第3話 解毒魔法(@ロタリンギア王国)
ロタリンギア王国宮殿。
豪華な執務室の中を、ロタリンギア王が、行ったり来たりしている。やがて立ち止まり、深いため息を吐いた。
「ジュリアンをここへ呼べ」
侍従に連れられて、部屋に入ってきた息子を見て、王の憂愁の色は、一層、深くなった。王の前に跪いた侍従は、左手を前に出した。次いで右手をその上に被せ、蓋をした。
「わかっておるな、ジュリアン」
侍従の手の中に向かって、王は話しかけた。
「今のお前では、王位継承は不可能だ。幸い、
侍従の手の中から、小さなうめき声がした。幽かな声を聞きとる為に、畏れ多くも王は、侍従に向かい、身を屈めた。
「もちろん、お前とエリザベーヌの婚姻は認める。貴賤婚であることを考えれば、格段の温情と心得よ。さらに、ヴェルレに領邦を与える。お前は今日から、ヴェルレ公を名乗るがよい」
国土を減らさないために、王族は、領土を持つ令嬢としか結婚を許されていない。貧乏な男爵令嬢のエリザベーヌには、継承できる領土がなかった。ゆえに、彼女との結婚は「貴賤婚」であり、父王を始め、宰相、大貴族たちも、反対していた。
だが、王子ジュリアンの決意は変わらなかった。彼は、純粋な愛に生きると宣言し、愛するエリザベーヌを守る為に、父と真っ向から戦う決意を見せていた。
父の王には、実に頭の痛い課題だった。
しかし、弟に王位を継がせるとしたら、第一王子を廃されたジュリアンが、王族という身分にこだわる必要はない。いわば、王族という身分と引き換えに、ジュリアンは、エリザベーヌとの結婚が許されたことになる。
「陛下」
衣擦れの音が聞こえ、王妃が入ってきた。彼女は、夫より、ざっと20歳ほど若かった。
「陛下。わが異母妹コルデリアの不始末、父の公爵になりかわりまして、深くお詫び申し上げます」
ロタリンギア王の4人目の妃は、モランシー公爵の長女だった。ジュリアンに婚約破棄されたコルデリアの異母姉にあたる。
もし、ジュリアン王子がコルデリアと結婚したら、父と息子は、同じモランシーから、妃を(王は4人目だったが)、迎えることになったわけだ。
「おお、デズデモーナ。そなたの異母妹が悪いのではない。婚約は、国と国との約定。責めは、その大切な約束を、己の一存で破棄したジュリアンが負わねばならぬ」
「では、わが母国モランシーへの出兵は?」
「考えてもおらぬ」
王は眉を吊り上げた。
「もしや、そのような噂が出回っているのか」
憂愁を込めた瞳で王を見上げ、無言のまま、王妃は頷いた。それが、年上の夫の庇護欲を誘うことを計算して。案の定、彼女を見つめる王の顔つきが優しくなった。
「安心せよ、わが王子はあまたある。ジュリアンがこのような姿になったとて、跡継ぎには、少しも困らぬ。むしろ、次男のアルフレッドの方が、よほど優秀じゃ」
「陛下の温情、厚く感謝申し上げます」
してやったりとばかりほくそ笑み、王妃は、優雅に膝を折ってお辞儀をした。
侍従の手の中から、激しいなき声が聞こえた。
「あの、ジュリアン様」
侍従の手に向かい、モランシー公国から嫁いできた、4人目の王妃は微笑みかけた。
大国、ロタリンギアが、父子に亙って、辺境の公国モランシーから妃を迎えようとしたのには、理由がある。
モランシーは、魔法王国だった。モランシー公爵家には、先祖代々伝わる魔法がある。もっとも、その数及び質は、子孫が多くなるにつれて、次第に減少していっているのだが。
「異母妹の変化魔法、その解毒魔法を、わたくし、心得ておりますことよ」
ぴょん!
侍従の手のひらから、黄緑色の塊が飛び降りた。
「きゃっ!」
「こら、ジュリアン!」
王妃が悲鳴をあげたのと、王が叱りつけたのは同時だった。
「その醜い姿を、王妃の前に晒すな!」
カエルだった。小さな、黄緑色のカエル……。それが、人間の膝くらいの高さまで飛び上がりつつ、王妃に向かって、ぴょこぴょこ跳ねて寄っていく。
「解毒魔法!」
跳ねながら、カエルは叫んだ。
「解毒魔法を教えてくれ!」
素早く、王妃は、王の陰に隠れた。
ロタリンギア王国の第一王子ジュリアンは、金髪碧眼、すらりと背が高く、スタイルのよい、美麗な王子としてその名を轟かせていた。彼の
それが、このような、カエルの姿に変えられてしまい、ジュリアンの嘆きは、いかばかりだったろう。
「簡単なことです」
必死で飛び跳ねるカエルに向かい、王妃は答えた。
「
「ジュリアンの想い人……エリザベーヌだな。男爵令嬢の」
王妃を背後に庇ったまま、王が頷いた。
「して、受け容れてもらうとは?」
「その方の寝所に忍び込まれることですわ、もちろん」
「エリザベーヌなら、許すことだろう。あの娘は、ゆるいからな」
「そこが、わが異母妹の、コルデリアと違う所です」
王妃の異母妹コルデリアは、引き篭もりが好きなオタク体質だ。どちらかというと、もう少しゆるくなって欲しいと、父の公爵も、姉のロタリンギア王妃も願っていた。
王が首を傾げた。
「元の姿に戻ったらば、王位継承権は、ジュリアンに戻ることになる。なんといっても我が国は、長男相続が鉄則だからな。だがそうすると、エリザベーヌとの結婚は貴賤婚となり、さすればこれは、許すわけにはいかぬ」
振り出しに戻った難問に、王は、頭を抱えた。
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