第4話 トカゲのロードノベル
「コルデリア!」
「イヲ!」
さらさらとした、長い黒髪の少女が駆けてくる。イヲは、学園生活における、わたしの唯一の友人だ。
「卒業パーティー、一緒に出ようって約束したじゃない! それなのに、待ち合わせの場所に来ないなんて、ひどいわ!」
「ごめん。ごめんね、イヲ……」
イヲとの待ち合わせの場所に行こうとしたら、ジュリアンに捕まってしまったのだ。そして、婚約破棄を突き付けられて……。
「それに、謝恩会にも出ないでさっさと帰っちゃうなんて! 私に一言の断りもなく! ひどいじゃない!」
あの時わたしは、動転していた。だって、ジュリアンをカエルにしてしまったんだもん。きっと先生に怒られる……。そう思ったから、取る物もとりあえず、学園から逃げだしたのだわ。
「もうっ! 許さないんだから」
言いながら、イヲは、私の肩の辺りをどん、と小突いた。結構な本気の力だった。
「痛っ! イヲ、相変わらずの馬鹿力ね!」
「だって、知らない人ばかりで寂しかったんだもん!」
「卒業パーティーにいたのは、全員、同級生だったわけだけれどね!」
イヲは再びわたしを小突き、痛かったけど、ぷんぷんと怒る様子が、あんまり突拍子もなくてかわいかったので、つい、笑ってしまった。つられて、イヲも笑いだした。
ひとしきり二人で笑い転げた後、イヲは言った。
「母国シューヴェンへ帰る途中なのよ。学園を卒業したから、もう、寮にはいられないしね。いたくもないわ。コルデリア、あなたはいなくなってしまうし。そしたら、あなたなら、モランシーへ帰ったと聞いたの。だから、立ち寄ってみたの」
わたしより頭ひとつ背の低いイヲは、そう言って、なぜか胸を張った。
「ええと、イヲ。知ってる? ジュリアンが……」
もぞもぞと言いかけたわたしを、イヲは途中で遮った。
「知ってるわ。カエルになったんでしょ? あなたの魔法で」
イヲは、わたしの目の前に右手の親指を突き出し、ぐい、と立ててみせた。
「グッジョブ!」
◇
学園での生活は、引き籠り体質のわたしには、正直、きつかった。自由時間には、部屋で本を読んでいたいのに、しょっちゅう、お散歩やお茶会に誘われる。その都度、おしゃれしてお出かけしなければならない。もちろん、前に着たことのあるドレスで出かけるなんて、もってのほか。
他国の令嬢たちは、それはもう、おきれいで、衣装や装身具にもお金を掛けていた。一方わたしは、着替えるのがすごーくしんどかった。脱ぐのは寒いし、着ると暑いし? その上、ボタンやリボンを、嵌めたり結んだりするのが、死ぬほどめんどうだった。
あ。もちろん清潔には、充分、心掛けていましたことよ?
わたしは本が好きだ。他の令嬢たちとおしゃれや男子生徒の話をして過ごすくらいなら(いったい何が楽しいのだろう)、図書館に籠って本を読んでいた方が、よっぽど幸せだった。
社交的な人が集まるこの学園に、まさかいるとは思わなかったが、わたしは図書館で同類を見つけた。何よりも本を愛し、大切にしている人。本の虫ともいう。それが、イヲだった。
イヲは、学園で「シューヴェン公女」と呼ばれていた。とても堅苦しい呼び名だけれど、彼女はどうしても、自分の名前を教えようとしないから。どちらかというと、みんな、彼女に対しては、ちょっと引き気味だった。
わたしは、まあ、全ての人に対して引いていたわけだけれどね!
彼女は、自分の作った本を、何食わぬ顔で図書館の書架に並べていた。お話を書くだけでなく、書いたものを印刷して、それから針と糸で閉じて、ついでに表紙もつけたんだって。
自分で自分の本を作っちゃうなんて、凄くない? ちなみに表紙の紙は、彼女自ら漉いたそうよ。
図書館の書架に並んでいたその本を読んだのが、わたしだった。
カナヘビのロードムービーだったわ。あ、ロードブック? むしろ、ロード絵本ね。絵の方が多かったから。
一匹のカナヘビが、旅に出るの。途中、悪い子どもに捕まったり、カラスに食べられそうになったりするんだけど、その都度、自ら尻尾を切り取ったり、雑草の密林に紛れ込んで逃げるのよ! それはもう、はらはらどきどきものだったわ。
とおーーーっても面白かった!
自分が書いた本だと告白した「シューヴェン公女」にわたしがそう言うと、彼女はトマトのように真っ赤になった。
わたしが読者一号だったんだって!
彼女、本棚の陰に隠れて、ずっと見張っていたのね……。
「イヲっていうの」
周囲を見回し、小さな声で、彼女は告げた。
「私の名前は、イヲ」
それから、驚くべきことを付け加えた。
「シューヴェンでは、女性は、家族と許嫁以外には名前を教えないの」
「困ったわ」
わたしは、途方に暮れた。
「ごめんね。わたし、あなたの許嫁にはなれないと思うの……」
だってその時はまだ、ジュリアンと婚約していたしぃ。
イヲは笑い出した。すぐにまじめな顔になって言った。
「許嫁以上の存在だわ! 作家にとって、読者は、ね!」
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