第25話  オウム先生の受難



「そっちだ!」

「いや、あっちへ行った!」

「いないぞ。どこだ!」


モランシーの静かな森に、叫び声が響き渡った。



この森はヴァルトノワの森と言って、大昔の火山の裾野にできた、ほぼ原生林そのままの森だ。巨木が生い茂り、下草は生え放題、晴れた昼でも薄暗い。周辺の住民達からは、悪魔が出ると恐れられていた。



「いました! そっちへ行きました!」

勢子(獲物を追い込む役目の人)の叫びに続いて、ばたばたと大きな羽音が聞こえた。

「今度こそ逃がすな、コルデリア!」

フェーリアの声から逃れるようにこちらへ飛んできたのは、オウムだった。

わたしの魔術の先生だ。

彼は半狂乱になって逃げ惑っていた。



ジュリアンをカエルにしてしまった罪で、わたしの魔術の先生であるオウムには、鍋の刑が言い渡された。(呪文を言い間違えたのはわたしだけどね!)

わたしを含め、弟子たちの必死の助命嘆願も虚しく、刑は確定してしまった。その鍋の刑執行を、翌日に控えた日。

先生はなんと、脱獄に成功したのだ。密かに手引きした者がいたという噂だが、真偽のほどは明らかではない。当局も調べようとはしなかった。それほど、オウム先生は、尊敬されているのだ。貴族や官僚の中にも、先生に心酔している者は多いという。


モランシーでは、お尋ね者、脱獄者、徴兵逃れの行く先は決まっていた。ヴァルトモアの森。ここだ。



「ギャーーーーーーッ! ギャギャギャギャーーーーーーーッ」


生い茂る巨木の間を縫い、つる草を巧みに避けて飛んできたオウム先生は、自分が向かう先にわたしの姿を認めると、とんでもない奇声を発した。

いいえ。決して怒りや恨みの声ではなかったわ。むしろ、わが子に再会した親の慈愛のような優しみが籠っていたの。

なんだか絶望的な響きがしたけど。


両手を拡げ、わたしはオウム先生を待ち受けた。

過去のあれこれはさておき、このオウムは、わたしの恩師だ。


「恩讐の彼方に、今こそわかり合う時ですわ!」


「ギァーーーーーッ!」


感動的な師弟の再会に、オウム先生は涙ぐんでいるようだった。下から瞼がくいっと上がり、ぺろんと目を撫でた。

つまり、瞬きをした。


その一瞬の間も、彼は止まることはなかった。

慣性の法則そのものに、先生はわたしの腕の中飛び込んできた。


すっぽりとわたしの腕に収まったオウムは、一瞬きょとんとした顔をした。

次の瞬間、彼は、必死のバカ力で暴れ始めた。


「あっ!」


このオウム、結構な大きさだった。それが、力任せにばたばた動くものだから、わたしはつい、手を離してしまった。

まさか、逃げようとするなんて思わなかったのだもの。だって恩師よ? 恩師が愛しい教え子の抱擁から逃げようとするかしらね、フツー。



「ふうぅぅぅぅ」

頭上から呆れたようなため息が降ってきた。ついでに、真っ白なオウムの羽が2~3枚。

「お前はいつになったら、普通に魔法を使えるようになるのだ、コルデリア」


フェーリアだった。オウム先生の二本の足を掴み、逆さ吊りにしている。


「なにはともあれ、オウム先生。コルデリアを頼みましたよ。呪文を言い間違えないように、きっちり教え込んで下さい」


オウムを顔の高さまで持ち上げ、逆さづりの先生と目と目を合わせ、フェーリアが因果を含め始めた。


「守護魔法は、強大です。先日は、ブドウ畑が潰れただけで済みましたが、いえ、ワインの為の収穫量が減ったので全然よろしくないのですが、守護魔法の言い間違いは、被害甚大です。悪くすれば、領邦のひとつくらい、軽くふっとんでしまいます。もはや災害、とうてい看過できることではありません。ですから次に守護魔法を使う時までに、コルデリアを、びしばし、鍛えて上げてください」


「グァッ、グァッ、グァッ」


フェーリアに宙づりにされたまま、オウム先生が短く鳴いた。なんだか抗議しているように聞こえる。

わたしだって、びしばしやられるのはいやよ? でも、仕方ないじゃない。領邦を滅ぼすわけにはいかないんだから。


「それで鍋の刑と脱獄の罪は帳消しです」

不満そうに鳴き続けるオウムに、フェーリアが言い放った。






こうして、オウム先生は無事に戻ってきた。彼は、わたしとジュリアンのいる宮殿に住み込み、魔術の厳しい特訓を開始した。






慌ただしい日々が続いた。

わたしは必死だった。

必死で魔法をおさらいし、発声、早口言葉、呼吸法の習得に励んだ。


授業が終わると、国境付近の見回りに行く。特に北の国境は、あの黒髪口髭の将軍が戻って来ないとも限らないので、念入りに監視を続けた。








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