第24話 戦闘2:勇敢で誇り高く高貴
「ああ、皆さん。ごめんあそばせ。わたしが(またも)呪文を言い間違えたせいで……」
絶望し、愚図愚図とわたしが謝罪を始めた時だった。
「コルデリアに手を出すな!」
聞きなれた叫び声が聞こえた。西に流れる、レメニー河から。
河から?
「僕は、ロタリンギアの第一王子ジュリアンだ! お前らの相手は、この僕だ!」
ジュリアンがいた。
彼は、河から上がったばかりだった。青い体が、水を弾いてつやつやしている。ジュリアンはぴょんと飛び跳ね、待機していたわたしの愛馬、ズンダモチに跨った(じゃなくて、背中に乗っかった)。
そして、ジュリアンの背後からは……。
次々と、カエル達が、岸辺に上陸してきた。
茶色でごつごつとした背中のヒキガエル。鮮やかなブルーのヤドクガエル。もっちりぺたぺたのツノガエル……。
数えきれないほどのカエル達が、次々と、河から上がってくる。
「ジュリアンの友達だわ。始めて見た……」
圧倒され、わたしはつぶやいた。
レメニー河を流れてくる時に親交を結んだカエル達だ。修道院の頓宮では、ジュリアンに味方して神に対して楯突き、また、カエルに関する様々な知識をジュリアンに授けてくれたカエル達。小川の城に移ってから、彼らの気配を感じてはいた。だが、実際にこうして姿を見たのは、初めてだった。
際限もなく河から上がってくるカエル達の群れは、圧巻だった。
「砲撃対象変更。銃身を河へ向けよ!」
さすがというかなんというか、スパルタノス軍の司令官は冷静だった。少しも慌てず(少なくとも慌てているところは見せず)、軍の指揮を執り続けていた。
「砲撃用意! だが、まだ撃つなよ。砲兵は命令があるまで待機せよ」
河から上がってきたカエルたちの目が、一斉に、スパルタノスの指揮官に注がれた。
「********」
中程にいたカエルが、何か叫んだ。
次の瞬間、色とりどりのカエルの群れは、あっという間に踵を返した。
河に後戻りし、我先にと、水の流れに飛び込んでいく。
「ゲロゲロゲー!」
……「え? ちょっと、みんな!」
ジュリアンが叫んだ。多分。
だが、逃げていくカエルの群れは止まらない。
こけつまろびつ、前にいるカエルを踏みつけ、踏み上がり……。
潰走するカエルの群れ。それは、壮大な眺めだった。まるで、河原そのものが、大風に吹き飛ばされていくようだ。
ゲロゲロ鳴きながら、跳ね、そして、仲間のカエルの上に落ちる。すると今度は、下になったカエルが、必死の形相で飛び上がる……。
それを繰り返しながら、逃げ去っていく。ぺたぺたよたよたと。もちろん、彼らには全力疾走だ。
風が吹き渡り、泥臭い、沼の匂いがたちこめていった。
「うっ」
フェーリアが鼻にハンカチを当てた。戦闘服は泥だらけのなのに、ハンカチは純白のままなのが、目に眩しい。
「おおーい。みんなーーーーーっ!」
喉から血の出そうな声で、ジュリアンが呼びかけている。
「逃げないでくれーーーっ、頼む! コルデリアを守って欲しい!」
最後尾のカエル達が、振り返って叫び返した。
「ゲロゲロ、ゲロッ!」
「ケロウィ・ケロンス!」
ハンカチで鼻を抑えたまま、フェーリアが囁いた。
「カエルたちはひどく怯えているようだ。スパルタノス軍のあの司令官を怖がっている」
「なぜですの?」
「スパルタノスは、カエルの国と戦い、征服したからな」
母なるレメニー河の東岸の国や領邦は、モランシー公国やロタリンギア王国のように、ほぼ全て、人間の国だ。
しかし、西側となるとそうはいかない。スパルタノス自体は人間の国だが、この帝国は、レメニー河西側の、河沿いの諸邦を併合して大きくなっていった。征服された国の中には、人外の生物の居住する国もあった。
「カエルの国を征服するなんて。なんて見境のない国なのかしら」
そんな帝国は、是非滅びるべきだと、わたしは思った。
勝手に撤退を始めたカエル達のしんがりでは、ズンダモチに乗ったジュリアンが、前に後ろに走り回っている。
自分に敵の視線を集め、逃げていくカエル達が銃撃されないように援護しているのだ。
その様子を、スパルタノスの司令官が、じっと見つめている。わたしは、今しも彼が砲撃命令を出すのではないかと、気が気ではない。
だが、司令官は動かなかった。司令官を見つめ、フェーリアは付け加えた。
「あいつ、ロンウィ・ヴォルムスって名前らしいな」
「ロンウィ・ヴォルムス?」
言いにくい名だ。
「カエル達がそう、呼んでいた」
「まあ! お義姉さま、カエル語がわかりますの?」
素直に感心した。わたしには一語もわからないわ!
「何度言ったらわかるんだ! 魔法を使え、魔法を! それから、非常時だけお義姉様と呼ぶのは止めろ」
フェーリアの魔力は回復したようだった。
スパルタノス軍にまっすぐに向かい、彼女は叫んだ。
「カエルを狙うとは、卑怯だぞ! 私は、フェーリア・ド・ラ・モランシー。モランシー公爵家の公女だ。ロンウィ・ヴォルムス将軍! 貴様の相手は、私だ!」
「お義姉様、わたしも! わたしも!」
「コルデリア、お前は引っ込んでろ。戦況をこれ以上ややこしくするんじゃない!」
後ろ手でしっしっと、フェーリアはわたしを押しのけた。
黒髪口髭の将校が、こっちを見た。
一目で彼は、フェーリアの魔力が回復したことを見て取ったようだ。
肩を竦めた。
「全軍、退却!」
「待て! 逃げるのか!」
「俺は、自分の兵士を無駄に死なせたくないからな」
新しく穿たれた溝に沿って、馬を東へ走らせながら、ロンウィ・ヴォルムスは叫び返した。どうやら、溝の切れ目まで行ってから北上し、シェーヴェンの要塞へ戻るつもりらしい。
「こら待て! 戦わずに逃げるのは卑怯だぞ!」
カエル軍団は逃げて行ったけどね!
卑怯と言われても、ロンウィ将軍は平然としている。
「お互いの為だ。それから、ああそうだ。モランシー公女。誤解があるようだから、言っておく。我らは決して略奪はしない」
「嘘を吐け!」
「だが、軍を維持する為の物資が必要だ。なにしろ、本国からの補給が途絶えがちでな。住民の皆様に、ほんの少し、ご協力を願っているだけだ」
「それを略奪というんだ!」
「略奪ではない。わが軍勝利の暁には、利子をつけてお返しする!」
「させるか! お前らに勝利などない!」
「見解の相違があるようだな。貴女はまだいい。だが、カエルに嫌われるのは、俺にとって、とってもハートブレイクなことだ」
将軍は馬を止めた。その横を、スパルタノス軍の兵士達が、列を組んで退避していく。
「君! そこのアマガエル」
彼は、わたしとフェーリアを差し置き、銃剣の先で、水辺のジュリアンを指し示した。ちょうど最後のカエルが、河に飛び込んだところだった。
「ジュリアン・ヴォン・ヴェルレだ!」
馬の上にカエル座りし直して、ジュリアンが返す。
「さっきと名前が違うな。ロタリンギアの王太子じゃないのか?」
「廃嫡された。自ら望んでのことだ」
「なるほど。高い身分を名乗って、敵の目を自分に向けさせようとしたわけか。……君を廃太子にするなんて、ロタリンギアは、惜しいことをしたものだな」
ふっと笑い、続けた。
「逃げるカエルの歩兵部隊のしんがりに残って、恐れることなく後衛を守り、退避を成功させた君は、誇り高く高貴だった。俺は君を、賞賛する」
カエルの歩兵部隊?
いえ、そこじゃなくて。
褒めてる? スパルタノス軍の将軍が、ジュリアンを?
敵将と対峙し、ジュリアンは、一歩も引かなかった。馬の上でカエル座りの前足を踏ん張り、堂々と宣言する。
「僕は、僕の姫を守ろうとしただけだ!」
「姫? だと?」
「コルデリアだ!」
「ほう」
ロンウィ将軍の目が、面白そうに輝いた。その目が、フェーリアの後ろのわたしに向けられた。
珍種のヤモリでも見るように、じろじろ眺めている。
「うーーーん」
彼は唸った。それから、何も見なかったかのように、ジュリアンの方へ向き直った。
「君の好みについて、とやかく言うつもりはない。君は、銃弾と砲撃の世界に取り残された、最後の騎士だ。騎士には、姫が必要だからな!」
「ねえ。あれ、失礼じゃなくて?」
よくわからないので、フェーリアに聞いてみた。
「知らん」
「やっぱり失礼よ」
あの将軍が、ジュリアンをやたら褒めたのが、不愉快だった。
そりゃ、ジュリアンは立派だったわ。あの将軍の言った通り、勇敢で、誇り高く高貴だったわ。(難しい言葉ばかり使いやがって! でございますわ!)
でもジュリアンは、わたしのカエルなの!
「わたしは、正統なジュリアンの飼い主よ? それなのに、全く敬意が感じられないわ!」
「どちらかというと、侮蔑を感じたぞ」
フェーリアが言い、わたしは唸った。
「いやなやつ。逃げるカエルの大群が、あの将軍の記憶に、長いトラウマとなって残ればいい」
わたしは、敵国の将軍を呪った。
高らかに笑い、敵国の司令官は走り去っていった。撤退するスパルタノス軍の最後尾から、麾下の兵士らを追い立てるように馬を走らせている。
敵の撤退を目で追いながら、フェーリアがぼそりとつぶやいた。
「さてはあの将軍、カエラーだな」
意味不明な言葉をつぶやく姉をその場に残し、わたしは、河べりへと駆けだした。
夕陽をいっぱいに浴び、ズンダモチはすっくと立っていた。愛馬の背の上でジュリアンは、虹から抜き取った宝石のように、淡い青色に輝いている。
「コルデリア。僕は、君の役に立てただろうか」
「もちろんよ」
灰色に見える粗い毛の中から、両手でジュリアンを掬い出し、頬ずりした。
「でも、もう、危険なことはしないで。あんな、無謀な……」
レメニー河のカエルを率いて、軍事帝国の軍隊に立ち向かっていくなんて。
「約束できない。僕は君の為だったら、何だってする」
耳元で、ジュリアンの声がした。
その時、感じたのは、何だったろうか。
愛しさと、ぎゅってしたい気持ちと(それはダメ。潰れちゃう)、胸が潰れるような愛情と、……そして、不安。
思わずわたしは叫んだ。
「ダメよ」
「でもコルデリア、僕は誓った、……」
これ以上ジュリアンに何も言わせまいと、わたしは、幅の広い彼の口の、その尖った真ん中にキスをした。
ぴょん。
わたしの手の中から、ジュリアンが飛び跳ね、草の上に落下した。
◆───-- - - -
ロンウィ・ヴォルムス将軍は、私の別名義の小説の登場人物です。同じ表現が転載してありますが、作者は同一です。
「ピュアなカエルの恋物語」
https://novel18.syosetu.com/n4568gp/
(完結済み:R18のBLです。ご注意ください)
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