1. 黄昏-21
*****
「ねえ」
「わあ! びっくりした!」
「その声に驚きかけたんだけど」
声をかけられて飛び跳ねかけたのは、彼女を残して飛び乗った電車の中だった。
「で、江坂さん。どうしたの?」
「どうしたのって、別に電車の中で見かけたから、声かけただけだよ」
二人掛けの席の通路側を埋めたのは江坂玲。つい先日の祭の宵、篤史と共にこちらに歩いてきた寺田さんの友人で、数少ない普通電車乗車組だ。
「部活の帰り?」
「うん。でも今日はミーティングだけだった。まあこんな時間になっちゃったけどね。コンクールが終わったから、今度は文化祭に向けての演奏の話し合い」
「あ、吹部金賞おめでとう」
「ありがとう。地方大会に進みたかったけどね」
江坂さんは足の間に立てかけた楽器ケースを優しくなでる。
「……で、詩織とはどうだったの?」
「え?」
「ほら、寺田詩織。祭、二人っきりだったけど、どうだった?」
「あー、別に普通に屋台回って、楽しかったよ?」
「ふーん……」
江坂さんはニヤニヤしている。
「詩織のことはどう思ってるの?」
「どうって……まあ友人だけど」
「ふーん」
すると、江坂さんは唐突に後ろにくくっていた髪をほどきだし、こちらに見せてきた。
「赤い糸とか、見えなかった?」
「やっぱりそういう話か。別に見えなかったよ」
確かに少しは意識した瞬間はあったが。何回か。
「あっそ。はい」
江坂さんはその赤いひもをこちらに渡してきた。
「はい、ってこれどうしたら」
「あげる」
「あげるって、何に使ったら」
「髪でも結んだらいいんじゃない」
「そんなに髪長くないし」
よくわからない人だ。クラスの中心的な女子の集団にいることの多い江坂さんとは、こういう普通電車で一緒になるときぐらいしか話すことはないものの、それなりに回数は重ねたはずだ。地図にできるぐらい人柄はわかっているのに、取り付く島のない人という評価は変わらない。
「それ、叔母さんの形見だから、大切にしてね」
「……え?」
僕はひもを引っ張る手を止め、優しく包み込むように持った。
そういうことなら早く言っといて欲しい。
「私の叔母さん。つい最近亡くなっちゃって。何か月か前に会った時にこのひも渡してもらったんだ。この赤いひもは『縁のひも』だから色んな人に渡しておきなさいって言ってて」
「ちょっと情報量多くて困るんだけど……」
江坂さんはカバンの中から全く同じひもを取り出し、再び髪を結った。
「あ、そうだ」
江坂さんはカバンから引っこ抜いた手に引っ付いてきたひもをしまう手を止め、こちらに渡してきた。
「これ、大切に思ってる人に渡してあげな」
それだけ言い残して、江坂さんは電車を降りていった。
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