第13話 神の拒絶


翌日。

再び、泥はねだらけになって、尼僧長が戻ってきた。



「で、神さまは何て?」

背中に高く跳ね上がった泥を拭き取ってあげながら、わたしは尋ねた。


「再びの御託宣です」

尼僧長の体が強張るのが分かった。

「神の花嫁として、ひい様、あなたは、ふさわしくないのだそうです」


「えっ!? なぜ?」

思わず泥取り用の布を取り落としてしまった。


だってわたしは、元婚約者の太鼓判付きの処女だし?

親が勝手に決めた婚約者以外の彼氏いない歴 = 年齢だし?

頼りの親にも見放され気味だし?

人間より馬やカエルの方が気が合うし。

まさに、神様しか貰い手がないじゃない!


「つまり、その……」

言いにくそうに、尼僧長がもじもじしている。

「ひい様は、えと……」

「わたしは?」

「あの、ですね……」

「はっきりおっしゃって下さい。神様は何とおっしゃったのですか? わたしに落ち度があるのなら、すぐさま直します。修道院で本を読んで暮らす為なら、なんでもしますから!」


「コルデリアに落ち度なんかない!」

椅子に戻ったわたしの膝の上から声がした。

「コルデリアは完璧な女性だ! 美人で優しく、その上、しっかりしている。欠点なんか、あるわけがないんだ!」


「あなたは黙って!」

ぴょんと跳ねたジュリアンを、わたしは上から抑えつけた。そうしないと、変な方向へ跳ねて、膝から落ちてしまいそうだったからだ。


ふに。

頭から背中にかけて、水気を多く含んだ皮膚が、手のひらに吸い付く。

心地いいわぁ……。まるで、水まんじゅうを吸いつけてるみたい。食べ物で遊んではいけないのだけれど、でも、ジュリアンは、食用じゃないから。思いっきり、この感触を楽しんでも許されるというもの……。


そんなわたしを見つめ、尼僧長は首を横に振った。

「神様がおっしゃるには、カエルをペットにするような姫巫女ではいけないそうです。ましてやオスのカエルとあっては」


「全然話が進んでないじゃないの!」

凄く腹が立った。

「尼僧長様は、神様と、一体何の話をしていらしたの?」


深いため息を、尼僧長がついた。


「つまり、ですね。神が、おっしゃるには、ひい様、あなたは、ではないのだそうです」

「タイプ?」

「つまり、好みではないというか、趣味じゃないというか……ええと、あの……」

「神のタイプって?」


思わずわたしは問い返した。だって、神様よ? 神様って公正なもんじゃない? それなのに、好みのタイプがいるっていうの?


「それは、ですね」

やや言いにくそうに、尼僧長が口を開いた。


「可愛くて、愛らしくて、素直で賢くて、聡明な女性だそうです。まったくあなたと正反対ですね、ひい様。それから、神の花嫁にふさわしいペットは、モフモフに限るそうです。つるつるぺたぺたではなく。そういう一般的なペットを可愛がる、言ってみれば女性が、神のお好みなんだそうです」


「ひどいわ! カエルはかわいいのよ!? カエルは、癒しよ! 毛のないもふもふよ!」


「いえ、問題はカエルではなく、ひい様が、カエルをペットにするような女性であられることで……つまり、ひい様は、かわいくないと」


「あ、よく言われるわ、それ」

自分が神の花嫁にふさわしくないと、わたしが納得しかけた時だった。


「ゲロゲロゲー!」


膝の上から、激しい鳴き声が聞こえた。

「神なんかくそくらえ! コルデリアの愛らしさがわからないなんて! 神は目がないのに違いない!」


「いけません。神を冒涜しては」

騒がしく鳴きたてるカエルを、尼僧院長が厳しく叱責した。

「そんなことをしたら、神のお怒りを招きます」


「コルデリアを拒絶するな! 神の怒りなんか、怖くないぞ!」


「ジュリアン様は外国人だから怖くないかもしれないけど、迷惑を蒙るのは、モランシーの民なんですよ?」


断固として尼僧長が言い立てた。膝の上のジュリアンが飛び跳ねた。


「だったら、みんなで、ロタリンギアへ移住すればいい! ゲロゲロ! ゲロゲロゲー!」

「まあ! ロタリンギアは豊かな国ですもの、それはいいお話ですね!」


「ちょっと、尼僧長様! お父様がお気の毒ですわ!」

領民がいなくなってしまったら、公主として、父はどうすればいいのだろう。


「すみません。コルデリア様、今の発言はお忘れください。……あら、何かしら」

尼僧長につられ、わたしも窓の外を見た。凄まじい声、というか、響きが聞こえてきたのだ。


「ゲロゲロ、ゲロゲロ」

「ガーガー、ゲロゲロ」


たくさんのカエル達の鳴き声だ。ジュリアンの鳴き声につられて、レメニー河の河原にいたカエルたちが、一斉に大合唱を始めたのだ。


「ゲロゲロ、ゲロゲロ」

「ガーガー、ゲロゲロ」


カエルの大合唱というより、はっきり言って騒音、耳が痛い。


「ひえぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!」

両耳を手で塞ぎ、尼僧長が悲鳴を上げた。

「ジュリアン様。やっぱり貴方は、ベールゼブフォ……。悪魔カエルを、頓宮で養ってきたなんて。獅子身中の虫とは、このことだわ!」


「ジュリアンは虫ではありません。カエルです!」

同じように両耳を手で塞ぎながら、わたしは言い返した。


「とっ、とにかく、ひい様。神が拒絶なされた以上、貴女を頓宮に置いておくわけにはまいりません」

「えっ、それは、あんまりです!」

力いっぱい、わたしは叫んだ。そうしないと、声が届かない。


手の下で、ジュリアンが大きく動いているのがわかる。彼は、全身で鳴いていた。


「コルデリアはかわいい! コルデリアはステキな女性だ! ほら、みんなで、ゲロゲロゲー!」


「ゲロゲロ」

「ガーガー」

「モオーーーーーッ!」

最後のはウシガエルだろう。



「お黙りなさい、ジュリアン様!」

尼僧長が声を張り上げる。

「そもそも貴方がいなければ、神もそこまでにはなられなかったはず!」


「ゲロゲーロ、ゲロゲーロ」

「尼僧長様、ジュリアンは興奮してます。今は何を言っても無駄ですわ」


ジュリアンが、なにをこんなに興奮しているのか、謎だった。だって、わたしが可愛くないのは、子どもの頃からの常識だから。父もずっと、そう言い続けて来たし。女官もメイドも、陰で噂し続けてたわけだし。

何をいまさら、って感じよね。


ただ、困ったのは、我が身の行く末だ。婚約破棄された令嬢は、修道院に入るのが定石だから。

神は、広く誰でも花嫁に迎えると言われていた。だから、婚約を破棄された令嬢だけでなく、離婚された王妃(デズデモーナのことだ。短い潔斎生活の後、彼女は無事に修道院を出て、今はロタリンギア王の4人目の王妃をやっている)や、嫁き遅れた公爵令嬢(フェーリアね。デズデモーナの双子の妹の)さえも迎え入れていたのに。


それなのに、わたしは、神から拒絶されてしまった。追い詰められた最後の砦さえ、失ってしまったのだ。



「あんまりですわ、神様!」


空に向かってわたしは絶叫した。カエルたちの大合唱に紛れてしまうと困るので、わたし史上最大の大声で。


「そりゃ、わたしは、今まで何をやってもダメでしたけど? でも修道院って、そういう貴族令嬢の為にあるんでしょ? その修道院へ入ることを拒絶されたら、一体わたしは、どうしたらいいんですか? 子産み子育ても、骨休めも、どっちの道もダメなら、いったいわたしは、どうやって生きて行けばいいんですの!?」







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