1. 黄昏-24
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「美津紀さん!」
その声から逃げるようにこちらに来た人影の行く手を阻むように、あるいはそれを優しく包み込むように、僕は両手を広げた。
「篠井さん」
「天川くん、どいて。やっぱりだめだ」
「そんなことない。それに僕より後ろに行けば、他の人にも見られるよ」
「見られるわけない。私なんか、誰も気にしてない!」
「そんなことない。少なくとも、僕が気にしてる!」
ちょうど後ろの道路を通りかかった車のライトにおびえるように、彼女は後ずさりをした。でもそれが前進であることを、僕はわかっていた。
「寺田さん、どうだった?」
少しずるいが、外に対する意識が少し薄れた彼女に僕は質問を投げた。
「やっぱり、許してくれてないよ」
「そんなこと聞いてない」
「え?」
僕はそんな一時に終わる感情についてなんか知りたいとは思ってない。
「きれいだった?」
「それは……きれいだった。憎いほどに」
彼女は短い腕を投げやりに伸ばし、自らの体を撫でるように触った。
「だったらよかったじゃん」
「でも、まだ花が……」
「花はまたつければいい。時間はたっぷりあるはずだよ」
「……じゃあ、クラウンは?」
「ああ、これのこと?」
僕はカバンの中から、一つのクラウンを取り出した。
「え、なんで……それは割れたはずじゃ」
「魔法で直した」
「嘘。どこかで買ってきたでしょ」
「……自分の姿を見ても、魔法が嘘だって言い切れる?」
言葉に詰まり、しゃがみ込む彼女に内心謝った。
「でも……私は最低だ。詩歌ちゃんにも、天川くんにも、迷惑かけて。もともと私の問題なのに。最低だ。私」
「知ってる」
「完璧じゃないといけないって思って、心配かけて」
「うん」
「きれいな詩歌ちゃんに悪態ついちゃって」
「そっか」
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
彼女がしわくちゃの顔を上げる。心なしかいつもよりしわの数が増えているように見えた。
「ちゃんと聞いてるし、もう全部分かった」
「何が分かったの!?」
「後ろ、見てみ」
叫ぶ彼女に、僕は再び優しさを滲ませた声をかける。
言葉の通り振り返る視線の先には、少し顔と目元を赤らめた『お姫様』がいた。
「どう思う?」
「それは……きれいです……」
「花が無くても、王冠が無くても、その感情は出てくる。こんなところで完成したら、面白くないでしょ? これがもっと豪華になる。それを身に着けた姫が、どんな姿になるか、楽しみじゃない?」
彼女はこくりと頷く。
「でも、あれは寺田さんが着るからこそ放つ輝きはあっても、寺田さんにしか輝かないわけじゃない。篠井さんだって、輝けるよ」
「……私じゃ無理だよ。どれほど着飾っても、元が違うから。皆と同じになれない。だから作るしかなかったんだ。作ることだけが私の取柄だった! なのに……」
「……やっぱり、答えはもう篠井さんの中にあったんだ」
「え?」
「人間は、色んなものを着飾ってしまう。それは服に限ったことじゃない。例えば先生にいい顔をしたり、無理やり趣味を作って何かのグループに入ろうとしたり。色んなものを使って、ありのままの自分を隠すんだ。もちろん、社会で生きていく上でそれは必要なことだよ。でも、それで自分の大事なものを隠して忘れてしまってはいけない」
「……どういうことか、わかんない」
僕は拗ねたように首をかしげる彼女の頭にクラウンを乗せた。
「篠井さんは、きっと初めからわかってたんだよ。自分の好きなことが、好きなはずのことが、誰かに強制されたり、何かに追われたりして、自分を縛る鎖になってたんだよ。篠井さんはその『完璧に完璧なものを作り上げることのできる万能人間』っていう鎖を、知らないうちに体に巻き付けていたんだと思う。それを、自分の着飾ったものだと勘違いして」
「……」
黙ったままの彼女に、僕は言葉を重ねる。
「でも本当は『自分の作りたいものを、思いのまま作るデザイナー』になりたかったんだよね」
少し彼女の体がびくっと動いた。
「多分、親のプレッシャーとか、体育祭の締切とか、僕には理解しきれない色んなものに縛られて、自分の好きもまとめて見ないふりをしているんじゃないかな。でも僕たちはありのままの、のびのびとした君を、受け入れる気持ちはずっと持ってるよ」
体ごと持ち上げるようにこちらを見上げる篠井さんの顔は、確かに濡れていた。
「……こんな私でも、また普通の生活ができるの?」
「できるよ。僕も寺田さんも、他のみんなだって手伝うから」
だよね、と奥の方に呼びかけると、寺田さんは笑顔でサムズアップをした。
「こんなにめんどくさい人間でもいいの?」
「もちろん」
「ずっと迷惑かけるかもしれないよ?」
「人と深くかかわるには時間はかけないといけない。そうして人の醜い部分や取り繕った部分を知って、それに隠された真心を知るんだ」
僕はカバンから赤いひもを取り出した。
「少なくとも、僕たちは篠井さんとそうしたいと思ってるよ。ほら」
彼女は不思議そうにひもを受け取る。
また一から、僕たちとやり直そう。そう告げるはずだった。
―――ひゅるひゅるひゅる……。
「えっ、なにこれ!?」
突然、彼女にまとわりついていた布が端からほどけて、僕の渡したひもに絡まり始めた。
「えっ」
ポケットの中に入っていた僕の分も、寺田さんも持っていたのか、さらにひもが絡まっていく。光っていないのに、眩しく感じて思わず目を瞑った。
「なにこれ……あっ」
目を開けると、そこにはたくさんの赤い布と、それに包まれながら呆然と足元を眺める、元の姿の彼女がいた。
「美津紀さん!」
「詩歌ちゃん……えっ」
寺田さんは彼女に抱き着いた。再び涙が流れ出している。彼女の方はというと、つられたのか安心からなのか、肩が震えているようだった。
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