第116話 宇宙アイドル対決と姑息な罠




 ステージ衣装を纏ったオリバー副艦長は、俺と目が合った途端、何故か声を張り上げて名前を叫んできた。

 しかも呼び捨てだ。

 まぁ、一応は上官だから別にいいんだけど……でも、なんか酷く嫌悪感と憎しみが込められている。


「ど、どうも……お久しぶりです、副艦長。ステージ、見事でした」


「それはどうも……実は以前からキミに言いたかったことがあるんだ」


「はい? 僕にですか?」


「ああ、弐織カムイ……君。キミは古鷹艦長のことはどう思っているんだい?」


 え? 何よ、いきなり……ステージ後だから興奮して変なスイッチ入ってんのか?


「いつも独りの僕に声を掛けてくれる優しい恩人で、今は大切な友達です」


 思ったまま差し障りのない返答をしてみる。

 けど、オリバー副艦長は納得してない様子で大きく首を横に振って見せた。


「……そういうことを聞いているんじゃないんだけどな。まぁ、その程度にしか思ってないのなら、余計キミに彼女を譲るわけにはいかない」


「え? 譲るってなんですか?」


「セシリアのことだよ! はっきり言おう! キミにセシリアをわたさ――ぐおっ!」


 オリバー副艦長が何かを言いかけた瞬間、背後にいたアラン大尉が彼の臀部に向けて両手の人差し指を突き立てカンチョーしてきた。


「な、何をするんだ、アラン大尉!?」


 思わぬパートナーからの不意打ちに、オリバー副艦長はお尻を押さえて睨んでいる。


「みっともない。ライブ後だからって妙なテンションで、学生相手に食って掛かっているんじゃありませんよ、副カンチョー」


「副カンチョーじゃない。副艦長だ……言っとくけど、僕の方が階級上なんですけど!」


「年齢はこっちが二つ上ですよ。それに今は勤務外、大人として超カッコ悪い成人男性を正したまでです(このエセ爽やか野郎が……まぁ陽キャ野郎なんて一皮剥ければ所詮こんなもんすわ)」


「ぐ、ぐぅ……悪かったよ。確かに僕も大人気なかったのは認めよう。ごめんよ、弐織君。それとセシリアと仲良くするのは構わないけど、ああ見ても繊細な子だからちゃんと正面から向き合ってほしい」


「は、はぁ……」


 セシリアの何を向き合えって言うんだろう……癒しの性癖とか?

 それなら十分に黙認しているつもりだけどな。


「あと、アラン大尉。いい加減、パートナーである僕に心を開いてくれ……せめて打ち上げの食事くらい行こうよ」


「善処します(出た、リア充の誘い文句。野郎二人で飯食って何が楽しいんだ? 栄養補給なんて独りで十分でしょ)」


 オリバー副艦長は「痛てて……」と臀部を押さえながら去って行く。アラン大尉は溜息を吐きながらついて行こうと歩き出した。


「あのぅ、アラン大尉!」


「ん? なんだい……えっと、弐織カムイ君だったね」


「はい。二度も助けて頂いてありがとうございます!」


「いいよ、別に……けど、あのエセ爽やかなオリバー副艦長と仲が悪いとは……やっぱりキミとは気が合いそうだ。じゃあね」


 アラン大尉はアイドルフェイスでフッと微笑み、俺達から離れて行った。

 やっぱり彼に気に入られてしまったようだ。

 ネガティブ&ヘイトの塊だけど言っていることはまともだし、実は地球の孤児院に寄付している善人だし、案外いい先輩パイロットかもしれない。


「なんか大変だな、弐織……あっ、そろそろ星月達を呼ばねーと、すぐ出番が来るぜ!」


「ああ、そうだな――ん?」


 俺は遠くである人物が数名のスタッフと話し込んでいる姿を目にする。


 あれは……マッケン提督か?

 朝に遭遇した軍服姿じゃなく、何故かスタッフ達と同じ作業着姿だ。

 深々と作業帽を被っているが、「リーディング(読む力)」を持つ俺にはわかる。

 

 それに提督と話しているスタッフ達もやたら畏まっている姿に違和感を覚える。

 確かに全員が国連宇宙軍と関わっている軍属だが、正規の軍人でない限りあそこまで迎合しないだろう。


 なんだ……何か嫌な気分だ。


「――お待たせ。どうしたの、カムイ?」


 イリーナ達がやって来た。

 どうやらハヤタが代わりに彼女らを呼んでくれたようだ。


「……いや、ごめん。なんでもない。ここで応援しているから頑張れよ!」


「勿論よ。見ていてね」


 イリーナを中心にメンバー全員が笑顔で頷いてくれる。

 そして、スタッフの合図で彼女達はステージへと上がった。


 前奏が流れると同時に会場内から、真っ白な羽が大量に舞い落ちる演出。

 既にステージには、六名の天使達が舞い降りていた。


 宇宙アイドル・ユニット、『Angelusアンジェラス』。


 ――気づいてInsensitivity♪


 前回で見せた以上の歌声と軽快なダンス。何よりチームワークが抜群だ。

 一人一人が個性的に伸び伸びとパフォーマンスを見せているようで、巧みに計算されたフォーメーション。

 才能があるなしにかかわらず、余程の練習を積まなければここまで完璧にこなせることはないだろう。


 俺は知っている。それだけみんな真剣に取り組んでいたことを――。


 天使達の舞う姿に誰もが魅了され、声を発することすら忘れられている。

 すれだけ素晴らしく圧巻のステージだ。


 しかし、



 プツ――



 曲の途中で突然、音楽が止み、照明が消えて真っ暗になった。


「な、なんだ!?」


「て、停電か? どうなっているんだよぉ、弐織!?」


 いきなりのトラブル発生に周囲はざわつき騒然となる。


「これは停電じゃない。機材故障だと……ハッ、ま、まさか!?」


 俺の脳裏に先程のマッケン提督達の姿が浮かんだ。

 これは意図的に仕向けられたトラブル……犯人はあの爺か!?

 全ては『Angelusアンジェラス』ライブの妨害工作のため……。

 借りにもゼピュロス艦隊の総司令官の癖になんてセコイ真似を!


「クソォッ! みんな必死で頑張ってきたのに、このまま無駄にさせてたまるか! ホタル、なんか手立てはないか!?」


『イエス、マスター。ノープロブレム、デス。既にグノーシス社が手を打っておりマス』


 腕時計型のウェアラブル端末から、電子妖精のホタルが顔を出して報告してきた。


 グノーシス社だと?


 すると再び曲が流れ始め、打合せになかった別の演出がなされる。

 プロジェクションマッピングで、童話に出てくるような可愛らしい天使達が華麗に飛び交い、会場を和ませている。

 再びステージ上に照明が当てられ、先程よりも華やかな装飾に包まれた『Angelusアンジェラス』が姿を見せた。

 最高の弾けるばかりの笑顔と共に歌い始める。


 静まっていた観客達も演出の一環と思った様子で、先程よりも盛り上がりを見せ会場内のボルテージがMAXとなった。


「凄い……どういうことだ?」


「――こんなこともあろうかと。ああ、博士なら一度は言ってみたかった言葉ですねぇ、ハイ」


 背後から、二人の男女が歩いてくる。

 一人はグノーシス社の社長代理でレクシーの妹であるチェルシー。

 もう一人はジョージ・コバタケ博士だ。


「あの演出は、コバタケおっさんの仕業なのか?」


「そうですよ、カムイくん。ボクとて『Angelusアンジェラス』のファンクラブ第1号です。まだ推しの子は模索中ですが、彼女達の活動を温かく見守り応援するのが使命ですからねぇ、ハイ」


 流石、熱烈のアイドルオタクだ。

 敵に回すと酷くムカくけど、味方になると凄く頼もしい。


「情報戦は基本ですわ。マッケン提督がどのような人物で何を仕掛けてくるのか、レディオお兄様は全て把握済みです。ライブ中に何か問題が発生した際、グノーシス社でバックアップするよう予め施しておいたのですわ」


「そうだったのか……ありがとう、チェルシーさん」


「礼に及びませんわ。レクシーお姉様のセカンドライフをあのような下衆に阻まれては、ガルシア家の恥じというもの。それにこの事業に関しては共同する味方ですので、婿養子さん」


「む、婿養子? 誰、それ?」


「お兄様から聞きましたわ、弐織カムイさん。将来スターリナ家に婿養子になり、イリーナさんとヘルメス社を支える逸材であると」


「い、いや……確かに以前は養子になれと言われていたけど、別にそうなったわけじゃ……俺とイリーナはなんていうか」


 ガルシア家の中で何かとんでもない誤解をされているようだ。

 けどチェルシーの口振りから、俺が“サンダルフォン”のパイロットだと知らないようだ。

 てっきり正体を知る兄のレディオ社長か、コバタケ博士から聞いていると思ったけど……コバタケのおっさんも思いの外、口が硬いらしい。


 何にせよ。グノーシス社のおかげで、このライブは事なき終えることができそうだ。


 ――ならば、


「ハヤタ、イリーナ達が戻ってくる前に、俺と一緒にケリつけに行かないか?」


「ケリだって? 弐織、なんのだよぉ?」


「決まっているだろ、悪党退治だよ――」


 俺は伊達眼鏡を外し、不敵に微笑む。

 脳を焦がすほど激しい怒りを胸に秘めながら。


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お読みくださいましてありがとうございます!


こちらも新連載です。

『異世界ライバー《配信者》、うっかりバズらせ無双する~謎スキルだと思っていた《配信》で、妹を救うためにライブ配信を始めてみた。実は神様達がフォロワーで色々なスキルを寄付してくれます』

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330658773891064


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