でチラチラと揺らぎ、背の高い草たちが風に震えている。追われ、迫られて、どうしようもなく腹を空かせた彼らは水面を怪しく舞う水生昆虫・睡蓮や鮮やかな浮き草・纏まって生えているヒトモトススキやスゲを掴むとそのまま口に運んで、噛みしだき、飲み込んだ。


 コメットも岩の上で日光浴をするカメを背中から叩き割って中を啜り、野晒しになった倒木に沿って這う甲虫を可食種かどうかも確認せずに口に放り込んだ。


 そして――。


 枯れ木に止まっていたガンたちが一斉に飛び立ったかと思ったその瞬間、コメットの左肩に閃光が当たる。



 撃たれたのだ。



 しかし、限界まで研ぎ澄まされた彼の肉体は、遠くで何かが一瞬光ったことを確認すると、無意識に回避行動を取っていた。


 狙撃された。コメットたちは上手い具合に誘導されたようだった。


 銃弾は幸いにも脳天にめり込まずに済んだ。


 しかし、彼はその場で空を見上げて倒れこんでしまう。弾は貫通せずに体内に残っていた。


 周りもバタバタと頭を撃ち抜かれて倒れていくのが見える。もうダメだ。そう思った。





 しかし――。





《よお、「相棒」…… 話相手が出来てうれしいぜ》

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