第7話 憧れの修道院




異母姉デズデモーナから、至急便が届いた。さっそく開封し、父は、安堵の笑みを漏らした。


「ロタリンギア軍が、攻めてくることはなさそうだ。デズデモーナのお陰だ。さすがはわが娘、モランシー公国の長女だ!」

「それで、異母姉おねえ様は、なんて?」


焦れて、わたしは尋ねた。

ほうっ、と大きく父が吐息を漏らす。


「王位後継者は、ジュリアン殿下でなくても構わないそうだ。何しろ、今の陛下には、腐るほどお子がいらっしゃるから。それも、男の子ばかり。羨ましいことだ」

「それは、よろしゅうございましたわ」


詰めていた息を、わたしも吐き出した。わたしが魔法を言い間違えたせいで、モランシーが戦争に負けるようなことがあったら(辺境弱小領邦ですもの、負けるに決まってる)、申し訳なさすぎる。

手紙の続きを、父は素早く読み下した。


「ロタリンギアは、長男即位が鉄則。つまり、ジュリアン殿下が即位しなければならぬ。そこでデズデモーナは、殿下にカエルの変化魔法を解く方法を教えて差し上げたそうだ」

「えっ! そんなものがあったんですか!?」

「うぬ。わしも知らんかったがな」


デズデモーナの母は、父の従姉妹だった。恐らく、母方の血筋から、異母姉デズデモーナは、解毒魔法を伝えられたのだろう。それにしても、カエルになった姿を元通りに戻す魔法なんて、ずいぶん、ニッチな魔法だ。


「いったいどうやって、人の姿に戻るんですの?」

「想い人の寝所に忍び込むのだそうだ」

「想い人? エリザベーヌのことですね!」

父は鼻を鳴らした。

「男爵令嬢と枕を交わせば、殿下の姿は、元通りの麗しい王子の姿に戻られる」

「随分、下品な魔法ですね」

つまり、エッチするわけだ。エリザベーヌと。別にいいけど。カエルだし。


「で、ジュリアンは、元の姿に戻れたんですの?」

「いくら解毒の為とは言え、王族が、そうやすやすと、臣下の娘の寝所に忍び込めるものか。折を見て、と、デズデモーナからの手紙には書かれている」


そして、言わなくてもいいのに、父は、余計な一言を付け加えた。

「本来なら、ジュリアン殿下が忍び込むのは、お前の寝所だったのだぞ、コルデリア」

「ご遠慮しときます」


くどいようだが、今のジュリアンは、ガエルだ。エリザベーヌが羨ましいとは、わたしには、少しも思えなかった。まあ、カエルになる前から、彼女が羨ましいなどとは、1ミリも思ったことはなかったけど。


深いため息を、父はついた。

「デズデモーナのおかげで、全ては元通りだ。お前の婚約が破棄されたこと以外は」

「それは、わたしのせいではありませんわ」

勝手に婚約を破棄したのは、ジュリアンの方だ


「そういうわけにはいかない。ジュリアン殿下をカエルの姿にしてしまうなんて、嫉妬にもほどがある」

「お父様。嫉妬ではございませんことよ」


「嫉妬にしておくのだ!」

父が喚いた。

「モランシーの公女が呪文を言い間違えたなんて、言えるものか!」


モランシーの権威は、公爵一族の魔力にかかっている。ロタリンギア王国が、父子に亙ってモランシーから妃を娶ろうとしたのも、わたしたちが魔法を使えるからだ。

それなのにわたしは、呪文を間違えたわけで……父の愚痴が止まらない。


「やっと、デズデモーナが再婚して領邦から出ていったと言うのに、なんてことだ。彼女の双子のフェーリアは行き遅れるし、だからこそ、コルデリア、お前には、幼児の頃からジュリアン殿下を予約……じゃなくて、殿下と婚約を結んでやったのだぞ。それなのに、あっさり破棄されおって、この、親不孝者が! お前の下には、まだ、3人も妹がいるんだぞ。あの子らも、片付けなくちゃならんのだ。」


父の最初の妃は、双子の女の子、デズデモーナとフェーリアを産んだ。わたしの母は、2番目の妃だったが、わたしを産むと、亡くなった。父はすぐに3人目の妃を迎えた。だから妹3人は、わたしにとって、異母妹となる。


「お父様。わたしのことは、気になさらないで」

少しでも父の苦悩を和らげようと、わたしは言った。



ジュリアンについていえば、わたしは、彼のことは、好きでも嫌いでもなかった。ただ、幼いころに婚約させられたのだから、仕方ないと、観念していただけだ。だって、いやしくも王妃たるもの、ざっと1ダースほど、子を産まなければならないのだから。

お産は痛いし、危険だ。お産で死ぬことだってある。

現に、ジュリアンの実母を含む3人の妃は、お産で亡くなっている。ロタリンギア王国の多産は、彼女らの犠牲の上に成り立っている。今の王の、4人目の妃はわたしの異母姉デズデモーナだが、彼女が、子どもを産みすぎて死なないことを祈るばかりだ。



「わたくし、修道院へ参りますわ」

そして、本を読むのよ。誰にも邪魔されずにね! そのうち、シューヴェンからイヲが、彼女の新作を送ってくれるわ!


この素晴らしい計画について、父が反対しないかだけが、心配だった。だって、公女が修道院へ入るには、多額の喜捨が必要だから。


案の定、父は渋い顔をした。

「一度修道院に入ったら、そうそうは出られないのだぞ。デズデモーナは例外だ。あの娘は、優秀だったからな」



デズデモーナは、最初の結婚で、ロンバット王に離婚されている。理由は知らない。次にロタリンギア王との再婚が決まるまでの数ヶ月間、彼女は、修道院で人目を避けて暮らしていた。

ロタリンギア王の4番目の妃になれたことが、彼女の優秀さによるものかどうかは、わたしにはわからないけど。ロタリンギア王の4番目の妃になれたことが、彼女の優秀さによるものかどうかは、わたしにはわからないわ。でも、わたしなら嫌だな。22歳も年上の王様なんて。その上、あのジュリアンのお父様よ? 変な理想を持っているのに違いないわ! 人に言えないような病気よりマシだけど!



「わかっておりますわ」

精一杯、悲壮な顔を作って、わたしは答えた。



ジュリアンの浮気のお陰で、めでたく婚約が破棄された。ジュリアンと、彼が運んでくるめんどうを肩代わりしてくれたエリザベーヌには、感謝しかない。

修道院の生活は、穏やかで規則正しいと聞く。本を読む時間もたくさんあるだろう。まさに理想的。

スーラッハ草原の英雄カマキリと、トンボの頂上決戦。ああ、イヲったら、早く書き上げてくれないかな。



何も知らない父は言った。

「うぬ。デズデモーナも、お前には、懲らしめが必要だと書いてきた。嫉妬に狂ったお前は、修道院へ幽閉されるのだ」

「はい」

理想の生活の為なら、嫉妬深い女のフリなぞ、朝飯前というもの。


「この筋書きなら、ロタリンギアの王も、モランシー公国わが国を許してくれるだろう。なんにしても、早急に、かの国と、防衛協定を結ばねばならぬ。ああ、デズデモーナは嫁いでしまったし、妹たちはまだ幼い。お前はキズモノになって戻って来るし」

「キズモノ? 違いますわ、お父様。傷がつかなかったことが問題なのですわ」

「うるさい! 生意気な口をきくな! あのな、コルデリア。わしにはもう、撃つタマがないのだよ」


タマはおかしいのではないかとわたしは思った。








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