第33話 上官命令



「……そういうわけで、経済封鎖は完璧です。従って、現在進軍中のスパルタノスの侵略軍ですが、困窮した祖国からの補給は望めず、現地調達しようにも、焦土作戦で、進軍途中の村や町には麦粒一つ、残ってはいません。彼らはもう、負けたも同然なのですよ」


一気に説明し、ロタリンギア第二王子アルフレッドは、気持ちよさそうに笑った。


「密かに斥候を派遣しましたところ、食料不足に根を上げ、スパルタノス軍の兵士たちは逃げ出している模様です。今では、10分の1ほどに減っています。これなら、私の軍だけで、充分対応可能です。というか、楽に勝てます。それどころか、スパルタノス軍は、戦わずして撤退すると、私はふんでおります」


「10分の1……。本当に?」


兄のジュリアンが首をかしげる。力強く、アルフレッドは頷いた。


「本当です! ですから、兄上におかれましては、この場は私に任せ、安心して、ローレンロタリンギアの首都へとお引き取り下さい。そして、再び王太子の地位に戻り、父上と国民を安心させてやって下さい」


「お前の話はよくわかった」

ジュリアンは頷いた。


「それにしても、モランシーは凄いな。父の公爵は要塞を包囲し、公女たちは、結界を張って、悪徳商人からの密輸を阻止しているなんて!」

「モランシーは、非常に協力的です。さすが、王妃のご実家だけのことはあります」

「王妃? デズデモーナ妃のことか。父の4人目の妃の。でも、僕が言っているのは違うよ。ああ、アルフレッド。君を彼女に会わせたい。愛しいコルデリアに!」

「コルデリア? ええと、誰でしたっけ?」


聞いたことのある名前だが、女性に疎いアルフレッドには思い出せない。


「コルデリアは、デズデモーナ妃の異母妹だよ」

「なんと! すると、兄上! あなたをカエルにした張本人ではないですか!」


アルフレッドは驚愕した。

コルデリア。

ジュリアンの(元)婚約者で、彼にフられた腹いせに、美しい兄の王子を、醜いカエルの姿に変えてしまった極悪人……。

それがなぜ、兄の愛しい人になっているんだ?


「僕が悪いんだ」

ジュリアンは俯いた。ちらりと見えた青い目には、美しい涙が溜まっていた。

「エリザベーヌに気を取られ、僕は、コルデリアを傷つけた。それなのに彼女は、僕を受け容れてくれた! 醜いカエルの僕をね!」


「なるほど。兄上は、親が定めた許嫁と、元サヤに収まったというわけですね? やっぱり巨乳ではダメだったんですね? 参考になりました」


兄がカエルになってから、自分にやたら愛想がよかったなんたらいう男爵令嬢のことをアルフレッドは思い出した。ちなみに彼は、胸が大きいのは嫌いだった。特に左胸が。厚すぎる脂肪は、効率の良い刺殺の妨げとなる。

もちろんこれは、一般論だ。アルフレッド個人としては、ナントカ男爵令嬢に対し、何ら恨みを抱いているわけではない。実家にお戻り頂いたのは、ただ、彼女に興味がなかったからだけだ。


「元サヤ? いいや、違う。僕は、コルデリアの騎士になったのだ」

断固として、ジュリアンが言い放った。顔を上げ、青い目を燃え滾らせている。


「騎士!」

ますますわからなくなり、アルフレッドは眉を顰めた。

「銃や大砲の時代に、騎士ですか?」


「お前も、一目会えばわかる! コルデリアは、チャーミングで可愛らしく、可憐なんだ。その上、しっかりしていて、賢い。彼女は、自分の国を護るだけでなく、同盟軍の為に懸命に戦ってくれている! 僕はますます彼女を尊敬してしまった。僕は彼女を、あ、あい、」


言いかけて咳ばらいをし、姿勢を正した。


「僕は、彼女に愛を募らせている。もう、どうしようもないくらいに。だが、どうやら愛は嫉妬を招くらしい。アルフレッド。君に彼女を会わせるのはナシだ。彼女は、僕のものだ」


「誰も盗ったりしませんって」


義母のデズデモーナ妃の妹については、美人だという噂は、一度も聞いたことがなかった。賢いという噂も、性格が優しいという噂も。

異母姉であるデズデモーナ妃さえ、妹の話題が出ると、苦笑して黙り込んでしまう。


「それならますます、兄上は、ロタリンギアへ帰られるべきです。妹君と復縁したと聞いたら、王妃殿下も喜ばれることでしょう」

「それは、そうだろうな」

父上も安心されます。宰相もね」

「宰相には、手紙で叱られた。父上に心配をかけるなと」

「エーリッヒ宰相が、珍しくまっとうなことを言いましたね」



アルフレッドは両手を打ち鳴らした。姿を現わした副官に、兄の出立準備を命じる。

命令を復唱し、副官が出ていくと、兄に向き直った。


「さきほどお話ししました通り、スパルタノス軍はもはや敵ではありません。前衛基地は、私の軍に任せ、兄上は、ローレンへお帰り下さい。道中モランシーの歩兵部隊を護衛につけます」


戦友が心配だからと、途中で引き返して来られたら迷惑だ。とにかく兄のジュリアンには、王都へ帰り、一刻も早く、王太子として返り咲いてもらわなければならない。

自分が趣味の殺戮に専念する為に。


「いや、だがしかし……」


ジュリアンはまだ、スパルタノス軍が強大であると、危惧していた。カエルだった時に対決したスパルタノスの司令官が凄かったのだと彼は語った。


「そんなことが!」

兄の身に何もなくてよかったと、アルフレッドは思った。くどいようだが、兄に死なれたら困る。自分は絶対、即位したくない。


「ですが、兄上。スパルタノスの別動隊は、レメニー河を渡り、西へ戻りました。そのケロケロいう将校も、本国へ戻ったのでは?」

「ケロケロではない。カエル語では、ケロウィ・ケロンスだ」

「さようで」


兄を首都に返しさえすれば、後は宰相がうまくやってくれるだろう。父の王は、宰相の言いなりだ。とにかくジュリアンをローレンへ帰らせることが重要だった。


「やっぱり僕は、前衛に残るよ。彼と同じレベルの将軍が、まだいるかもしれない」


それなのに、兄は頑固だった。どうやら危険な前衛を指揮する弟の身を案じているようだが、はっきり言って、足手まといだった。アルフレッドにとっては、迷惑以外のなにものでもない。


「いいえ。お帰り下さい」

「残る」

「帰られるがよろしい」

「僕も戦う」


「帰れ!」


思わずアルフレッドは蛮声を張り上げた。

兄がそばにいたら、趣味の人殺しを楽しめないではないか。


「上官命令だ!」


かちっ!

ブーツの鳴る音が聞こえた。

ジュリアンは敬礼し、テントから出て行った。









◆───-- - - -  

軍の規律を守る為に、上官命令は絶対です。逆らえば逮捕拘留、釈放後も、良くて降格処分です。

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