1. 黄昏-22

*****



 夏休みも終わりに差し掛かった、夏の何気ない一日。でも、僕たちにとっては間違いなく今日がXデーだろう。

 僕はバイト終わり、いつもの駅で待ち合わせた寺田さんの目を見て現実に引き戻された。


「心の準備はできた?」


「……うん、大丈夫」


「よかった。じゃあ行こうか。あの時、僕たちが合流した公園が、今日の舞台だよ」


 僕たちは重くも確実な足取りで、公園に向かった。


 そして、舞台の幕は唐突に上がる。


「……美津紀さん」


「……」


 公園のど真ん中、元の姿の篠井さんが立っていた。仁王立ちしている様子はさながらラスボスだったが、僕たちは彼女を救いに来たのだ。


「どうして何も言ってくれなかったの?」


「……」


 公園の中には、いつもよりさらに重い空気が流れており、少し距離を置いて立っていた僕も思わず息を吞んでしまうような雰囲気で充満していた。とても子どもの遊び場とは思えないような、黄昏時に染められたここで今、目の前であの二人が対面している。


「訂正。どうして何も言ってくれないの?」


「……」


 寺田さんの手には紙袋が握られている。もちろん、あの紙袋だ。


「美津紀さん、この中身、わかる?」


 寺田さんは、一歩彼女の方に歩み寄り、中身が見えるようにその口を広げた。


「あ、あのドレス。あのドレスだよね」


 本能的に食いついた彼女は、確かめるように狭い空間を堪能しているようだった。なくしていたはずの、所在が分からなかったドレスは、確かに彼女の目の前にあった。


「だよね。うん、そうだ。よかった……本当に……よかった……」


 彼女は顔を手で覆って涙を流す。昨日、お弁当を両手で持つのも一苦労だった彼女の姿を思い返すと、より一層の感慨があった。

 その隙に、寺田さんはあの滑り台の後ろ―――篠井さんの着替え室に向かった。


「……篠井さん。落ち着いて聞いてほしい。ティアラもあるし、ドレスの花もある。君が作ったものは、全部ここにある」


 代わりに篠井さんに近づき、頭を優しく撫でる。痛んでいる毛並みにはティアラは似合わないかもしれないが、僕はにそれが似合わないとは思わない。


「天川くん……」


「あとは、お姫様と話しておいで」


 僕は、暮れる日を横目に見ながら、少しそわそわしだした彼女をいつもの場所へ送った。ちょうど入れ替わるようにして、寺田さんが出てくる。


「あれ、美津紀さんは?」


 辺りを探そうとする寺田さんを、僕は必死に手招いてあの場所から引き離す。インナーがそれ専用のものではないためか、首元をかゆそうにしている。

 ドレスに包まれた寺田さんは、本当にきれいだった。まさにあのニュースで見たドレスのようで、今の僕にはそれがあのモデルよりもよく似合っているように見えた。ただ……。


「あれ、バラは?」


「それはこれからよ」


 すると、さっきまで寺田さんがいた場所からうめき声が聞こえてきた。


「え、美津紀さん!? 大丈夫!?」


「寺田さん」


 僕は寺田さんの手をつかんで、待つようなだめる。どれほど気を許していても、どれほど大切な相手でも、もちろん嫌な相手にだって見せたくない姿は誰にでもある。僕たちに必要なのは、その現実を知ること。ただそれだけだ。

 寺田さんが向おうとする意思をなくしたのを腕越しに感じ取り、僕は最後のナレーターを告げる。


「今から、絶対に逃げださないでね。もし彼女が逃げ出しそうになったら、僕が止めるから。何も気にせずに向き合ってほしい。頼んだよ、『お姫様』」


 寺田さんは頷き、彼女の声が聞こえる方を見た。固く握られた両こぶしを確認してから、僕は木の奥―――公園の入口に向かった。

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