1. 黄昏-20

*****



「あ、圭司!」


 準備をするために帰宅した寺田さんと一度解散をし、彼女の元を訪れようと駅前の花壇に向かうと、そこには篤史がいた。


「ちょうどよかった。手伝ってほしい!」


 篤史は、老いた姿の彼女の前に弁当を置いていた。


「この弁当開かなくて」


「……筋トレが足りないんじゃないのか?」


「それは……否めない! とにかく頼むよぉ」


 久しぶりにからかって満足した僕は弁当を受け取り、中身がこぼれないように慎重に開けた。


「ありがとう。ほら、お婆さん。これ食べて」


「……」


 篤史が近づいたのは、きっとただの善意なのだろう。彼女も、篤史が気づいていないことを知っているから、今は話せないのだろう。

 それはもちろんそうに決まっている。


「じゃあ、俺はバイトに行ってくるから。圭司もバイト?」


「うん。でも少し早く来ちゃったから、もう少しこの辺りで時間を潰すよ」


「そうか。じゃあまた今度!」


 彼は元気よく走っていった。彼の影が見えなくなるのを確認してから、僕は彼女の隣に座った。


「食べられそう? 篠井さん」


「うーん、あとで姿が戻ってから食べようかな。食べづらいし」


 彼女は可動域が狭い腕を僕の腕に重ねた。


「今日、大事な話があるんだ。もうすぐ戻る時間でしょ? 公園に行こう」


 僕は彼女を支えながら、立ち上がらせ、公園まで歩いた。



*****



「おまたせ、天川くん。弁当食べながらでいい?」


「もちろん」


 見慣れた姿に戻った彼女は目をキラキラさせながら、ご飯をほおばった。


「それで、話なんだけど」


「ん?」


「寺田さん、って女子の事、覚えてる?」


「え、えーと…………あ」


 記憶の急流に驚くように動向を開いた彼女は、何の脈絡もなく涙を流し始めた。


「……うん。覚えてる。もちろん。忘れるはずない」


 引っかかりの記憶を大切に抱きしめるように、あるいは罪の楔を自分の胸に突き刺すように、彼女は背中を丸めた。


「寺田さんと会うことって、できる?」


「なんで?」


「今より一歩、前進するため」


「……もし嫌だって言ったら?」


「嫌なの?」


 彼女は丸まった体全体で頷いた。


「それはどうして?」


 極力優しさを滲ませた声で、僕は問いかける。


「もう、合わせる顔がないから」


「その顔に、会いたがっている人がいるんだよ」


 震える体をピタッ、と止めて、彼女は驚いた様子でこちらを見た。


「だから明日。ここにいつもの時間に待ち合せよう」


「そ、そんな急に……」


 僕はあえて、彼女の返答を聞かずにその場を去った。

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